第11話 心象次元➂

『お前はどの分野においても一番になれ。俺の子なんだからできるだろ?』

『零ならきっとできるわ』


 これはお父さんとお母さんのいつもの口癖。

 英才教育だと取るか、過剰教育だと取るかは人によるだろうけれども。

 私はその言葉に毎日悩まされてきたことは紛れもなく事実だった。

 簡単に言ってしまえば、脱ぎいきれないほどのストレス。


 勿論、生まれた時からその言葉がストレスだったわけではなかった。

 

『お母さん、テスト百点だったよ~!』

『まあ! 凄い! この調子で次も頑張りましょうね。家庭教師さんに時間割を増やしてもらうわ~』


『書道で優秀賞を貰ったのか! 凄いな~零~!』

『お父さんみたいに綺麗な字を書けるようになりたいから頑張ったの~!』

 

 小学校は今思えば、私の全盛期と言っても過言ではなかった。

 両親の遺伝子が色濃く反映する時期だった。

 ただそれだけなのかもしれないけど、私は何をやっても一番になれた。

 学校のテストに、習い事、スポーツ。

 全てが充実した時間だった。

 しかし、一つだけ苦手だったのが人との付き合いだった。

 私は両親以外の人とうまく話すことができず、教室ではおどおどした暗い性格に少しずつなってしまった。

 それでも、両親に貰ったこの整った見た目で、小学校時代はそれでも困ることはほとんどなかった。


『中学生になっても頑張りなさい』


 そして。

 負の転機が訪れた。


 当然、中学生にもなれば、一番を取る機会は徐々に減っていった。

 小学校から続けてやっていたバスケットボールでは、周りの子よりも格段に背が低く、足の速さも負けていたため、試合には全く出れなくなってしまった。

 

『白袖さんって、運動神経悪いよね~……』

『昔は……その、少しは得意……だったんだけどな』


 さらに。 

 問題はそれだけじゃなかった。


『そのおどおどした喋り方やめてくれる?? ウザイから!』

『ごめん……』


 私の人見知りな性格、おどおどした暗い喋り方は小学生の頃よりもさらに悪化し、周りの人からは煙たがられるようになってしまった。

 

 当然、家庭での私の立場も悪くなっていった。

 何故できないのだと困惑する父。

 努力が足りないのだと叱り続ける母。


『……ごめんなさい』


 私はただ、謝ることしかできなかった。

 

 もう自分に残されているものは勉強しかない。

 自分が取れる一番だけは誰にも渡さない。

 そう考えた私は部活を辞め、睡眠時間を削り、勉強に励んだ。

 多くを欲することを辞めただけの成果はあり、毎期のテストでは学年一位をキープし続けることができた。

 これで失った信頼を取り戻せる。

 おどおどした引っ込み思案の性格でも、尊敬されるはず。

 あの時の私はそう思っていたのだ。

 ただし。

 現実は思うようにはならなかった。


『……白袖さんっていつも一人だよね』

『勉強ばっかで人生楽しんでるのかな』


 たどり着いたその現実とは。

 私を軽蔑する生徒で溢れかえる世界だった。


『白袖さんって可愛いけど……なんて言うんだろうな。いつも隅っこでぐじぐじしてるイメージ。付き合うなら顔+明るくてユーモアのある女の子がいいな~』

『だな~。顔はいいんだけどもったいないよな~白袖さん。ダンゴムシみたいな性格やめればいいのに』


 中学時代。

 私・白袖零が最も印象に残っている出来事は、たまたま廊下から聞こえてきた名前も知らない男子生徒二人の今の会話の一部だった。


『お前は中学時代、遊び過ぎたんだ零』

『そうよ! ホントお父さんの言う通りね……。高校ではまた小学校の時のように何事にも全力で頑張るのよ? いいわね?』


 私はロボットのように「はい」と返事をした。








 季節は巡り。

 私は高校生になった。

 中学からの知り合いは誰もおらず、環境は完全にリセットされた。

 このままじゃ両親だけでなく、自分のためにも、変わらなければならないのだと強く心に決めた私は、始まった新生活を今まで以上に頑張った。


「……スカートは短いほど良い。本当かな……。紅茶やコーヒーを嗜む女性は上品……なるほど。意外と難しい……かも」


 流行りの髪型や可愛い制服の着こなし方などの身だしなみや感謝される言動などをたくさん勉強したり、勉強を今まで以上に計画的に行ったり、一度は挫折してしまった部活動にも挑戦するために、中学時代唯一の心の癒しだった小説関連の部活にも所属したりした。


「…………嘘でしょ」


 努力したつもりだった、だなんてことは微塵も思っていない。


 ぶっ倒れるギリギリまでの、自分ができる最大限のパフォーマンスをしたはずだ。

 

 これ以上はもう才能が関わってくる……。

 

 高校一年の一学期の終わり。


 一番は何一つ手にすることができなかった。


 私は誰も居ない放課後の教室で独り――――涙した。

  

 私が一番じゃないということは、誰かが一番になっているということになる……。


 そうして。次の日。


 耳にしたのは――――。



「すげえ! 学年一位!? しかも全ての科目で一番だって! 5月の体力測定もたしか県で一番だったって聞いたぞ! それに部活では部長をやってて、応募した俳句が優秀賞を獲ったとかなんとかって! ……しかも超美人! 凄いとか超えてもう尊敬……いや拝めるレベルだよな~さん!」



 それを聞いた瞬間だった。



 私の意識はこの枯れ果てた心象次元に呑み込まれた。


「お前が一番になる方法を今から教えてやる」


「誰――――?」


「我はお前で、お前は我。我はお前の深層心理――心象次元に棲む、裏の人格のような存在。我はこれまでのお前をここでずっと見てきたのだ」



 …………――――。

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