第10話 心象術・白炎拳

 俺は一通りの作戦を氷華に話し、強引に納得してもらい、黒氷河で創られた簡易部屋を飛び出した。

 先刻まで白袖の心象次元に充満していた大気の毒は些か薄くなり、十メートル四方ほどの景色は見えるようになっていた。

 まだ手足に痺れは感じるものの、少しならまだ動けるだろうと俺は手足のストレッチをしてそれを確認する。

 そして、しばらくの間、身を屈みながら周囲の朽木を目印に氷華からなるべく遠ざかるように歩き、ついに九頭竜を見つけた。

 九頭竜とその背に乗る白袖はまだこちらに気づいていなかった。

 デカい図体が今回ばかりはいい方向に働いてくれたと俺は思った。

 しかし、俺はその先手の好機を自ら手放すように話しかけた。


「自分の心象次元のくせに、俺たちの居場所は分からないみたいだな~!!」


 俺は無意識に氷華の煽り口調を真似ていた。

 やはり表面人格や深層人格などという明確な区別はあるものの、根本的根源的性格はいやでも応でもどこか似た部分が浮かんできてしまうのだと、俺はその時思った。


「あの黒い威勢のいい女は死んだのか?」


 表面人格である白袖もそう煽り返す。

 俺はここに来てからの死の淵の連続であまり意識が向かずにこれまであまり気にならなかったのだが、やはり今の喋り方やその内容に至るまで、これまでの高校生活において俺の知っている白袖零ではない。

 容姿が同じ別人。

 そんなことがあるのか分からないが。

 深層人格に表面人格が乗っ取られているのかもしない。

 俺はそう思った。


「その竜をぶっ飛ばしたら、名月を殺した理由を教えれくれるんだろうな!」


「推理したらどうだ? 今の状況ってやつを」


 白袖は九頭竜のうち、一つの首元を優しく撫で、紫息を吐くよう指示し、それは俺に向かってきた。

 距離は百メートル以上あったため、俺はソレを目で追うことができたため躱すことができた。

 それでも間一髪。

 体の痺れがさらに増せば、この距離ですらもう避けれはしないだろう。

 俺は、今の一撃を細かく分析しながら、一つ分かったことがあった。

 それは。

 先ほどの大技の後のせいか、小さな技しか今は撃てないのだということ。


「そんなもん当たらねえぞ!!」


 俺は敢えて距離を縮めるように土を蹴った。


「紫息!!」


 やはりそうだ――。

 紫息は距離に関係なく一つの首でしか撃ってこない。

 技の温存……命中精度の問題……決定力の問題。

 大技を出さない理由は別かもしれないが、とくかくこれは好都合だった。


「フフッ。近づいたところでお前に何ができる?」






 時は少し遡り――


 応急処置中の氷華に、俺は心象術とはそもそも何かという話をしてもらっていた。


『奴の遣う心象犯行術や私の心象推理術は呼び方が違うだけで本来はまとめて心象術と呼ぶのじゃ。そしてこれらのエネルギー源は心象次元に溜まった負の感情であり、それを遣えるのは深層人格のみに限定されてしまう』


『俺はじゃあどうやって戦えばいいんだ?』


『人間の感情は負だけじゃないじゃろ? 蓄積しやすいのも、強く重く肥大化するのも負の感情じゃが、正の感情もそれが全くのゼロとは言い切れん。陽希よ、お前は今白袖をどうしたいと思っている?』


『それは……名月を殺した理由を聞き出して……真実を解いて、それであの竜を殺して……』


『それは負の感情じゃ。本心を語って良い。私はお前じゃ。全てをさらけ出せ』


『……俺は白袖を――――』







 ――ゼロ距離。

 やはりヤツは出力低下していた。

 紫息の同じ首による連続発射はもうできず、他の首と連携させた紫息の疑似連続発射には、わずかな時間だが、ハッキリとわかる程度の間隔が生まれていた。

 俺はその隙を狙い、九頭竜の足元へと侵入することに成功した。


「――何だ! その拳に溜まる白い炎のような揺らめきはっ……!! 表面人格のお前には心象術は扱えないはず……! 九頭毒竜! 足はくれてやれ――前方の三つ首同時の最後の紫息だ!!」


 白袖は初めて焦った表情を見せていた。

 俺はソレを待たずして、拳を九頭竜の腹に向けて構える――。



『――――……俺は白袖を助けたい』



白炎拳びゃくえんけん!!」



 俺はその想いを全て拳に籠め、九頭竜の体内にまでねじ込む様に全身全霊で食らわせた。

 九頭竜は俺が歩いてきた朽木の林まで勢いよく吹き飛んだ。


「莫迦が陽希ィ!! 私の深層人格が持つ――心象犯行術・九頭毒竜は全ての首を刎ねない限り不死身なんだよッ!! そんなパンチでいくら胃に穴を開けようとも意味はない!!」


「ああ、そうらしいな。だからそれをやってもらうために俺は九頭竜を動かしただけだ。――狙いやすいようにな」


 ドゴンッ!!


 そして、俺がそう言い終わったタイミングで九頭竜の背後から彼女は顕現した。

 黒氷河を全身に纏わせながら、その範囲を急スピードで拡げ、周りの大地のみならず、空までをも真っ黒に染め上げてしまった。

 軽く九頭竜の二、三体は覆えるほどの面積だった。

 


『――俺たちの作戦は至極単純。俺が時間を稼いで、九頭竜をお前の範囲内に行くように吹き飛ばす。あとはアイツに全部任せる。以上だ』



 ……そうは自分で言っていたのだが、まさかこれほどの大業を準備していたとはと俺は驚いていた。


「やはり生きていたのか……! クソガキィ」


「いいか? 小娘。今の状況がだ」


「そうかな? これを見てから同じことをほざいてみろよ。心象犯行術・九頭毒竜――――紫死・九頭毒竜星群!」


 九頭竜の九つの首から先の紫息の何十倍もの濃い毒の凝縮されたような塊をそれぞれ吐き出し続け、それを小さな無数の飛龍の容に造り替えた。

 一撃でもそれを浴びることになれば、即死。

 そんな大業をまだ隠し持っていたのかと俺は驚愕し、もうそこの戦場にはどうやっても手出しできない自分の今の状況に拳を静かに硬く握った。


「陽希よ」


「――っ!」

 

「フフ、任せろと言ったじゃろ?」


 氷華は大業を繰り出した目の前の九頭竜から眼をそむけ、こちらをわざわざ向き、ニコリと微笑んだ。


「鎖城黒氷河――!」


 顕現させた二つの大業は大気を割るように激突した。

 その眩い光の衝突に。

 冷たい暴風が巻き荒れる。

 次の瞬間。

 俺の両目に映っていたのは。

 黒氷河がほとんど身から剥がれ、息を上げながらも笑っていた氷華と全ての首が綺麗に削ぎ墜ち、煤となり消失しかけていた九頭竜だった――。


「心象次元が消えていく……」


 和紙が燃えるように世界に穴が空きはじめ、世界を構成していた負の感情粒子が光の原子にまで分解され、空へと消えていく。

 氷華との約束通り、助かった表面人格の白袖零はぺたんと足を畳んで座り込み、「ごめんね」と何度も口にし、すすり泣いていた。

 その瞬間、光の粒子のカーテンウェーブが俺の視界を包み込み、白袖零の体験した過去の情景が俺に入り込む――。

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