第9話 心象推理術・黒氷河

「心象推理術・黒氷河――――黒死霊剣こくしみたまのつるぎ!」


 自らの心象次元に無限に存在していたあの黒いマドロミを氷華は掌から零し、刃が透明に黒光る自分の身長と等しい長さの刀身の日本刀を創り出し、九頭竜の首のうち黒氷河により身動きが取れずにいた三本を同時に切り落とした。


「ギュワアアァアアア!!!!」


 切り落とした部分からは出血は一ミリも見られず、冷気のような霞のみが不気味に現れていた。

 そして。

 墜とされた首は燃え終えた煤のように、風に吹かれて舞い去る灰のように、瞬く間に消失した。

 俺は、手前の三つ首を津波のように一瞬にして呑み込んでしまった心象次元の黒いマドロミの正体であった十六夜氷華の心象推理術・黒氷河とそれから造られた切れ味の良すぎる刀を目にし、味方であり自分を護ってくれた術であると知りながらもソレがとても怖ろしいと感じてしまった。


「――何だよ……ソレ。そんなに危険なヘドロだったのか……?」

「ヘドロなどと薄気味悪いものと一緒にするでない!! 黒氷河と言ったじゃろ! このように真っ黒な見た目じゃが、自由自在に心で想像できたものは何にでも形を成すことができる万能氷じゃ」

「やっぱり周りのそれは冷気だったのか」

「ざっと絶対零度くらいはあるかのぉ~? まあ何にせよこれで――」


 バキンッ! バキンッ! バキンッ!


「バキュワァアアア!!!!」


 氷華が三つ首を切り落とし、倒れ込んだ九頭竜に背を向け、俺に向かって意気揚々と自分の能力を語っていた瞬間だった。

 九頭竜は瞬く間に氷華に切り落とされた三つ首を同時に再生させてみせたのだ。

 

「しぶとい――!」


 今度は、氷華の不意をついた九頭竜が攻撃を繰り出した。

 それは体内の毒を大きな一つの塊にし、口から飛ばす紫息。

 先ほどは一つの首でソレを放たれたのだが、どうやら今九頭竜がやろうとしていることはソレとは比にならないほどの大規模な攻撃らしい。

 そう――。

 九つ首が中央に毒の塊となる息を濃く吐き、先の九倍の大きさにまで膨れ上がらせた超特大毒弾を撃とうとしていたのだ。

 俺はまだ九頭竜の傍に突っ立っている氷華に逃げるように声を出すも、同時に放たれたその超巨大紫息の発射風圧によって搔き消された。


「まさにだ。その小さな頭で理解できる? クソガキ」

「そんな汚い言葉ばっか遣っていると、脳みそがミミズみたいになるぞ? フフッ」


 氷華のあの憎たらしい表情は決まって誰かを煽る時の顔だと、遠くからでも認識でき、俺は何をやってるんだと呆れて頭を抱えた。

 どう考えたってピンチだろ……。

 俺は、そのどうしようもないほどに膨れ上がった爆弾がこちらに迫ってくるのに対し、「防ぐ算段が完璧にあるんだろうな……」と愚痴を零すも、ソレを全て氷華に任せることにした。


「黒死霊剣――!! ソレが当たる前より先に首を墜とす!」


 俺は、その爆弾を前に再び例の日本刀を取り出した氷華に、「バカヤロー!」と叫んだ。

 威勢が良かったのは、とっておきの策があるからなのではなく、ただの気合入魂だったことを知った俺は今度こそ、正真正銘絶望した。


「消し飛べ……」


 白袖の掛け声によって、その爆弾はその場で爆発した。

 目を開けていられないほどの眩しい閃光が心象次元を駆け巡る。

 遅れて、耳が壊れるほどの爆音が鳴り響き、大地を砕き、大気を揺るがす。


「氷華~ーーッ!!」


 衝撃音が鳴りやむと、毒の煙が辺りを包み込んだ。

 俺は当然ガスマスクなどは持ち合わせていなかったため、極力吸い込まないように、袖を伸ばした手で口と鼻を塞ぎ、氷華を探し歩き始めた。

 一分と経たないうつに鼻水と涙が止まらなくなった。

 おそらく先ほどの爆発によって、見えない毒が大気中に散らばり、粘膜に触れてしまったのだろう。

 それに加え、全身の肌も無数の針で深くぶすぶすと刺されているような感覚に陥っている。

 しかし。

 それでも……。

 俺は足を止めなかった。

 生きてここから抜け出すために。

 氷華の推理を世に伝えて……真実を解き明かすために……! 


「……心象推理術……黒氷河」


 意識が途絶えそうになっていたその時だった。

 氷華の黒氷河が俺を囲うように展開された。

 中には弱り切った氷華の姿があった。

 毒のせいか、擦り傷から血が止まらずに流れ続けている。

 

「大丈夫かっ!!」

「少し無茶な考えだったとこの小さな部屋で後悔しているところじゃ……」


 六畳一間ほどのその空間から察するに、氷華の心象推理術の出力は十分の一程度に低下していることがわかる。

 俺は、ひとまず彼女を膝に頭が乗るようにその場で寝かせた。


「……九頭竜と白袖はどうなった?」

「分からない。おそらくこの深い毒霧で、俺たちを見失ったんだろ……」

「時間の問題じゃな。ここはすぐに見つかる……。それまでに案を立てねば」


 氷華は尋常じゃないほどの汗を流し、手足が震えていた。


「……もう戦うのは無理だろ!! 今考えるのはここから脱出する方法だ! 違うか??」

「同じことを何度も言わせるな……。密室構築に抜け穴は無い。あるとするならば、深層人格を殺すのみ……。……クソ! 首を一つずつ落としても意味など無かった!」

「どういうことだ?」


 氷華はあの爆発前の瞬間、何が起きたのかを俺に語った。


「あの爆発前、私は黒死霊剣で九頭竜の首を一本ずつ落としていったのじゃ。勿論、最大出力、最大速力での。そして、最後の九つ目を切ろうとした時じゃった。私は最初に首を刎ねたはずの首に背後からいきなり吹き飛ばされた。切り落とした首が次の瞬間にはもう再生を終えていたんじゃ……! 最初に三つ首を墜とした時、再生するまでには一分はかかっていたじゃろ? あれは手加減していたということじゃ……。見誤った。まさか危惧すべきは再生のじゃったとは……」


「でも……斬れば、倒せるってことだな?」


「そんな広範囲の技、今の私ではタメがかなりの時間必要になる!」


「なら、とっておきの作戦がある。もうそれしかない――――」

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