第4話

ファミレスを出ると、幽霊は何ら変わりなく電柱の影からこちらに手招きしている。


「ねぇねぇ、目を逸らしたら一瞬で移動してくるんだけど」


「でも、襲っては来ないだろ。適度な距離感を保ってる。元は人間だった証だ」


「それに足元が薄らとしてて見えないし」


「瞬間移動ができるから、足は退化したんだろうな」


「あのさ。変な考察はいらないから。助かる方法を真剣に考えて」


微かに震えていたから、冗談を言って和ませようとしただけなのに。


「ねぇ、怖いから手を握ってもいい?」


「別にいいけど」


恐る恐るといった様子で、少しずつ指が触れてきた。焦ったい。俺の方から大胆に手を握ったら、宝華はビクって体を震わして上目遣いで睨みつける。


夜風にさらされたせいか宝華の手は冷え切っていた。原因は俺が幽霊を連れてきてしまったことにある。だから、せめて温めてあげようというのに、先程にも増して振り解こうとするから軽く腕を引き寄せ、恋人繋ぎをした。


無抵抗になった宝華はモジモジしながら下を向いて、靴をコンコン、ブツブツと呟く。よくわからない言動は、後ろの幽霊に近しいものを感じた。



築50年のアパート。駅から遠いおかげで家賃は格安。内装はリフォームしたらしく綺麗なのだが、蔦のせいで外見は今にも崩れそうな感じがする。


「本当に幽霊が出そうじゃん」


「安心しろ、今日は確定演出も出てる」


冗談を言ったら軽く肘で小突かれる。鍵を開けてすぐ中に入ると、玄関の明かりをつけて、「「塩!」」と言ったのは同時で、それから急いで靴があるのにも構わずにまいた。


「盛り塩じゃないの!?」

「確かに」


玄関だけではなくベランダにも置いておいた。それからというもの、幽霊は家に入って来ることはなかった。ご飯を炊いて、冷蔵庫の残り物で味噌汁を作る。

スーパーで買った鯖はフライパンでこんがりと焼いてから2人で分けて食べた。


話し相手が居るだけでこんなにも違う。いつもよりご飯が美味しく感じた。テレビを点けると芸人さんのブラックジョークネタをやっていて、宝華とは同じタイミングで笑った。ビール缶が2本、4本と増えていって、気づけば瞳と瞳が合わさって、吸い付くように抱き合うと、艶やかな唇が近づく。


この幸せが永遠に続けばいいと思った。俺にとって彼女は大切な存在だった。そうだ。俺は昔から宝華のことが好きだったんだ。


でも。だからこそ真実を伝えなければならなかった。・・・・寸でのところで宝華の両肩を掴む。


「落ち着いて聞いて欲しい。8年前の今日、君は校舎から飛び降りたんだ」


「え? こんな時に悪い冗談を言わないでよ」


「本当なんだ」


「でも私はここにいる。生きてるよ」


「ここは現実じゃない。その証拠に時計がどこにもないんだ」


「ねぇ、どこに行くの?」


俺は立ち上がって、宝華が制すのも聞かずに玄関のドアを開けた。思った通り白装束の幽霊がいる。ずっとおかしいと思っていた。瞬間移動できるのに、どうしてすぐに襲ってこないのか。それには目的があったから。


「宝華と俺を引き合せるために、ファミレスまで誘導してたんだろ」


よく見れば同じ身長で、外見的な特徴も似ている。つまり。


「お前も宝華なんだろ。どうしてこの世界に俺を連れてきた」


『あ゛あ゛』


「危ない! 幽霊から離れて!」


陰と陽。幽霊は宝華の醜い部分だった。だから、宝華に殺されるくらいなら良いと思った。もう2度と離さないように抱きついた。耳元で何かを伝えようとしている。でも、言葉にはならない。


「いいよ。落ち着いてゆっくり話せばいい」


幽霊は出会った時から何かを言いたがっていた。

すると、長い髪の毛が縮まって宝華の顔が現れる。

彼女は泣きながら訴えていた。


『ふぐしゅう、なんで、しなぐていい。だっだら、ずっと、こごにいて』


ひと時も忘れたことがない。宝華が亡くなったのは俺のせいだった。幼馴染として1番の味方でいなければいけなかったのに、自分が虐められるのが怖くて、加担してしまった。最低だ。後になって自分が何をしてしまったのかを理解した。


大人になっても傷は癒えることなく、呪いのように体を蝕んだ。高校時代の自分に変わって復讐をすると誓い。大学の研究室で特殊な薬を作った。同窓会では主催者をかって出て、飲食物に薬を混ぜるつもりだった。誰一人として許すつもりはなかった。


それなのに。

「わかった。宝華がいいんなら、もう復讐なんてしないよ」


『わだしが死んだのは、ユウくんのせいじゃないから」


「ありがとう」


宝華が役割を果たしたことにより、少しづつこの世界は壊れ始めている。


『まだまだ、話したい。ユウくんとお話ししたい・・・・』


「うん。俺も・・・・」


宝華の体が消えていく前に、その冷たい唇にキスをした。

『大好き』

その言葉とともに彼女の呪いは消えたのだった。



ピッ、ピッ。電子音で目が覚める。ここは病室か? ぼやぼやした視界の中、父と母が顔を覗き込んでいた。何か叫んだと思ったら、医者が慌てて病室に入って来た。口がパクパクするばかりで声が出なかった。


それから1ヶ月後。ことの顛末を知った。復讐のために開発した特別薬を自ら飲んだらしい。『らしい』というのは、その時の記憶が全くないから。夢遊病に似た症状になり、高いところから落ちたいという衝動が増して、結果、全身を強く打ったものの命だけは助かった。


けれども、背骨を損傷して歩けなくなった。車椅子の生活だ。歩く望みは捨てきれずに、今では病院内のリハビリステーションを活用している。水分補給をしていたら、向こうの方から拍手が聞こえた。


「そう、その調子。歩けるようになって来ましたね」


始めは気にも留めなかった女性。看護師にサポートされて、ぎこちないながらも歩いている。でも、彼女を見ていると自分もやる気が出てくるし、いつの間にか好きになっていた。まだ一回も話したことがないのに、どうしてかはわからない。



「あの子が気になりますか?」


付き添いの看護師がからかってきた。


「いいや別に」


「同い年だったと思いますよ。あの子は植物状態で助かる見込みがないって言われてたらしいんで。でも、突如として8年後。奇跡的に目を覚ましたんです」


「へー。人生って何が起こるかわからないね」


俺がぶっきらぼうに答えると「フーン」悪巧みな顔。とてつもなく嫌な予感がする。「宝華ちゃ〜ん! 彼が宝華ちゃんとお話ししたいって!」


「おい、ばか」


「お礼は今度でいいぞ。悔いのないように生きろ少年」


俺の肩をバシっと叩くと、笑いながら離れていった。てか、少年って歳じゃないし。25歳なんだけど。


彼女が俺に近づくと、いい匂いがするし、可愛いし。そのせいで緊張するのが嫌だったけど、全てを許してくれそうな笑みが投げかけられる。


「初めまして。あの、以前にどこかでお会いしたことがありますか」


「いや、そんなことはないと思う。でも、なんか前に会ったことある気がする」


この後、俺たちは同じ高校の出身者だと知った。頻繁に食事に行くようにもなった。そして、ゲームに負けた罰で、買い物に付き合わされている。


今日こそは告白しようと心に決めている。

『幸せにしてあげたい』

まだ彼氏でもないのに、そう思うほど夢中になっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊に追われてるんですが・・・・ タツカワ ハル @tatekawa-seiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ