第2話
反原発運動のデモ隊はいつも騒音を撒き散らし、K電力会社の悪口を叩きまくって、最後は逃げ出すようにこの町を去る。
なんなんだ一体。苛つきながら林は役場から近くの中華料理屋に足を運ぶ。
何か、この日常に変化をもたらす出来事が起こればいいのに何も起きない。もう新卒から6年は経った。その日、チャーハンを食べてから役場に戻る道中に変化は訪れた。
膝から崩れ落ちるジャージの男。それを見て駆け寄る女性。道路に出た彼女を気にかけることもなく軽自動車は速度を上げる。薬でも効めているのか運転手は。跳ねるんじゃないか、いやギリギリで止まるか。
嫌な予感は的中した。彼女は軽自動車に跳ねられて宙を舞い、血まみれになっていた。叫び声が聞こえた。誰かが救急車を呼んでいる。
彼女の左腕が指しているジャージの男は冷静に立ち上がり、その場から逃げるように去っていった。
あの男はどうでも良い。とにかく助けないと。彼女を抱き抱えて歩道に移した。
「大丈夫ですか、意識はありますか」
肩に触れると、彼女はぼんやりと目を開けた。
「2つ頼まれてくれないか。もう死ぬみたいだし」
掠れるような、絞り出した声。驚きながらも頷いた。
「さっきのジャージの男に今までありがとうと、伝えてほしい、もう1つは」
そこからは声が出なくなって、彼女の意識が途切れそうになっているのを感じる。白髪の頭から血が流れて右目を伝い、目を閉じた。涙のようにも見えた。
もう無理かと諦めかけた時、左目だけ薄く開いた。口が動いたので、最後の言葉を聞こうと耳を近くに持っていく。
「息子を、殺してください」
そう言って彼女は目を永遠に閉じた。
模倣の無職 ケストドン @WANCHEN
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。模倣の無職の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます