VTuber火之夜ほむらのインプレゾンビ退治法~心無いインプレ稼ぎが感染するゾンビ化呪詛に成り果てる

夜切怜

私ゾンビじゃないから! インプレゾンビだから!

 鈴木優は登校途中、異変に気付いた。

 校舎に入っていく学生のなかに、数人だが異常な存在がいる。強烈な違和感を放っているのだ。


「おはよ。優君」


 幼馴染みでもある今川琴音の様子がおかしい。隣だからといって格別仲がいいわけではない。

 顔は土気色を通り越して、青白く陰の気配をまとっている。本来なら溌剌とした少女だ。学生服も顔も、とくに異常はない。

 他人にあまり興味をもたない優でも、幼馴染みの少女の姿に眉をひそめた。


「おはよう。お前、今日は家に帰れ」

「無視されなかった。でもいきなりひどい!」

「腐ってるぞ。魂が」

「腐女子ってこと?! もっとひどい!」

「違うわ。半分死んでる」


 優は霊感が強い。今の琴音は明らかにおかしい。

 彼にいわせれば、この世のものではなくなっている。哀しげな視線を琴音に送る。


「早く成仏しろ。これぐらいしか言えない」

「私もね。実はちょっとだけ、自分が死んでる気がした。もう死んでるの?」

「死んでるな。俺にはそうとしか見えない。他にも数人いるが……」


 校舎に入っていこうとする琴音と同様の症状を抱えている学生たち。

 周囲から無視されているようだ。


「お前。クラスの人間に無視されてないか?」

「あはは。……わかる? 無視されているんだ。クラスだけじゃなくて親にもいない人のように扱われてさ。死んでるのも同然だよね。優ちゃんがはじめて反応してくれたんだ」

「お前を無視したわけじゃない。視界に映らないんだ」

「どこかおかしいところある?」


 じーと琴音を見る優。


「恥ずかしいけど」

「大丈夫だ。他の人間にお前は見えていない」

「ひどいってば」


 優は違和感の正体を突き止めた。


「お前の指さ。変な角度で曲がってないか?」

「え? あれー?」

「あれ、じゃない。嫌だが、少しそこにいろ」

 

 琴音の口に手をあて、脈を測る。


「うん。死んでる。呼吸していないし、脈もない。ゾンビだな」

「私ゾンビじゃないから! インプレゾンビだから!」

「なんだよそれ…… あれだろ。短文投稿サイトにいるインプレ稼ぎの連中だろ。お前はただのゾンビだ。じゃあな」


 優は彼女を置いて学校へ向かおうとした。琴音にひしっと腕を掴まれる。


「じゃあな! じゃないって! なんでそんなに平然としているのよ! 幼馴染みがゾンビってもっと狼狽えるところでしょ!」

「慣れだ。早く未練を捨てて成仏しろ」

「慣れってなんなん! 助けてよー」


 琴音が本気で泣いている。これでは成仏もしそうにない。


「ったく。死んだ自覚がないゾンビって厄介だな。世が世ならショットガンで頭を吹き飛ばされているぞ」

「こわ!」

「黙れゾンビ。一般人にとってはお前のほうが怖いんだ」


 幼馴染みに容赦がない優。


「ショットガンを撃つ一般人とは……」

「生きている人間ってことさ。まあいい。仕方ない。お前ん家に行くぞ」

「え?」

「お前を成仏させないとな」

「成仏するのは嫌だけど…… 助かる可能性ってないかな?」

「嫌がるな。まずは原因究明だ」


 優は学校に欠席の連絡を入れて、今川琴音の家に向かった。


「うーん。ダメだな。空気が澱んでいる。事故物件と同じ空気になっているな」

「どうしよう」

「お前、短文SNSのアカウント見せろ。裏アカあるならそれも」

「普通にイヤなんだけど! プライベートの塊だよ?」

「わかった。帰るわ」

「どうしてそんなに薄情なのよ!」

「見せたくないんだろ? 死後、見られたくないものだってある。琴音の遺言を尊重したまでだ」

「遺言いうなし。死んでいる自覚ないんですがそれは。ほら体も動くし」

「指の角度が変だけどな。成仏できない死者はみんなそういう」

「指はいわないで。待って。見せるから」


 PCとスマホを差し出す琴音。

 優はおもむろに睨み付ける。


「隠しているアカウントあるだろ」

「なんでわかるの……」

「おそらくそれが原因だからだ」

「ひぃ!」


 スマホを手に取り、隠しているアカウントを表示して差し出す琴音。


「これだな。うーん。電脳系の呪詛。琴音にわかりやすくいうと呪いだな」

「呪いなの?!」

「琴音。みんなに無視されているっていっただろ?」

「うん……」

「琴音は今、この世からシャドウバンされているから」

「この世からのシャドウバンってなに?!」

「現世といえばいいのか」


 優にとんでもないことを平然と言われて、狼狽を隠せない琴音。


「そうとしか言い様がない。お前は誰にも見えない状態だ。肉体はあるから悪さはできるが…… 呼吸していないからそのうち死ぬ」

「悪さはしないよ! 私、どうしちゃったの?」

「琴音が自分でいったインプレゾンビだ。インプレ稼ぎをした自覚はあったんだろう。感染している」

「え……」

「お前、インプレ稼ぎにインプレゾンビ同士で相互フォローしただろう?」

「した……」

「狙ったポーズでこんな半裸みたいなコスしやがって。インプレ稼いで金もうけとか」


 琴音が腕で目線を隠し、コス姿でフォロワーを集めている裏垢だった。

 お腹を出した姿での学生服姿などもある。

 

「露出はお腹だけだよ! まだ健全じゃん! 優君だって今見てるじゃん」

「健全な格好とは言い難いが、遺体だと思ったら興味もわかないな」

「ひど!」


 優はまじまじと画面を確認して、頭を抱えた。


「こんな呪詛があるんだな。インプレゾンビは放置するとそのままこの世から退場だ」

「私、このままだとどうなるんだろ」

「この世からリアルBANされる。死因はつじつまがあうように、それらしいのがつくだろうな」

「本物のインプレゾンビじゃん!」

「琴音は本物のインプレゾンビになったんだよ」

「わーん」


 泣き出した琴音。優は溜息をつき、泣き止むまで待った。


「私、この世界からリアルBANされるんだ……」

「短文SNS風にいうと警告されて凍結状態だ。近いうちにBANだな」

「え? 警告? BANされてないの? 助かるの?」

「あるぞ」

「早く言ってよ! このドエス!」

「帰るぞ」

「ごめんなさい。助けてください」


 優はスマホを返す。


「まずすべてのアカウントのこの文章を。『プロフ見てね』だ。この言葉が呪いを呼び込むトリガーになっている。短文投稿サイトだけじゃなくてショート動画サイト、すべてのSNSから消せないと助からない。すべて、だ」

「わかった……」

「変なサイトに誘導して小遣い稼ぎをしようとするからそうなる。今の琴音はそういう被害者の恨みでゾンビ化している。怨霊よりたちが悪い。これは祓えない」

「怨霊より強力って」

「死者の霊は弱いんだ。一度死んでるからな。斧をもった殺人鬼や執着心をもったストーカーのほうがよほど怖い。生きている人間の恨みをまとめて買っているようなもんだなこのインプレゾンビ」

「……優君。そんな話、私に一度もしたことがないよね?」

「するかあほう。幼馴染みにオカルトマニアに思われても嫌だぞ」

「普通にひいている」

「帰る」


 優は不機嫌に立ち上がり、琴音の部屋から出ようとした。


「待って! ごめんなさい。ひかないから!」


 土下座する琴音に、しぶしぶ着席する優。


「続けるぞ。お前はまだかろうじて助かるチャンスはあると思う。理由は簡単だ」

「どんな?」

「著作権に違反していない」

「どういう意味?」

「生成AIを使った量産型インプレゾンビじゃないってことだ。ただ、お前、無節操に相互フォロワーを増やしただろ。それで伝染したんだ」

「制服やコス姿をアップしてインプレあげてただけだし!」

「それが幸いしたんだな。画面の向こう側にいるインプレゾンビ連中は、現実世界から消されはじめている。病気やら、事故やらで。アカウントは生きているからネットをさまようゾンビだな」

「こわっ!」

「ネット経由でしか伝染しない珍しい呪詛型ゾンビ。琴音の場合は金儲けに走った自業自得だが、犯罪したわけではないしな」

「生成AIだって違法ではないでしょう?」

「あくまでグレーゾーンにいるだけだ。そこらへんは専門家や政府の見解次第だが、無断で生成AIの学習素材にされた人たちの怨念もインプレゾンビに上乗せされている。死霊の恨みじゃないし、何より正当な怒りだ。念も強くなるさ」

「写真系っぽい人のほうが多いし」

「その写真っぽい人たちにも著作権者はいる。学習するAIってことは学習なしでは存在し得ないんだ。個人が作成した絵を一人きりで学習させたAIなら大規模事前学習やら大規模言語モデルなんて言わないさ。あとはぶっちゃけるとだな。無差別フォローがうざい」

「うざいのはわかる」

「些細なうざいも塵も積もれば、だ。億単位で『インプレゾンビはうざい』って思ったら、強大な呪詛になる」

「そうだね…… インプレを稼いでいた私も同類扱いされたんだ。インプレ稼ぎってそんなに罪だったんだね」

「インプレションを稼ぐことは罪じゃない。インプレ稼ぎのために、やみくもにエロ画像や爆コメにうざがらみして他人の迷惑を顧みない行為がダメなんだ」

「うん…… 心当たりある……」

「残念だがそういうことだ。因果応報」


 涙目になる琴音。


「塩を盛るとかでなんとかならないの?」

「ならない。あれは亡くなった霊用だ。インプレゾンビは呪詛。効果はない」

「もう手段はないってこと?」

「あるぞ。インプレゾンビどもを通報してミュートしろ。そしてすべてが終わって、またSNSをやりたくなったら日を置いてアカウント転生しろ。来世のアカウントではまっとうに生きろよ」

「言い方ァ! なんか本当に地獄に落ちたみたいな。わかった。やるよ」

「地獄に落ちたともいえるんだけどな?」


 琴音はインプレゾンビを通報してミュートにしていく。見守る優。


「通報一回って意味あるのかな」

「精神的なものだ。『私はインプレゾンビを許容しない』という集合意識への意志表示だ。儀式の代わりだと思え」

「それにしては具体的だね」

「お経や祝詞だって具体的な手順を踏むことで効果がでる。インプレゾンビは画面のその目の前にいる。どっちにしろ必要なことだ」

「わかりやすい。あ」

「どうした」

「ブロックじゃダメなの? ブロックしちゃいたいなーって。ミュート面倒で」

「連続ブロックすると運営にアカウントが凍結される恐れがある。そうなったらお前は助からない」

「はい。ミュートします。――助けて優ちゃん!」

「どうした?」

「インプレゾンビが次々とフォローしてくるの!」

「SNSに魂を引き寄せられインプレゾンビになった連中がお前を道連れにしようとしているんだな。通報してミュートし続けろ。連続アカウント作成は物理的に制限がでてくる。呪いはそこまで物理法則に干渉できない」

「ダメだ。私、死んじゃうのかな。助けて。優ちゃん」


 すがる琴音。さすがにこの状態の幼馴染みを見捨てるほど、優も薄情ではなかった。


「……仕方ない。お前、スマホをぶっ壊す勇気はあるか?」

「死ぬよりましだよぅ!」

「あとで騙されたとかいうなよ。待ってろ」


 優は自分のスマホ端末を取り出し、SDカードを渡す。


「なにこれ……」

「虚空蔵菩薩像のマイクロSDカードだ。お守りだぞ」

「なんでそんなの持ってるの?」

「京都の寺で売っているが、今はそんなことを話している暇はない。データをバックアップしてすべてのSNSを退会しろ」

「優ちゃんを信じる」


 スマホのデータをバックアップした琴音は、通話アプリを含めたすべてのSNSを退会した。


「デジタル時代の追儺なんて慣れていないんだけどな。やるしかないか」


 優は聞き慣れない言葉を呟く。琴音のスマホが漏電したかのようにバチっという音を立てて壊れた。


「あれ。優ちゃん。私……」


 土気色の肌が消え、顔に血色が戻っている琴音。


「お帰り。琴音」

「ちょ!」

 

 優がおもむろに手をとり、口に指をあてる。


「脈もある。呼吸もしている。間に合ったか」

「ゆ、優ちゃんならいいけど、もう少しムードというか」


 顔が真っ赤になる琴音。


「おっと。すまない。そんな気はさらさらない」

「ひど!」


 別に琴音だって優のことを悪いようには思っていないのだ。

 優の方がこんな感じでつれない。


「私、本当にインプレゾンビになるところだったの?」

「もうなっていたんだ。危ないところだった」

「優ちゃん。何者なの?」

「お前のお隣さんで幼馴染みだよ」

「そんな力があるのにどうして私を見捨てようとしたの?」

「手遅れだと思ったんだ。死んだ人間に同情すると引きずり込まれる。だけどお前は俺に助けてって言ったからな。幼馴染み補正の同情が働いただけだ」

「ありがと」


 口ではそんな風にいうが、おそらく優は助けてくれただろうと思う琴音。


「悪い夢をみたと思って忘れろ。そのスマホはキャリアの修理サービスにだせ」

「とても怖い思いをしたのに、さっきからずいぶんと現実的な解決作だね……」

「俺はお前ん家に乗り込んでSNSを退会させた挙げ句、スマホをぶっ壊したDV男だからな。彼氏でもないからノーカンか」

「そういうとこだぞ、おい」


 そういって琴音は泣き笑いになった。


「明日一緒に学校へ行こう」

「そうだな。無視されるようならまだ影響があるかもしれない。あと俺のことは内緒にしてくれ」

「わかった」


 優は何か秘密があるようだが、琴音だって自分が死んだも同然だとうすうすは感じていた。

 これ以上尋ねても答えてくれない気がして、諦めることにした。


 翌朝。

 二人は校門前で固まっていた。


「ねえ。これ」

「インプレゾンビだらけだな」


 一度インプレゾンビになった琴音も今ならわかる。一般人が認識できないインプレゾンビが増えている。

 

「インプレゾンビは感染拡大中のようだ」

「クリーチャーみたいになっちゃっている子もいる! 腕が腰から生えているよ!」

「生成AIの試行回数が少ないんだろう」

「そういう問題なの?!」


 きょろきょろとあたりを見回す。


「優ちゃん! あれ! 文字しょってるよ。圧勝! とか。別の人は環境最強! とか」

「誇張表現のインプレ稼ぎ系の動画配信者だ。あれもインプレゾンビの対象になってしまったか。感染している。近付くなよ」

「あのゾンビ、もう半分地面に埋まって頭上から豪雨が……」

「あれはもう助からない。災害に乗じた連中だ。過去の災害画像を便乗配信したり被災者になりすまして偽住所を拡散したんだろう。性質の悪いインプレゾンビは生者の呪いだけじゃなくて死者の念まで背負う」

「それだけ悪質ということだね。どうしよう。インプレゾンビだらけになっちゃう!」

「SNSはインプレゾンビだらけだろう。フォローされても反応しなければいいんだが…… 興味本位で踏み込むと感染するみたいだな」

「ネットの世界に入れ込む人がみんなインプレゾンビに?」

「インプレに関係ない人間には影響がないぞ。つつがなくやっている連中や自然に数字を稼いでいる人間も関係ない。心無い行為に呪詛が向くんだ。どこかの誰かさんはインプレ相互をしていたが」

「深く反省しております。はい」

「よろしい。インプレゾンビどもに話し掛けられても無視しろ。昨日も言ったが下手な同情は引きずり込まれる。インプレゾンビに逆戻りだ」

「わかった」


 インプレゾンビは校舎内を彷徨っているようだ。誰にも認識されず、話し掛けても反応しない。

 女子生徒は半裸になり、男子生徒は逆立ちやオーバーアクションになっている。


「飛び跳ねたり逆立ちしているのは何故だろう」


 奇行に走るインプレゾンビが多いようだ。


「誰にも相手にされないから、よりオーバーなリアクションになる。ネットでの発言が過激になっていき動画配信者が犯罪行為のラインを越えた行動するのと同じだ。ネットで悪目立ちするヤツはスルーされることがもっとも辛い。今連中はこの世からブロックやミュートされているからな。まずいな。下手をすると襲い掛かるかもしれない」

「無視され続けたら確かにキれるか。噛みつかないだけましかも?」

「噛みつくかわりにフォローしてくるからな。爆ツイにうざがらみするインプレゾンビだ。興味をもったらフォローしてくる。ネットはともかく校舎内のこいつら、どうしたものか」

「無関心が大事なんだね」

「そう。とはいってもあれは本当にウザい。ショットガンが欲しい」


 優は渋い顔をした。物理的な排除も難しい。


「インプレゾンビに対処法はあるのかな」

「通報あるのみだ。予防策としては収益化プログラムに参加しないことだな。動画サイトも短文サイトも。それが確実だ」

「インプレ自体は悪いことじゃないんだよね?」

「そうだぞ。営利目的で運営している企業が作ったシステムだ。利用しても悪いことじゃない。ただインプレゾンビは不快だし、生成AIの使用も相まって嫌悪されるレベルになってしまった。動画サイトの巨大文字サムネもだな。人目を引くためとはいえ、やりすぎはよくないってことだ」

「そうだね」


 琴音も昨日の件で痛い目を見た。危うく死ぬところだったのだから当然だ。


「世界が滅んじゃいそう」

「このままだとクリーチャーみたいな連中に汚染されていく一方だ。相談している相手もいる。行動してもらうか」

「打つ手があるの?」


 優はスマホを取り出し、何やらショートメッセージでやりとりを始めた。


「よし。これで少しは抑制できるかもしれない。助かる奴もいるだろう」

「何をしたの?」

「退魔系VTuberに依頼した。今夜、急遽配信してくれることになった」

「退魔系って何さ! そんな人がいるの?」

「人気ある方だぞ。VTuber火之夜ほのやほむら。聞いたことはないか?」

「歌がうまいVTuberじゃん。狐耳に巫女服は着てたけど」

「ゲーム配信も得意だな。たまに怪談話もするだろ? あれはちゃんと追儺をしているからな」

「……まさか優君じゃないでしょうね」

「違うわ。なんでボイチェンまでしてやらないといけないんだ。ほむらの放送を一緒に聞くか。おばさんに伝えておいてくれ。くれぐれも彼氏だとか誤解されないようにな」

「ん。厳しい注文きたな。わかった」


 琴音は悩んだ。母のことだから、きっと付き合い始めたと早合点するだろう。


「ほむらって馴れ馴れしいよね。あやしい」


 じと目で睨む琴音。いらぬ疑惑に辟易しながら手を振って否定する優。


「隠しても仕方ないか。お前もよく知っている人だぞ。火之夜ほむら。なかの人は俺の姉」

「うっそ! 凪さん?!」


 鈴木凪は優の姉だ。黒髪で清楚系を絵に描いたような容姿で、気配りがあり優しい。琴音も子供の頃遊んでもらった。


「バラした俺が殺される。内緒だぞ」

「わかった。凪さん怒ると怖いもんね」


 その日の夜、二人は琴音の部屋で、火之夜ほむらの配信を視聴した。


『今日は季節外れの怪談にいきまーす! 自分の信じる神様にお祈りは済ませておけー!』


 普段の凪を知っている琴音が吹きだした。


「笑うな。気持ちはわかる。腹を抱えて爆笑したら蹴られた」

「凪さんこんなアニメ声出たんだ!」

「これ地声に近いぞ。いつもが演技だ」

「うっそ」


 お隣で顔なじみだったお姉さんの真実を知らされ絶句する琴音。


『インプレゾンビっているじゃん。実写系の生成AIやらのプロフでフォロ爆してくる、変な文字羅列してるアレ! プロフみてね、って。まじウザいよねー?』

「凪さん……」


 笑いを抑えることに必死な琴音。優は無の境地に至っている。


『SNSでフォローされた人もたくさんいるけど、あのインプレゾンビさ。なんか呪いが発生するっぽいんだよね。億単位の人間がウザいって思ったら、本物の呪詛にもなるよ』

「昨日優ちゃんが言ってた話だ!」

「話すさ。姉ちゃんのほうが本職だし」

「二人とも謎すぎるよ」

『インプレゾンビって名前が良くなかったね。未熟な写実系AI生成の画像に虚ろなものが宿って、本当のゾンビめいた現象になっている。ブロックしても次から次へと沸いてきて、噛みつくかわりに爆撃フォロー。同様にインプレ稼ぎした人を狙って感染するインプレゾンビ。感染したら不運が発生しやすくなるんだよ』

「言霊?」

「知っているじゃないか。インプレゾンビはネット上のミームが言霊として概念になってゾンビとしての機能を持った」

『対処法はあるからみんなよく聞いてね。祝詞もお経もお祈りも必要ないから。インプレゾンビは通報してミュート。連続してブロックすると自分が運営にアカウントが凍結されちゃうからね。中身入りなら逆恨みだってされかねない。それから変なバズりを狙ったつぶやきや露骨なことはしないこと」

「制服姿の目隠し自撮りとかな」

「言わないで」


 冷静に考えると恥ずかしい行為だと今更ながら痛感する琴音。


『生成AIの利用は可。SNSでのアップは慎重に。法的にはグレーゾーンだからね。絵師さんたちの気持ちも考えよう! 個人で楽しむ分や仕事のやりとりで使う分にはオッケーだよ! 私だったらとと様に生成AI使ってますって絶対言わないし使わない。とと様が悲しむから』


 とと様とは、VTuberのデザインを担当しているイラストレーターのことだ。


「凪さん。とと様って……」

「言うな。そして凪じゃなくてほむらだ」

『なんでこんな話だから言うとね。リスナーからゾンビみたいになっちゃった友人がいるー。とかさ。リアルで影薄くなったクラスメイトがいるって変な報告がきていたわけ。私のまわりでもあったんだよね。真剣な話、深刻かなって。ここで私が言わないと火之夜ほむらの名が廃るので!』


 内容とは裏腹に、朗々とした声で話すほむら。 


『怪談話するときも言っているけど、心霊スポットで何が怖いかって強盗や変質者なんだ。生きている人間が恐ろしいから近付いちゃダメなんだよ。インプレゾンビだって画面の向こう側には心を無くした作業員がいるかもしれない。人間の仕業なんだけど、わかりやすく言うと生きている人間の、負の念が向いちゃうわけ』

「生きている人間が恐ろしい。優ちゃんが言っていた言葉だね」

「インプレゾンビは生きている人間が生み出したものだからな」

「どうしてそういえるの?」

「金が絡んでいるからさ。死者には必要はないものだ」

「納得」

『死んだ人間は現世に関与できないからね。インプレゾンビは生きている人間の念が生み出した呪詛。心が無いっていうでしょ? 震災が発生して別の震災画像を流すなんて心無い行為だよね。そういったインプレゾンビは、本人も自分がゾンビだと認識していないと思うから、哲学の思考実験p型ゾンビではなく、i型ゾンビってところかな』

「哲学とか難しい話をしている……」

「俺も知らん」

『最近友達に無視されてるー、とか。影が薄いなーとか思う人はさ。一回ダメ元で試してみて。インプレゾンビに感染しているかもしれないから。おまじないみたいなもので、フォローしてきたインプレゾンビには運営に通報してミュート! それだけだよ』

「火之夜ほむらは頼れるおねーさんみたいな感じ?」

「だから人気あるんだろうな」

『あなたの傍にもインプレゾンビがいるかもしれない。??では怪談話した時の恒例。柏手かしわでを』


 画面上の巫女が鈴を鳴らす。


 ――パンッパンッ


 迫力があるともいえる拍手を二回打つ火之夜ほむら。


「凪さん。あんな手を叩いただけで。この部屋の空気も変わった気がする」

「魔除けの鈴と柏手の祓いだな。あんな風にみえて追儺の手順を踏んでいる」

「ところで追儺ってなに?」

「よこしまなものを祓う儀式さ」

『では怪談話のあとにはこれが一番! 楽しい空気を作ること! いつものアニソンメドレーいこっか! 一曲目は――』 

 

 画像の向こうからVTuberが歌う明るい曲が流れる。


「これで終わり?」

「わからない。だけど今日よりはましになっているさ。助からなかった連中は、察しろ」

「凪さん。なんであんなVTuberに」

「ああいうキャラを演じて、こんな事件に対処している。ネットの誹謗中傷に強い弁護士のオカルト版。ネットにまつわる霊障対策の巫女さんだ」

「需要あるんだね」

「実際怖いだろ? 何もしていないのにフォローされただけで呪われるだなんて」

「怖すぎるよ! これで終わって欲しいな」


 優は姉が歌う曲をぼんやりと聴いている。

 脳天気ともいえる電波ソングをノリノリで熱唱している生身の凪を想像して、思わず吹きそうになる琴音だった。明るい歌声を聞いていたら、おどろおどろしい空気になるわけがない。

 結局琴音は、助けてくれた幼馴染み姉弟の正体はわからずじまいだった。


 この事件からしばらくしてからのこと。

 琴音はSNSに復帰しようとアカウントを作成してコメントを呟こうと思ったその瞬間――

 わらわらとAI絵がプロフ画像の気味が悪いアカウントに連続してフォローされた。

 それらを即座にミュートして通報した琴音は、再び短文SNSのアカウントを抹消して非公開SNSで友人とやりとりするのみに留まった。

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VTuber火之夜ほむらのインプレゾンビ退治法~心無いインプレ稼ぎが感染するゾンビ化呪詛に成り果てる 夜切怜 @yashiya01

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