最終話 魔王を攫うお姫さま
「だから最初からそう言ってるでしょ。こっちが本性。勇者さまがいつも見ていたのが、嘘なの……嘘って言うか、みんなを元気にできるならそっちの方がいいでしょ、ってだけだったんだけどね……」
つくべき嘘ではあった。今のタウナが表舞台に立てば、民衆を盛り下げてしまうのだから……そうなるくらいなら、嘘で固めて士気を上げた方がいいと判断した。
操り人形。
これも、幸せに至るまでの、ひとつの手段である。
「そんな…………」
「嘘をついていたのは申し訳ないと思うけど……そんなにガッカリしなくても……」
すると、がく、と勇者が膝をついた。
彼はそのまま気絶し、ぐらり、と横から地面に倒れる。
「――え、勇者さま!?」
タウナのクナイは肌に触れていない。なにもしていないのに、勇者が倒れたのだ……タウナが驚いてあたふたするのも無理なかった。
「あー、大丈夫ですよ。疲れが出たのでしょうね……限界が近かったところで、姫様のカミングアウトです……。色々と重なった結果、とどめの一撃が姫様の言葉だっただけですよ」
倒れた彼の腕を取り、肩へ回したクイン。
彼女は手慣れた様子だった。
「ショックで気絶しただけです。勇者様はメイク後の姫様に恋をしていましたからね……こうなることも考えてはいましたよ」
「…………」
「恋をしていた相手は、幻だった……それを知って心が堪えられなくなっただけです。数日ゆっくりと休めば、事実を飲み込んで新しい恋を見つけると思いますよ……男子にはよくあることです。なので姫様も……お気になさらずに」
「いや、当事者なんだから気にするでしょ……!」
「でも、姫様にできることはなにもないですよ? ……メイク後のお姿を常に維持できますか? きっと、そんなことをすれば姫様が壊れてしまいますよ……。片方が幸せで片方が不幸な関係性は、総じて不幸です。する必要はありませんから」
姫、嘘、姫、嘘……――と繰り返し呟くギルを支えながら。
「勇者様の介抱はあたしにお任せください」
「……クイン……」
ほらがんばってください、と耳元で応援(?)なのか誘惑なのか、分からないけど声をかけ続けているクインの意図は分かりやすかった。
……いつから? と思ったが、いつからでもいいだろう。以前からでも、旅をしている途中からでも……結局、クインがギルに恋をしていることは確実なのだから。
ギルの片想いは、幻想を相手にしていた、ということが自他ともに認められた。タウナにその気がなければライバルは減ったも同然だ。
クインは傷心中のギルをここで落とすために、攻め込むつもりだろう……それを止める理由は、タウナにはなかった。
タウナは、勇者ギルに恋をしているわけではないのだから。
……それでも、好意を向けてくれていた男性を横から取られるのは、気持ちの良いものではなかった。しかも彼女には今後もお世話をされるわけで…………一方的にきまずい関係だ。
かと言って、いきなりお世話係から外すのも性格が悪い。
城に戻っても、タウナの悩みは尽きそうになかった。
「……私、マルミミの傍が性に合ってるのかも」
「え?」
さすがに誤解をしなかったマルミミだが……次の一言は、タウナの本性を知っていても、少しはぐらっとくる、誘惑だった。
「私は帰るけどさ…………また私を攫ってくれる? 魔王さま?」
エピローグ
全て解決した……わけではないけれど。
まだまだ、復興までは程遠い。それでも、魔王軍の脅威はほとんどなくなったようなものだった。解体後の残党の行方までは分からないので、確認するべきことはあるだろうけど……私を攫った一連の事件は、ひとまずは解決と言っても差し支えないと思う。
国へ帰ってから。
これまでの幻想と現実を、まずは切り離すことにした。みんなが知る「タウナ姫」はふたりいる……そう解釈させてしまった方が、不幸になる人は少ないと思う。
裏の私と表の私は、同一人物ではない――とすることで、勇者さまに少しの希望を残したのは、クインへのちょっとした嫌がらせだ。
あの不満顔は忘れられないね。
私の大好物だ。
大きな変化があった。
王族のお人形さま、と揶揄された以前の私ではない。王族とは思えない行動力、そして磨いた戦闘技術を教えるために、騎士団によく顔を出している。
教官のつもりはないけど、みんなは私を教官として慕って? ……いや怯えて? くれている。たまに師匠を呼んで一緒に騎士たちをしごいていたりもするが……。
騎士団とは王族を守るための組織だ。なのに、組織以上に強い王族がいるとなれば、騎士たちの士気に関わってきそうだけど……。
そのあたりは、表の私がバランスを取るのだ。
「もう私のことを、操り人形とは呼ばせないから――」
「――やあ、お招きありがとう、タウナ姫……ところでこの縄、解いてほしいんだけど……身動きが取れなくて困ってるんだよね」
「あ、ごめん」
多忙なマルミミは時間が取れず会いづらいので、私の都合で連れ去ることにした。
お姫さまが魔王を攫うという逆のパターンだけど、今のマルミミはもう魔王ではない。
色々と、後処理や、生まれ変わったフーセン王国の手続きなどで忙しいらしい。悪いのは彼の父とその配下のタイテイだった、というのは全地方に知れ渡っている。
魔王軍の進軍を許されたわけではないものの、マルミミを含めたフーセン王国は、軽い(?)処罰で済んでいた。国としてはまだまだ力は弱いが……まあ、機能はできているようだ。
「ふう……まったく君は乱暴だよね」
「攫ったそっちが言うの?」
以前はマルミミが。
攫われる気持ちがこれで分かったかな? と聞けば、マルミミが無言で頷いた。
「……そっちは大変?」
「そりゃそうだよ……タウナと遊んでる暇だってないんだから。けど、少し一休みを入れたいところではあったんだ……ありがとう。攫ってくれないと、監視の目もあるしね……なかなか熟睡もできない環境なんだよ」
「ふうん」
「興味なさそうだね」
「そんなことないよ……手伝おうか?」
「必要ないよ、君は無関係じゃないか。騒動には巻き込まれていたけど……フーセン王国の住人じゃない。君の手を借りるほどのことでもないから――」
「じゃあ嫁ごうか?」
「『じゃあ嫁ごうか』……って言ったの?」
聞こえてるじゃん。
聞こえていないフリをしなくとも、そのまま返されたらそれはそれでちゃんと不快だからね?
「……え、は?」
「形だけでもいいけど。そうすれば無関係じゃないし、マルミミのことも手伝えるし……」
ぽかんとしていたマルミミは、じっくりと十秒以上も黙ったまま……。――はっ、と意識を取り戻したかと思えば、さらに深く考えた込んだ末に、やっと質問がきた。
「………………タウナは、……僕のことが、好きなの?」
――にぃ、と、自分でも分かるほど人をバカにしたような笑みをこぼしてしまっているのだろうなあ、と自覚できた。
バカな質問だよね。でも分からないでもないよ……急にあんなことを言われたら、自分でバカを作らないと聞けないもんね。
でも、乗ってなんかあげないから。
私の性格を知っているマルミミなら、素直に私が言うなんて思ってないよね?
「それ、お姫さまに言わせる気?」
―― 完 ――
お姫さまは魔王城でレベルアップ! 渡貫とゐち @josho
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