第31話 世代交代の日
決着は早かった。
加護はもちろんだが、タイテイは事前に、ガンプ師匠と刃を交えていた。
老いには勝てなかった師匠は、命を失うことを察知し勝負から逃げたが、タイテイから削れる分はきちんと削っていたのだ……。
万全ではなかったタイテイは、弱体化の影響を受けたこともあり、ギルの猛攻に堪えることができなかった。戦いの中で成長していくのは、まだ若いギルの特権だったか――。
大の字で倒れたタイテイが天井を見つめる。先に逝った主の声でも聞こえたのか……視線は真っ直ぐだが、現実の景色を見ているわけではなさそうだ。
すると、彼の眼前に、刃の切っ先が向けられた。
「手、抜いたわけじゃないとは思うけどな……」
「当然だ。お前が、ただ強かっただけだ……素直に認めたらどうなんだ? 加護を奪われた、元々ダメージを負っていた――なんて言い訳をしたくはないな。これは試合じゃない……殺し合いだ。文句はない――」
卑怯だ、と吠えたところで生かしてもらえるわけではない。
審判がいなければ、殺し合いはなんでもありだ。
「俺も鈍ったものだ……」
「おい、最後の最後に『昔の俺はもっと強かったんだ』って自慢をするなよ――勝ったのに気持ち良くないだろうが」
「勝って気持ちが良いのは試合だけだ。殺し合いは……勝っても負けても失うものがある……そっちの方が多いんだ……。戦争は、できればしたくないものだ」
それでも「絶対に避けるべきものではない」と言わないところは、長く戦場に立ち続けてきたタイテイの経験則による本音か。
戦争がなければ……それはそれで不都合が出るということか。
「殺さないのか?」
「もうオレの剣も、あんたを斬る余力がねえよ……」
刃はもう限界だった。
折れていないのが不思議なほどだった。
「それを理由に俺を生かすのは、危険過ぎると思うがな……」
「ですね」
と、横から割り込んできたのはクインだ。
彼女は細く薄い刃を持つ剣を握り締めていた。
「その剣は……」
「以前は突き刺さりませんでしたが……今ならどうでしょう?」
「いつ死んだかも気づかせない極細剣か。痛みを恐れているわけではないが、それで殺されるなら楽で良いな――」
「…………では、お望み通りに」
「――待てっ、クイン!」
「……なんです?」
制止の声をかけたギルだったが、タイテイを生かす理由がなく、そこで言葉が途切れてしまった。
騎士たちを育成するための教官として、ドール王国へ引き取ることも考えたが、彼は誰かに命令されていたわけではないのだ……操られていたわけではない。
彼に影響を与えた人物はいるが、彼が持つ思想は彼自身の内側から湧いて出たものだ。思想が変わらなければ、タイテイを生かしておくのは後々の火種を放置しておくことになってしまう。
だから、ここで潰しておかなくてはならないものだ。
「いや……」
「危険人物を生かしておく理由はありません。この人を利用しよう、という裏があったのだとしても、こちらの意図通りに動く人ではないでしょう。手に余りますよ……。気持ちは分かりますが、ここで始末するべきです――」
「それは、そうなんだけどさ……」
「――迷うな」
声が届いた。
大きな声ではなかったけれど、鮮明に聞こえてきた。
タイテイの言葉、瞳が、勇者ギルの背筋を伸ばさせている。
「勇者という肩書きを背負っていくというのなら、お前は迷うな――――決めろ」
そして、
「決めたのなら責任を持て。お前は――ここでなにを最も優先するんだ!!」
タイテイを生かすことも望んでいることではある。だけどそれよりも――、勇者ギルが最も望むもの。それはドール王国の平和であり、攫われたタウナ姫を救出することだ。
その障害となる(……かもしれない)火種があるのなら、やはり潰しておくべきだ。
一番守りたいものが今後、危険に脅かされるかもしれないと警告されて、なにもしないでいられるギルではないのだから。
「――痛みなく、逝かせてあげよう」
「はい。かしこまりました」
クク、と笑みをこぼしたタイテイが、ギルたちと――次にマルミミとタウナを見た。
「期待しよう……次世代へ――」
刃が通った。
細く薄い刃が、彼の心臓を、切り裂いた。
8
タイテイの死により、現時点での魔王軍の脅威は、半分もなくなったようなものだった。
探せば厄介な敵がいるかもしれないが、タイテイを苦しめたガンプ師匠なら、ひとりでも対応できてしまうだろう。
ギルを筆頭に、次世代の若者が苦戦する相手でも、経験を重ねた実力者にとってはまだ脅威ではない――経験者を苦しめるのは経験者だけだ。
ゆえに、魔王軍はほぼ機能を停止したと言ってもいいだろう。
残りは、復興間近の国が結託して数で押せば、処理できるはずである。
「――おっと、僕に敵意はないよ?」
両手を上げるマルミミ。肩書きは魔王。そして対面するのはギル――勇者だ。
向かい合えば戦いが始まるのは、勇者と魔王の歴史を見れば明らかだった。
「……お前になくともこっちにはある。国の宝を攫ったのは、そっちだろ」
「タウナ姫のことかな?」
「他に誰がいるんだ?」
マルミミは「あはは、」と愛想笑いだ。
その意中のお姫様は背中に隠れているのだが、「じゃあ返すよ」と言って、隠れているタウナ姫を差し出すのは、彼女への裏切り行為になってしまうだろう。
魔王軍を白紙にする計画を手伝ってくれた手前、彼女が嫌がることはしたくない。
となれば、ここは誤解されてもいいから誤魔化すしかなかった。
「安心しなよ、お姫さまは無事さ。真上の魔王城で悠々自適に暮らしていると思うよ。囚われの姫と言っても、毎日牢屋の中でじっとさせていたら壊れちゃうからね……できるだけ彼女の自室に近づけ、居心地の良い空間にしてあげてるから――」
「上、なんだな?」
それだけ聞けば充分だ、と言いたげに、マルミミから視線を外した勇者。
海底洞窟の上には海があるはずだが……まさか直線で移動するつもりだろうか?
「待って、勇者様」
前のめりになったギルを止めたのはクインだった。
出鼻を挫かれ、彼がおっと、とバランスを崩す。
「なんだよ!」
「いや、だって姫様――そこにいるし」
マルミミの背後を指差す。黒衣のタウナは「あ、あいつ……っ」とクインを睨んでいる。
そんな敵意の視線も、クインは知らぬ存ぜぬだった。
ぷい、と、タウナの視線から逃れるように顔を背ける。
「は? あれが姫さま……? いや、違うだろ。姫さまのわけがない。だって姫さまは――綺麗で、可愛くて、笑顔が素敵な……――」
「……ふうん」
メイクをしているのだから当たり前だが、作り上げた姿でその評価ということは、素である今のタウナは「そうではない」と言われているようなものだった。
目の前で容姿を否定された……、それで傷つく心ではないつもりだったが……。
メイク後と前では、やはり別人として切り離すべきだ、と今更ながらにあらためて自覚したタウナである。
「見ろ、あんな暗くてジメジメしたような女、姫さまなわけがな、」
目で追えなかった。
ギルの背後を取ったタウナが、クナイの刃を彼の首筋に添える。
僅かな動きで彼の首を引き裂くことができる――。
「……こんな姿でも、私はタウナ・ドールです、勇者さま……。信じられないかもしれないですけど、民衆の前に出る時は綺麗に映るためのメイクをしていましたから――。勇者さまの目でも騙されるのであれば、侍女たちの優秀さが証明されたわけですね……それが分かっただけでも収穫です」
「は……嘘だろ……? いくら加護があると言っても、こんな速さで……?」
タウナ姫の身体能力を誤解しているようだ(あと、タウナ姫に加護はもうないのだ)。
というより、王室育ちの姫の身体能力は高くはない、という先入観のせいだ。だから、認められないのだ――。
守るべき対象に、油断していたとは言え背後を取られたことに。
「……違う、お前はタウナ姫なんかじゃ、」
「がんばってくださいねっ、私の騎士さまっ」
「っっ!!」
その声と笑顔は、メイクがなくとも彼女が「あの」タウナ姫だと分かるものだった。
何度も笑顔を向けられてきたギルだからこそ、その重なりが、顕著に分かる。
「……タウナ、姫……?」
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