第30話 最後の衝突


 剣と斧が衝突する。

 彼らは二度目の邂逅だった。


 一度目はギルの完全敗北……だが、当時とは状況が違う。

 ギルの成長もあるが、大きいのは加護がどちらについているのか、だ。


 加護を失ったタイテイは強いが、だが、マルミミとタウナ姫……ふたりを相手にした時に上へ立てても、加護を付与されたギルと対等に戦うのは難しいだろう。


 ギルは騎士として、勇者という称号を得た強者である。


「む、」


 斧が押し返される。隙だらけの胴体へ切っ先へ向けたギル。タイテイは体にぐっと力を入れ、筋肉を膨れ上がらせた。向けられた刃に対応しようとして――そこで不意を突かれた。

 ギルの狙いは、顎だった。


「がッ!?」


 剣を囮にしたギルの蹴りが、タイテイの顎を真下から打ち抜いたのだ。

 タイテイの両足が浮いた。が、そこは手慣れた戦士である。空中で身を捻り、斧を地面に突き立て追撃を回避。ギルの剣から距離を取る。


「え……なんで、ギル、が……?」


 海底洞窟だ。海が真っ二つに割れ、叩き落とされたからこそ潜り込めた場所だ。偶然によって侵入できた、守り神ゾウの部屋である。


 探して見つけることは難しいはずだ。実際にいくとなれば、さらに難易度は上がるはず――。

 ローサミィの巣であった地下迷宮からもだいぶ遠い。迷っている内に都合良くこの場所までこれた可能性は……なくはないが、それでも、あり得ないと言えるだろう。


 誰かが送り届けてくれたからこそ、勇者ギルはこの場に――――「あ」


 魔獣だ。肉食の巨大魚。

 水がなければ満足に動けない「彼」は、喋ることも難しいようだった。


 事情を聞くことは難しいだろう……とタウナが諦めかけた時、マルミミが答えた。


「グリルは、ずっと君の傍にいたんだよ」

「え?」


「グリルの人格は、既に多くの種類の生物へ植えられているってことだよ。それぞれの生物のコミュニケーション方法がある……他種への交信が難しいとしても、同種ならば可能だよね……。たとえば、生物の中には超音波で交信する生物もいるんだ」


 その交信手段を失ったとしても、言葉が使える。同種であればその生物特有の――他種であれば言葉を交わせば意思疎通ができる。だからこそ伝えられたのだ。


 記憶や成長を同期できない部分は、まだまだ発展の余地があるが、できない現状であれば別の手段で補えばいいだけだ。


 グリルという「数億もいる」分散した人格。その大半は――「虫」だ。


「見えない種類もいるから、数はもっと増えるだろうね……。グリルの人格を持つ生物が子を作れば、その子が持つ人格がグリルでなくとも、『人格』自体は存在するし、人の言葉を喋ることもできる。――そう言えば博士は、そんなことを報告していたような気がするね……」


「だ、大事なことをさらっと言ってる……??」


 つまり、だ。


 タウナの周辺を飛び回っていた虫が、同種と交信して状況を把握。情報が出回ったところで別種の生物へ言葉で説明した後に、勇者ギルをこの場へ連れてくるように指示を出したのだ。


 場所が分かっていれば、水中を泳げる生物に交渉する――海底洞窟へ最速でやってくることも、あり得ない話ではなくなっていた。


 ギルを運んできた巨大魚も、中身はグリルなのだ。


 妹を殺した勇者……、その情報はまだ世界中には出回っていない。伝わっていれば、ギルを連れていくのは難しかったかもしれないが……。


 グリルの人格ではあるが、環境が変われば考え方も変わるだろう。妹を想う兄ではないグリルが誕生しているかもしれない……それはおかしなことではなかった。


 すると別の壁に亀裂が入り、新たな魔獣が飛び出してきた。

 ギルを運んできた魔獣と同種だが、さっきよりも膨らんでいた……。人、ひとり分も。


「うぇ」と吐き出された塊はふたつ――唾液に包まれ、絡み合うように出てきたのは、勇者と旅をしていた侍女と騎士だ。


 ――クインとフラッグも、合流した。


「あ、やば」


 タウナが、さっとマルミミの背中に隠れる。ギルとフラッグにはばれないだろうだけど、タウナのお世話役だったクインは、タウナの本性を知っている。


 黒衣とマフラーで口元を隠していても、ばれてしまうだろう……。

 向こうは「それどころではない」、としても……念には念を入れて、だ。


「勇者様!」


 クインが加勢しようとしたが、ギルの怒声が彼女の足を止めた。


「いらねえよ!! ――これは、オレの戦いだ」


「……加護によって強化された上で、勝負師のこだわりを見せられてもな……。それは加護の力であって貴様の力ではない。この場での勝利を、貴様は誇れるのか?」


「だからこそ、だろ。不思議な、この力があってやっと対等な実力差だってことは分かってるさ……――だからっ、ここはオレ、ひとりだ。オレが持つ以上の力を受け取ったまま、さらに加勢まで加わったら、そんなのは勝っても勝ちじゃねえ!」


 勝ち負けにこだわっている場合ではない、というのは重々承知だが、やはり騎士として、男として、ここは勝敗を求めたいのが本音だった。


 タウナやクインには、理解できないものだろう。


「事情は知ってる……今の魔王は、敵じゃない。……でも、あんたが敵ならあんたを倒すぜ、王殺しのタイテイ――」


「……口が軽い奴がいたもんだな……」


「調べれば出てくることだ。十年も前のことでも、大事件だったはずだ……。大犯罪者となった英雄のあんたは国から逃げ、フーセン王国へ流れ着いた……――当時の王に拾われて今に至るんだろ」


「…………」


「命を拾われた恩がある。王に忠誠を誓い、今に至るか……だから先代魔王の意志を、潰したくないんだろ?」



 ――オレが、世界を支配してやるぜ。


 ――ついてこいよ、タイテイ。


 ――全人類を受け入れる。


 ――器から漏れる癖のある人間を、オレは見捨てねえ。



「……あの人がやり遂げようとしたことは正解なんだ……間違いなく、救われる人間がいる。……ここで、諦めるわけにはいかないな……」


「じゃあ、戦おうぜ――決闘だ」



 剣と斧が振りかぶられた。


 衝突まで、数秒もなかった。




「僕は、父上の意図を知らなかった……」


 ぽつり、とこぼしたのはマルミミだ。彼には知らされず、だけどタイテイは理解している父親の思惑。男の約束、男の理由があったのだ――。


 世界を支配しようとする魔王軍を止めるのは、間違っていたのか?


「やり方、だよ」

「え?」


「魔王軍が支配しなくちゃ実現できないってことでもないし……、先代魔王がなにをしたかったのか、なんてのは分からないから……あとで聞かないといけないけどさ。別の方法で実現できないってこともないと思うよ。意見に賛同できるなら、マルミミが別の方法で実現すればいいんじゃない? 難しいなら、私も手伝うし」


「…………そっか、タウナひ、」


「ちょっと!!」


 姫、は禁句のようだ。

 慌ててマルミミの口を両手で塞ぐタウナだが、マルミミは気づいている……。


 黒衣のタウナを見て、その正体に勘付いているクインの姿を、この目で見ているのだから。

 まだばれていないと信じているタウナ姫に付き合うのも、彼女を攫った魔王の役目か。


「分かった、言わないよ……」

 疑う視線だが、タウナが両手を離した。

「うん……その時は、手伝ってくれるかな?」


「それは――、……気が向いたらね」


 やる気がない人のセリフだったけれど、きっとタウナは手伝うつもりでこう言っているのだ。素直じゃない。本気で面倒くさがる時は、もっと反応が違うのだから。……長いようで短く濃い時間を共にしたマルミミは、ある程度は、彼女のことを分かっているつもりだ。


 彼女の素直ではない優しさに……救われた。


「うん、期待してるよ」

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