第29話 願いは届く
加護を剥がし、付け替えられるのはマルミミだけだ。囚われの姫である私が、口を出してその通りに事が動くわけがないのだ。
私は部外者で、中心じゃない。
私が叫んでもなにも変わらない……言うだけ無駄だって、分かってる……っ。
もしも私の言葉が届くなら、すぐに叫んでいる。
守り神に、願ってる――。
――みんなを、守ってくださいって。
自分はどうなってもいいから――代償はきちんと払うから……。
お願いします、と。
でも――私に、そんな権限も力もない。
わがままを実現させてくれる勇者も王子さまも、ここにはいないのだから。
「タウナ姫」
「(苦手だなんて言ってごめんなさいっ。苦手でも、死んでほしいなんて思いませんっ。……っ、だから、奇跡よ、起きてください――家族を、みんなを、守ってくださいっっ!!)」
すると、隣で動きがあった。
マルミミが、前に出た。
「守り神、ゾウよ――僕は魔王マルミミ……先代魔王の、息子だ」
4
タウナ姫の、悲鳴のような懇願が聞こえた。
出すつもりのない本音なのだろう、彼女はぎゅっと目を瞑り、震える手をどうにか抑え込んで(できていないけど)、握り拳を作って溢れ出そうになる気持ちを押し込んでいた。
自覚がないだけで、軽く背中を叩けば全てが出ていってしまいそうな危うさがあった。
……それだけ限界だったのだ。
その本音が聞こえていたのはマルミミだけだっただろう……タイテイには届いていない。聞こえてはいても、内容まで届いているかと言えば否だ。
だけど充分だった。
たったひとりに届いていれば、神に届けることができるのだから。
「守り神、ゾウよ――僕は魔王マルミミ……先代魔王の、息子だ」
ゾウを司る石像が、声に応えるように僅かに光った。
まるで、そのリアクションで神の視線がマルミミに向いたようだった。
「現在、あなたが実行している先代からの願いを解除……新しく今世代の魔王である僕の願いを、受け付けてほしい」
「え……。ちょっ、マルミミ!?」
タウナ姫の声は気にしない。
魔王マルミミによる、願いの上書きが始まった。
「アカッパナー地方にいる全国民を、魔王軍の脅威から守ってほしい。……魔王軍は、国民を傷つけることは叶わない……それが僕の、たったひとつの願いだ」
その願いは規模が大きいかもしれないが、国民、と限定したことである程度の規模が狭められている。
国民登録をされていて、尚且つ、立ち位置がその国である者が対象だ。つまりドール王国の姫でありながら、現在はマルミミ側……魔王軍に立つタウナ姫は対象外。同じく魔王軍の枠組みの中にいるマルミミも加護の影響を受けなくなる。
魔王軍は当然、今回も加護を付与されることはない……。
探せば、国民でありながら加護の対象でない者もいるだろうが、そこまで詳しく調べるつもりもない。
マルミミは、ひとまずドール王国にいるタウナ姫の大切な人だけが加護の対象になっていればいいという考えだ。
他の国も対象にしたのはついで、である。タウナ姫からすれば他国の国民まで守る必要はないが、それでも見殺しにしたいわけではない。
後々、負い目を感じるくらいならば、ここでまとめて対象にしてしまった方がお得だ。
やがて、願いを受け付けたゾウが、動き出す。
一瞬の眩しい白い光の後……加護が切り替わる。
それによって、タウナ姫とマルミミを守っていた加護が消えた。
「…………ごめんね、タウナ姫」
加護が剥がれてしまえば。
……タイテイの攻撃を一回でも受ければ、死を意味する。
それが分かっていても、タウナ姫はマフラーの下で、笑っていた。
さっきまでの不安と恐怖は、もうすっかりと消えていた。
「いいよ。こっちの方が、納得できるから」
「……加護が剥がれたのか、試してみるか」
石像が鼓動を刻むように淡く、光が明滅を繰り返しているが……それで本当に加護が切り替わったのかは分からない。
まだ、マルミミとタウナ姫は加護を持っている可能性も考えられる。
まあ、それも時間の問題ではあるだろうが。
やるべきことは終えた。
あとは、時間が解決してくれるはずだ。
「マルミミっ、ここは私が前にっ」
「いい。僕だって師匠の元で修行をした身だよ。剣がなくとも戦える――」
「この俺に、勝つつもりか?」
「負けるつもりはないんだ。勝つか負けるか……勝負はそれだけじゃないと思うよ」
そして、最後の衝突が始まる。
それは戦いとなるのか、それとも一方的な蹂躙となるのか――。
5
タイテイが踏み出そうとした、その瞬間だった。
海底洞窟が揺れた…………気がしただけかもしれないが、その場にいる三人が違和感を得たのであれば、まったくの見当違いでもないのだろう。
異変があった。
洞窟が、揺れている……?
「近づいてきているのか?」
タイテイの視線が横へ。
タウナ姫とマルミミの意識も、近づいてくる異物へ向けられた。
亀裂。
洞窟の壁が、悲鳴を上げている。
――そして、飛び出してきた。
大きな穴から飛び出してきたのは魔獣だ。青く丸い体を持つ肉食の巨大魚である。水を失い、尾ひれがばたばたと暴れているが、急な横槍に三人はどうすることもできなかった。
その巨大魚を助ける余裕はないが……、助けようにも、たとえタイテイでも自身よりも大きな魔獣を持ち上げることはできても、水場まで移動することは難しい。
そもそも「こいつ」はなんだ? 敵か、味方か……誰もまだ判断ができなかった。
タイテイが斧を振り上げる。すぐにでも真っ二つにするべきだ――そう判断したのは野生の勘か? 敵だろうと味方だろうと、タイテイにとっては関係ないのだ。
横から顔を出したこの魔獣は、邪魔者でしかなく……偶然だとしても、運がないだけだ。
タイテイの目に留まったのが運の尽きである。
「? ……中に、なにか……いや、……誰か、いるのか……?」
タイテイは斧を置いた。拳を握る。
魔獣の顔を掴み、持ち上げた……それから。
魔獣の腹を思い切り殴った。壁に叩きつけられた巨大魚は、「うぼぉえッ」という太い悲鳴を上げ、口から「なにか」を吐き出した。
それは唾液に包まれた――人、か? その影は丸まっていたが、地面に落下したことで広がっていく。それは手足を持っていた。
それは立ち上がった。
それは――生きていた。
手には剣。吐き出された「彼」が、地面を叩くように、飛び出した。
タイテイが斧を拾うよりも早く、その剣が大男を斜めに、ぶった斬る!!
「……え、…………ゆぅしゃ、さま…………?」
――勇者ギルが、間に合った!!
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