第28話 vsタイテイ

 壁が破壊された。上からではなく、横から……!? どうやってここまで……と思えば、単純に泳いできたのだろう。海を。奥深くまで、人間のまま。


 大男、タイテイが。

 海底まで。

 水圧を、ものともせずに――!?


「積み重ねた経験の数が違う。騎士以前は戦士だった……違いはそうないが、俺に苦境はない。…………なめるなよ、ガキども」


 マルミミは驚いていなかった。まあこうなるか、とでも言わんばかりで……。


「私利私欲、か……確かに、国のためを想って願った父上と比べれば、僕の使い方はお前たちを倒すためだけの願いだ……だけど、僕たちにはこれしかない。ハンデとしては受け入れられないか、タイテイ」


「試合、ならまだいいが、これは個人同士の、戦争だ。敵に甘さを見せると思うか? 獅子は兎を狩るにも本気を出す――加減ができない不器用さもあるがな」


 ちらり、と、タイテイが守り神を見た。


「願えば叶えてくれる、か……こんなものが国の地下にあったとは。アカッパナー地方の守り神が、なぜフーセン王国の真下にある?」


 それは私も思った。七つの国が共有している守り神だ、なぜフーセン王国の真下に設置されているのか……。


 これではまるで、フーセン王国が元々所有していたみたいだ。マルミミのお父さまは偶然見つけたようだけど、歴史を知る人間が調べれば、その理由も見つかったのかもしれない……。


 海底洞窟の存在も気になる。

 簡単に侵入できないところも、謎と理由がありそうだった。


「まあ、些事なことか。歴史を知っていても分からないことはある。分からないことばかりだ。大昔の人間の意図が、今にきちんと伝わっているとも限らないわけだからな――」


 広い空間ではあるけど、戦うにしては狭い場所だ。巨大な斧を振り回されたら、避けるのも一苦労だし……それに、派手な戦いをすれば海底洞窟が崩れてしまう可能性だってある。海水が流れ込んでくれば……溺死するのは確実だった。


 こればかりは、加護ではどうにもならない。


「このまま攻撃を続けても、貴様らは死なないのだろうな……加護のおかげで」

「そうだね……だからタイテイ、引いてほしいんだ……僕はなにもフーセン魔国を滅ぼそうとしているわけじゃない。元に戻したいだけなんだよ……。世界の支配なんて夢物語を追いかけて、集中砲火を受けるべきじゃない。こんな国でもさ、僕の故郷なんだ。……思い出が、たくさんある――」


 マルミミが思い出しているのは、お母さまとの思い出だろうか。

 当然、お父さまとの思い出だってあるのだろう。

 タイテイとの思い出だって、きっと――。


「認めてくれ、僕を」

「……すまいな、マルミミ」


 その一言で。交渉は決裂だと、分からされた。


「俺は、我が王との約束を果たす――たとえその先が絶望だとしてもな」


「タイテイ……ッッ」


「俺は止まらん。答えを見ない内に折れることは、自分が許せないからな」


 斧が振りかぶられた――そして、落ちてくる。当たっても体には傷ひとつもつかないけれど、まるで鈍器で殴られたように、芯には響くのだ。


 外傷はないけど、脳が揺さぶられると同時、体が動かなくなる。

 ダメージが、体内に蓄積していく……。


「う……っ」

「タウナ姫!」

「体を壊すことが難しいなら、心を壊してしまおうか」


「……拷問でも、する気か……?」

「いいや」


 タイテイが空を見上げた。岩を組み合わせたような凹凸がある洞窟の天井しか見えないが、タイテイはその先を見ていた……。

 海の向こう側の、世界を。


「タウナ姫の、家族を狙う。既にそう指示してあるが。魔王軍は進軍を開始し、ドール王国へ向かっているはずだろう。……そして、戦争を仕掛けるつもりだ」


「え……。なん、で……?」


 勇者不在のドール王国。


 今、攻撃を受けたら……騎士団だけで魔王軍を止めることは不可能だ……っ!


 門を突破されてしまえば、お父さま、お母さま、それに侍女や国民たちが、殺されてしまう……。加護がなくなっても、魔王軍は実力者の集まりだ。世界中の猛者をかき集めて作ったようなものなのだから――。


 勝ち目なんか、ない。


「マルミミ。――加護が必要なのは、本当にお前たちか?」




 魔王マルミミを基準としているから――彼の味方であれば加護が付与されるけど……、つまり敵となる相手には加護が付与されないことになる。


 今更言わないでも分かることではあるのだけど……でも、あらためて考えてみれば、私たちの弱点は大きく剥き出しになっていたのだ。


 加護が付与されないのは、タイテイはもちろん、魔王軍を敵と認識している「その他の国民」も同じことだった。


 マルミミの理解者以外は、頑丈な肉体を持たない……。魔王軍が攻め込めば、簡単に崩れてしまう脆い人間だ。


 ドール王国に魔王軍が進軍すれば、国は落とされ、国民は殺される――蹂躙、だ。


 海底にいる私たちに、魔王軍の進軍を止める術がない。


 目の前の障害を倒して、急いで地上に向かい、対策をすれば大切な人たちを守ることができるだろうけど――……じっとそれを待ってくれる魔王軍ではないのだ。


 助けにいかせないための、目の前に立ち塞がっているタイテイだ。

 ……だけど、守る術をひとつだけ残し、そこへ誘導しているのだ――加護。


 守り神・ゾウによる、加護を付与する条件を切り替えることだ……それができるのは、魔王マルミミしか、いないのだから――。


 つまり、



「なるほど。僕たちの加護を剥がし、魔王軍に狙われた多くの人々に付け替える条件へ、新しくゾウへ『願わせる』ことで今の条件を上書きしたいのか……っ」



「そうはっきりと指示はしないが……確実に救える手段はそれくらいだろうな」


 口にこそ出さないけど、そうしないと大切な人たちが死ぬ、と言っているようなものだった。


 加護によって守られ、体を傷つけることができないなら心を折る。戦闘狂だと思っていたけど、タイテイはこういった「盤外戦術」もできなくはないようだ……場数を踏んでいる、という自慢はただの強がりじゃなかった。


 その分野では得意な人には劣るけど、彼はやっぱり、自他ともに認める「戦士」だ。


「……タウナ姫」

「マルミミの好きにしてよ」

「でも……君の両親が標的に……」


 マルミミは私を見て戸惑っていた……冷静だって言いたいの? 自分の両親が狙われていても、魔王軍に対抗できる組織を持っているから大丈夫だと、高をくくっていると思ってる……?


 そんなわけない。


 加護を持たない魔王軍は脅威ではないなんて、そんなバカなことは言わないし、思わない。不安でいっぱいだし、お父さまとお母さまのことも心配だ……だけど。


 ――わがままなんて言えない……。


 口元を隠すマフラーをぎゅっと握る……表情は隠しているはず……だから不安と恐怖をマルミミに悟られることはない、はずだけど……自信はなかった。


 希望は、でも、ないわけじゃないのだ。


 大災害に巻き込まれても生き残った私たちの強運は、まだ使い切っていないはずだ。大丈夫。きっと大丈夫……不安に思っているだけで、実際、なにも起きないで脅威は過ぎ去っていくものだから……なんだかんだとみんな、生き残れるはず……だって今までそうだったから。


 ――運が良いだけの人間の甘さが出てるよね、なんて今よりもさらに黒い私が声をかけてきたけど、その言葉は思い込みでしかない。


 そっちに引っ張られるから、実際に事故が起きるのだ。気の持ちようで……だから、きっと大丈夫だって信じないと――信じない人間に、望む結果は訪れない。


「………………」


「マルミミ……?」

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