最終章
第27話 夢物語
1
海底洞窟。
割れた海、左右へ寄った海水が戻る前に地下深くまで潜り込めたおかげで、大量の水が押し寄せて溺れる、ということはなかった。
濡れた岩の足場を移動する。……滑ってバランスを崩しながらも、私たちはお互いに支え合って、手探りで安全な場所まで移動する。
……安全な場所なんてあるの?
「マルミミ……いる?」
「いるよ。手を繋いでいるんだけどね」
私の不安を読み取ったマルミミが先行してくれた……ついさっきまで私が先行していたことを詰めてやりたいけど……。引っ張ってくれる今のマルミミが頼りになって、男の子だなって思ったら……詰めるのは野暮だと思えた。
厳しい修行で心も体も前よりは強くなった自覚があるけど、怖いものは変わらない。薄暗い場所ならまだしも、完全な闇となると……やっぱり堪えられない。寝室の電気を消して真っ暗、とは訳が違うのだから。
「……マルミミ、本当にいるよね?」
「いるって。ほら、手を繋いでる」
「マルミミの手じゃないかもしれないし……」
「そんな悪趣味なイタズラ、さすがにここではしないよ……」
ここでなければするの?
私の疑り深い指摘に、マルミミは呆れたようだ。
「(急に女の子らしい反応をするから、こっちも戸惑うよ……)」
「え? 今なんか聞こえなかった!?」
「僕の呟き。なんでもないから気にしないでいいよ」
気にしちゃうよ! 紛らわしいことをしないで!
「(タウナ姫からすれば克服したい弱点だろうけど……こういうところは成長しても残しておいた方が可愛げがあるよね)」
「また!」
「はいはい」
テキトーなマルミミの返答も、今はあまり気にならなかった。
「これ、どこに向かってるの……? 脱出するなら上、だよね……?」
マルミミが先行してくれているけど、前が見えていなくとも下へ進んでいるがよく分かる。上へいくための迂回だとしても……下へいき過ぎてる気がして……。
段に差はあるけど、等間隔ではないが、やっぱりこれは階段だ。
下っている……海底洞窟にしては、整った階段に感じられた。自然とできた階段とは思えない。
「偶然、じゃないんだろうね。きっとタイテイは、分かっていて僕たちをここへ落としたんだ――」
「……ここに……?」
先へ進むと、少しだけ光が漏れていた。
電球の光ではない……だけど、自然と発光しているにしては眩し過ぎる白い光だった。
隙間から漏れている光を目指して進んでいく。マルミミが先に隙間の先を覗くと、眩しかった光が萎んでいった。広がった空間を照らすだけの光量へと抑えられた。
人の出入りを感知して、光量を抑える中央地方の科学技術のように思えて――こんな海底洞窟に、そんな最先端な科学製品があるわけもない。
科学ではなくて、これは意思によるもの……?
「あ。押すと倒れるね……ここから入れるみたいだ」
マルミミが押した壁の一部が、向こう側へ倒れる。
少し頭を下げて入った先の空間は、明るいけど眩しくはない光で照らされていた。
「あれ――」
「うん。守り神『ゾウ』の石像だね」
視線の先には石像があった。
顔は、あの鼻が長いゾウだけど、体は人間のように見える……この石像が、意思を持って私たちをここへ誘い込んだのだろうか……。だとすれば納得がいくことばかりだ。
電気が通っているわけもないこの海底で、光量を操れるとしたら、発光している本体の意思しかないだろう。
「守り神、ゾウ……」
「この守り神によって、フーセン王国はフーセン魔国になったんだ……」
そして。
「一年前の大災害も、この守り神が引き起こしたんだ……父上の願いを叶えてね」
2
「大災害って……え、自然発生したんじゃないの……!?」
アカッパナー地方を壊滅状態まで追い込んだ災害の数々……地震、津波、崩落。我が家どころか国が丸ごと機能しなくなった国もあった。
最近になって徐々に回復してきているけど、まだまだ元通りとは言い難い。
そんな中でも、フーセン王国だけは、災害の影響を受けていなかったはず。思えば偶然とは言えないだろう。だけど大災害を引き起こそうと思って引き起こせるものではないはずだし、仮に引き起こせたとして、それを都合よく自分の国だけ影響を受けないなんてことは……。
でも、その全てが守り神・ゾウによって引き起こされたものだとすれば――願ったことで叶った結果だとすれば……偶然ではなかったのだ。その後でフーセン王国がフーセン魔国となり、魔王軍が発足するのも、ゾウの力によるものなのだ。
「父上が守り神に願ったんだよ……『フーセン王国へ降りかかる障害を全て取り除いてほしい』――とね。父上はきっと、弱い自国を守るために、それこそ神頼みのつもりで願っただけなんだろうけど……神は、聞いてくれていたんだ。守り神は攻撃を受けた際に守るのではなく、攻撃自体をさせないように他国を壊滅させることを選んだ。結果が、大災害なんだ。地方を一掃する自然の猛威でね。同時にフーセン王国は、避難するように上空へ浮き上がった――」
フーセン王国を除いたアカッパナー地方の王国が、大災害に巻き込まれた。
そして、軍事力の大半を失った他国を追い抜いたのが、元より世界中のはぐれ者たちを漏れなく受け入れていたフーセン王国だった……。
その名は『魔国』とあらためられ、さらに魔王城として、君臨することになって――。
そこから、今の現状に繋がった。
「……父上はそれで満足しなかったんだ。自信をつけ、さらに大きな目標を掲げるようになった……。こんな田舎の国が、世界の中心の大都市を支配できるわけもないのに……。アカッパナー地方を支配して勘違いしたんだ……このまま中央地方に攻め込めば、僕たちは間違いなく壊滅させられる。だからその前に父上を止めなければ、って、思っていたんだけど……」
実際、マルミミのお父さまは病気で亡くなってしまったのだ。それが、もしかしたら代償なのかもしれないと、ふと思った。
お母さまの方はだいぶ前に亡くなっているので、国のこれからの命運を握っているのは、マルミミになったのだ。
「チャンスだ、って思ったんだ……。僕が止めれば、国は止まるはず……でも、僕の言葉では、みんなは止まらなかった。僕が言ったところで、父上を慕っていた仲間は止まってくれない――そう、タイテイのようにね」
「あ。……だから――」
「だから、以前から強いと噂だった新たな『勇者』に頼った。僕が内側から魔王軍を破壊するのと同時に、勇者には外から攻めてほしかったんだよ……加護を持つ魔王軍に対抗するには厳しい部分があっただろうけどね」
魔王を慕う配下たちには、ゾウの加護が付与されたのだ。
基本的な身体能力が上がり、打たれ強くなる加護の効果だ。それは今や私たちだけの加護となり、マルミミが配下たちの敵に回ったことで、マルミミの障害となってしまったタイテイたちは加護を受けることができなくなった。
守り神ゾウが基準としているのは、やっぱり願った者の血を受け継ぐマルミミなのだから。
「全ての原因は……こんな守り神が、いるから……っ」
神頼みが機能してしまった。
夢物語が実現してしまえば、人の心は簡単に歪んでしまう。
先代の魔王は、被害者だった――。
守り神は、信者の願いを叶えただけなのに……。
「…………どうするの、マルミミ」
「僕にしか操れないなら、加護を解除するべきだろうけど……。フーセン魔国がこのまま上に君臨していいはずがないんだ。フーセン王国に戻っても、世界中のはぐれ者を受け入れることはできるんだから、力を示す必要はない……でも」
今、加護を失えばタイテイに対抗できなくなる。
タイテイを含め、反発する残りの魔王軍の配下たちを止めなければ、加護の解除はできない。……加護がなければ、今頃は私もマルミミも生きていないのだから――これは生命線になる。
今、ここで手離すわけにはいかない。
「――貴様も、私利私欲のために使うのか、マルミミ」
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