第26話 最後の強敵
「はいです。これは勝てませんね――アタシたちでは止められませーんっ」
先生は両手を上げて降参のポーズを取った。周りの人たちにも視線を向けて、「アタシが諦めたのですから、みなさんも手を出すのはご法度ですよ」と言わんばかりだ。
口には出さないけど、先生は睨みを利かせている。
「……あの、先生……?」
「どうぞ中へ。ここで戦っても痛い思いをするだけですから……痛いのは嫌いです。トレーニングの痛みや苦しみはまた別ですけどね。……ここは手を出しません。タウナ、魔王様の元へいってあげてください。裏切ったタウナは……魔王様の味方なのですよね?」
「…………私は、マルミミのためを、想って――」
「であれば、不満はないですので」
道が開く。通った後の死角から不意打ちがやってくる心配は……しなくてよさそうだ。
まったく警戒しないのも不安だけど、没入するほど意識する必要もないだろう。
「…………なにが、起こってるの……?」
誰に聞いたわけでもなかったけど、その呟きをスージィ先生がきちんと拾っていた。
「確かめるためにも早くいくべきですよ。あなたの『主』の元へ……」
魔王マルミミは、別に「主」ではないんだけど……。
だけど、ここでそんな訂正はしなかった。この城に攫われ、お世話になっている以上は、家主である魔王マルミミが、今の私――囚われの姫の、仮の「主」である。
13
王の部屋まで駆け上がった。赤い絨毯を辿って、大きな鉄の扉を両手でこじ開ければ――先に見えたのはマルミミだった……けど。
大男――タイテイの太い片手に、マルミミが首を絞められているところだった。線の細いマルミミの首なんて簡単に折ることができるだろう……。
力の差が歴然だった。
「――マルミミッッ!!」
訳も分からずカッとなった。事情を聞くよりも先に体が動いていた……だんっ、と床を蹴って加速する。壁、天井を足場にして加速を続けて――タイテイの頬につま先を突き刺す。
いつもならびくともしないはずの彼の鉄壁の体が、今は少し、ぐらりと傾いた気がした。蹴りの勢いで、踏ん張っていた彼の足が滑った……それはまるで、山が動いたような感覚で――。
同時に、空いた片足のかかとをタイテイの手首に落とす。緩んだ拘束から、マルミミが脱出した。マルミミは咳き込みながら体勢を立て直す。
あのタイテイを動かすことができた……けど、これが修行の成果でないことは分かっている……。
「(ゾウの加護、なんだよね……っ)」
守り神が与えてくれていた加護。これまで、魔王軍に力を与えていたということになる。それが今は、魔王マルミミを手助けしている私にも与えられていて……。
つまり、この加護はマルミミを基準にしていることになる。
魔王の味方にのみ、加護が与えられているのだ……だから以前まであった加護の力を失ったタイテイは、弱体化している…………しかし。
タイテイの弱体化……反面、私は強化されている……なのに、実力差はないようなものだった。
不意を突いた蹴りで動かせたのは数歩だけ。たとえ弱体化(本来の実力に戻っただけだけど)していても、タイテイの強さは、今の私と拮抗していて……いや、私以上だと言える。
「……体が、重いな……」
「背中に斧を背負ってるからでしょ」
「だとしてもだ」
軽口に言い返してくれなかった。タイテイは、元々そういう言い合いには付き合ってくれないタイプではあるけど……寡黙だけど、無口ではなかったはずだ。
コミュニケーションをあまりしない人、というのはよく分かる。口数が少ない、主さまに忠実な騎士――だ。騎士だけど、握っているのは剣ではなく斧だけど、剣だけが騎士の武器ではない。
「俺の加護が消えたのが証明か……俺たちは、なにも変えていない。忠誠を誓ったままだ。これからも……それは変わらない。マルミミ…………お前は、本当に裏切ったんだな?」
「う……。た、タイテイは、裏切った、って、言うけどさ……」
呼吸を整え、マルミミがタイテイと向き合った。
マルミミはタイテイに恐怖を感じているようだけど……私を巻き込んだ時点で――内側から魔王軍を白紙にすると決めた時から、こうなることは分かっていたはずなのだ。
……ガンプ師匠、グース博士……厄介なメンバーを引き入れてしまえば、最大の障害となるのが残った彼、タイテイだ。
分かっていたことでしょ?
だから、私も覚悟はできていた。
「……僕は、最初から魔王軍を信用してはいなかったよ……」
ゾウの加護は魔王を中心にして広がっている。だから……たとえマルミミの胸の内が黒くなっていようとも、マルミミの加護の影響に、変化がなかったのだ。
マルミミの方針が明確に変わった今こそが、加護の条件が変わった時だった――。
「信用、か……それはお前の父親のことも、か……?」
「そうだね……僕は父上みたいに……。ただのひとつの国であって、それ以上ではなかったフーセン王国を魔王軍に作り変え、世界を支配しようなんて『子供の夢』に賛同する気はなかったさ。……だって、夢物語で、バカみたいだろう?」
黒い石像のようなタイテイの無表情に、深い彫が刻まれたようだった。
む。とし、眉をひそめ、眉間のしわが増えていく。
「僕は、『あいつ』とは違う道をいく。あいつが残したフーセン魔国は、僕が終わらせてやる」
「……たとえあの人の息子でも、その暴言は聞き逃せないな、マルミミ……」
「…………タイテイ……、じゃあ、どうする気だい?」
「我が主を侮辱するのであれば、たとえひとり息子の貴様でも、その言葉は擁護できん。貴様が裏切ると言うのであれば、俺も容赦はしないが……構わないな?」
背負った斧に手をかける。
引き抜いた斧の重量感が、伝わってくる。
まるで、城全体が、軋んだような…………。
14
――タイテイ、息子のことを頼んだぜ?
先代魔王がタイテイに残した言葉だった。
王殺しの騎士であるタイテイは、新たな主の死に直面した……――マルミミが魔王になる、直前のことである。
病気で疲弊していながらも、先代魔王はいつものような笑顔で言ったのだ。老いてもなお少年の心を忘れず、可能な限り欲を拾い、野望を実現させる彼は、もう自分では成し遂げられないことを最も信頼できる部下に頼んだのだ……息子のことを。マルミミのことを。
頼んだぜ、と。
(……すまない、我が王よ……あの反抗期の息子は、私にはどうすることもできないようだ……)
矯正できない。
それが分かってしまうのは、近くで見てきた王の血を色濃く受け継いでいるからか。
他人に言われて曲げる信念ではない。説教をしたのが女ならまだしも、男の言うことを素直に聞く純粋さは、あの子供は持っていないのだ。
……先代魔王がそうであるように、魔王マルミミを動かせるのは、少なくともタイテイではない。
(矯正できないからと言って野放しにしても……奴はあなたが積み上げたものを全て壊してしまうだろう……、それが、俺には堪えられない……!)
だから。
あとでいくらでも罰を受ける……その覚悟があった。
タイテイは久しぶりに、他者を狩る目を見せる。
「あなたの息子を、ここで排除しておく。それが、あなたが実現したかったことに最も近づくための手段であるならば…………妥協はしない」
ダッッ、と前に跳ねたタイテイ。
加護がなくとも本来の実力が発揮される。その速度は、見えていても反応できなかった……。
タイテイの歴戦の戦士としての迫力が、マルミミの体を縛ったのだ。
「っっ!!」
巨大な斧で首を落とされる未来を幻視したマルミミは、かろうじて、ぎゅっと目を瞑ることができた。ただ、当然ながらそれだけでは回避ができない。
斧が迫る。
分厚い、刃が。
ガガッッ!! と、太い刃が小さな刃と衝突した。
斧とマルミミの間に潜り込んだタウナ姫が、クナイで受け止めたのだ。しかし踏ん張ることはできない……勢いに押し負け、タウナ姫とマルミミは後方へ吹き飛ばされた。
城の壁を突き破って――上空へ投げ出される。
雲が漂う高さから、命綱を持たない落下である。
「マルミミ!!」
「タウナ姫!?」
タウナが、先にマルミミの手を掴む。
落下中、城の外壁に手をかけるところがないか探したが、そもそも爪も縄も持っていなかった。
城に戻ることは、もう叶わない――。
復帰するよりも、落下の衝撃を和らげることに注目をしなければ――
「大丈夫だよ、加護がある……このまま落下しても大怪我にはならない!」
「でもっ」
「怖いのは分かるけど! もしも加護が寸前でなくなれば、地面に叩きつけられて即死だけど、真下は海なんだ! 突風が吹いて横に流されたりしなければ、海に着水して即死は免れるはず!」
不安が残るタウナが真上を見ると……日の光に紛れて黒い影が――「は、え!?」
タイテイが、追撃しようと落下してきている。
「嘘!? ここまで追ってくるの!?」
「妥協はせん。容赦もしない」
両手で強く握り締めた斧が、振り下ろされる。
さっきの数倍の威力となって落ちてきた斧を受け止めるが、衝撃を受けたクナイが限界だった。
衝突と同時、クナイが砕けた……、加護のおかげで刃は肉を切らなかったものの、衝撃がふたりの体を突き抜ける。
その威力は、真下の海を、真っ二つに割るほどだった。
「ぃ、ぎぎ…………っっ!?」
重力に圧し潰されそうなほどの圧迫感。
タウナとマルミミは、真っ二つに割れた海の、さらに底――海底まで落下する。
そこは、光を通さない闇の世界――その深淵だった。
やがて…………左右に除けていた海が、元に戻る。
「逃がさんぞ……マルミミ」
タイテイの追撃は、止まらない。
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