第25話 裏切り者たち


 ――ギリギリだった。


 その最後の一言がもしも聞こえていたら……対処が面倒だった。

 面倒というか、終わりだったけど……だけど、もうばれる心配はないのだ。


 だって彼女がその言葉を言い終える前に、ローサミィの胸から、刃が突き出ていたのだから。


 ……ローサミィの背後。


 張り巡らされていた糸が緩んで落ちたことで、道ができていた。一瞬前に起き上がったのだろう「彼」が、事態を一秒も経たずに飲み込んで、黒衣の私の目線に応えてくれたのだ。


 隙だらけの魔王軍幹部の背中を、手元の剣で突き刺した。


 深々と、彼女の両足が浮き上がるほどに。


「ゆ、ぅしゃ…………?」


「子供の姿をした悪魔なら、オレも殺すことに抵抗はないぞ……!」


 真っ赤な血が滴り落ちる。

 剣を引き抜き、脆くなった少女が地面に倒れた。


 彼女が倒れた場所に、ちょうど、張ったままの糸が残っていて――


 ごとり、と。


 糸に倒れたローサミィの頭が、落ちた。



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「う……やっぱり、中身が悪魔とは言え、小さい子供の姿でこんな結末を見ると……さすがに重いな……。けど、間違ったことはしてねえと思う……――なあ、黒衣の、」


 勇者ギルが横を見れば、そこにいたはずの黒衣の少女(?)が、消えていた。周囲を見回しても痕跡らしいものはなく……。戦闘中だったのだから痕跡だらけではあるのだが、黒衣の人物が移動した先を特定することは難しそうだ。


「……命を救われたし、お礼を言いたかったんだけどな……まあ、また会えるか……」


 魔王軍と戦っているなら、いずれ再会する時もくるだろう。



 ギルと顔を合わせることを避けるため、タウナ姫は無数にあった横穴に飛び込んで逃げることにした。追跡を警戒してさらに奥へと進む――背後を注意していたけど、追いかけてはきていないようなので速度を落とす。必死に移動する必要もなかったようだ。


 ……顔を合わせても黒衣や覆面を利用すればばれることもなかっただろうけど……念のためだ。


 必死になりながらも痕跡を残さずに済んだのは修行のおかげか。

 動揺してもボロを出さなかったのは大きい……この結果は、確かな自信になるだろう。


「ローサミィを撃破できたけど……まだ一人目なんだよね……。魔王軍を白紙にするって、もしかして全員を……? こんなの、一体いつ終わるの……?」


 できるだけ一網打尽を狙うべきだけど、幹部となれば難しいだろう。

 問題は、兄弟子ということになる大男、タイテイが最大の難関だ。


 事前にマルミミに聞けば、彼は「こちら側」ではない。

 ローサミィと同じく、魔王軍が世界を支配するべきだと、先代の野望に賛同している。


 先代の魔王に、忠誠を誓っている男だ。そう簡単に息子のマルミミになびくわけもない。マルミミを慕っているのも、彼が先代の息子だから……だけだ。それだけである。


 父を裏切る息子を、タイテイは許さないだろう。

 彼は最も、不義理を責める男である。


 裏切り者に慈悲はない。

 最難関と言える彼の撃破は、勇者ギルの力がなければ難しいだろう。


 今回のローサミィのように、タウナ姫がひとりで挑んで勝てるような相手ではないのだから――。



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 魔王城に戻ると……出迎えてくれたのはスージィ先生だった。


 彼女は「おかえりなさいです、タウナー!」と、珍しくお城の門まで出てきてくれて……――走った勢いのまま飛びついてきた。体格差があるので後ろに倒れかけたけど、私も鍛えられている方だ……先生の突撃を受け止めて、踏ん張ることができた。


「わっ!? ……ただいま、先生……」


 どうしてこんなところまでお出迎えを? と目線で聞いてみると、スージィ先生がにっこりと笑って……「だって寂しかったんですもん」とでも答えが返ってきそうだなと思っていたら――場が凍った。


 いや、凍ったのは、私の背筋だけだったかもしれない。



「――だって、タウナは裏切り者、ですでしょう?」



「……え……?」



 先生の周りには人影があった。ジムでは頻繁に会っていた――トレーニングだって一緒にしたこともある。それでも、印象には残らない群衆のひとりひとりが集まっていた。


 私を監視しているみたいに……そして、私を裏切り者として告発している。「ごめんね」と謝って逃れられる空気ではなかった。きっとスージィ先生も、きちんと裏を取って私を出迎えたはずなのだから。


 まずは距離を取る。先生を突き飛ばして――「おっとと」と、先生がたたらを踏んだ。


 あ。もしかして選択を間違えた……?


 今のは、裏切りを肯定したも同然の反応だろう……証拠に、周りの人影がそれぞれ動き出す。だけど先生がさっと手を上げて、周りのざわつきを押さえた。


「止めたけど、でもいいですよ……好きに挑んでも構いませんですけど、たぶん今のタウナには敵わないのではないかな、と思うですよ――。タウナはきっと頑丈ですから」


 先生の忠告を聞いても、止まらない足があった。腕自慢の男性が前に出た。


 国から追放された、社会に溶け込めない「はみ出し者」の中でもオーソドックスなアウトローの見た目をしている。町の裏通りで毎日喧嘩に明け暮れていたような傷が全身にあって……、彼の顔が崩れているのは整形の失敗ではなく、敵の攻撃を受けて骨から歪んでしまったものだろうか。


 男性が拳を握って駆け出した。

 私の体は確かに、先生の言う通りに頑丈ではあるけど……でも、だからと言って攻撃を受けてもいいとはならない。平気だから、は、受ける理由にはならないのだから。


 男性の大振りの拳は簡単に避けることができた。したいわけではないけど、頑丈さを証明することはできずに……。そして軽く、だ。一瞬で、相手の意識を奪うつもりで、それ以上は考えていなかった……みぞおちに手刀を叩き込んだだけで、筋肉質の男性が吹っ飛んでいった。


 まるで、彼が星になるような勢いで。


「…………へ?」


 軽く小突いただけなんだけど……? この結果に私が一番驚いた。


 スージィ先生は「そりゃそうよね」なんて頷いているけど、私以上に私を理解している。


 ……ただの手刀、一発。たったそれだけでどうしてあそこまで吹き飛んでいく……?


 放物線を描いて飛んでいく男性は、浮遊しているフーセン魔国から地上へ落ちていく。


 幸い、下は海なので死ぬことはないだろうけど……ただ、魔獣がいないことを祈るしかない。


「やっぱり……ゾウの加護はタウナに移っているんですね。条件が変わった、じゃなくて、条件は同じでも向く方向が変われば効果も逆転する……なるほどです。魔王様の立場が変われば、同じくアタシたちの立場も変わってしまった、ということですか――」


 雰囲気がガラリと変わり、考え込むスージィ先生。

 彼女の呟きを拾っても、私には理解できないことばかりだった。


 ゾウの加護? ゾウは、アカッパナー地方を守る守り神である。その加護が、自分も含めて魔王軍についていた、ということになるけど……。少しずつ、足りなかったパーツが絵にはまっていく感覚がした。


 以前までは、先生たちにも加護があったのだ……。


 守り神・ゾウは、魔王軍に加護を与えていた……?


 ――だとすればアカッパナー地方全体を揺るがす、大問題だ。

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