第7話 いつも食べる1人ご飯よりも

「きょ、今日だけだからな?」


 俺がそう言うとまた目をキラキラさせ始めて、断れそうな雰囲気ではないなと思ってしまう。


 まぁいいか、誰かと一緒にご飯を食べる機会なんて元々なかったような物だし、隣人になるならご近所付き合いという奴だ。

 それにここで断ってケチな人間だと思われるよりいいはず。


『それじゃあお肉とか買わないと!』

「あーそれなんだけど」



*****



『美味しそう』

「出来たらテーブルに持って行くから手洗って待ってな」


 あの後、何も買わずに和泉と帰宅した俺は一日ぶりに立つ台所でお昼ご飯を作っていた。和泉が興味津々そうに隣で眺めて来る事以外は普段通り。


 和泉は俺の指示に従い、手を洗って木製の2人掛けのテーブルに座る。


 家ではいつも1人なのでシングル用の物しかない。椅子も1つしかなく、自室のゲーミングチェアの座高を下げて和泉の対面に置いてある。


 白い壁に明るい木製のテーブル、椅子と並ぶとゲーミングチェアはなんというか、凄く違和感を感じてしまう。だが、これも今日だけだと割り切る事に。


 俺は意識を椅子に座り今か今かとそわそわしている和泉から、目の前のフライパンに移す。


 今作っているのは一昨日冷凍しておいた肉巻きおにぎりに、甘辛く仕立てたたれを絡めた物。


 お昼が面倒な時に焼くだけでいいように事前に作っていたのだ。


 1人暮らしを始めた当初は料理なんてやり始めたら何とかなる!と不慣れな事をとっさの判断だけで出来ると自惚れていた。

 当然、上手くいかず作る事すら億劫になり始めモチベもダダ下がる一方。


 だがある時、『事前に作り置きしておけばいい』と暇つぶしで見ていた動画で見つけた時はこれだ!ってなったな。


 それからは、前もって食べたい物を作り冷凍している。たまにゲームに集中し過ぎて食べない事もあるけど…昨日みたいに。


 俺は十分に焼き目も付き美味しそうな香りのする肉巻きおにぎりをお皿に盛る。

 今日は少し多めに2人分。


 盛れたおにぎりに上から白いりごまと刻んであった細ネギを散らし完成だ。

 皿とお箸を持ち、和泉の待つテーブルに置く。


「先食べてて、晩御飯の準備するから」

『一緒に食べないの?』


 和泉はそう言って離れようとする俺の服の裾を掴んでくる。


 晩にから揚げをするならお肉は漬けておきたいと思ったが、和泉の俺を見る目が少し寂しそうに見えて足を止めてしまう。


 誰かに、そんな目で見詰められたのは何年ぶりだろうか。

 いや、そもそもそんな事があったのか。

 思い出せない。


 でも、


「そう、だな。後ででも出来るよな、晩御飯の用意なんて」


 この時の俺は、座る事を優先した。


 自然と誰かと一緒に居る事から逃げようとしていた気がする。

 変わりたいって思ったばかりなのに。


 俺が座ると、和泉はうんうんと満足そうに首を縦に振りニコニコとした表情でお箸を持って手を合わせる。


「いただきます」


 その言葉が重なる事は無かったけど、普段と変わらない食事が、いつも食べる1人ご飯よりも美味しく感じた気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある日出会った〇の出ない少女に、いいように使われる話。 白メイ @usanomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ