♯5

 目の前に魔女がいる。ぼさぼさの髪、生気のない淀んだ眼。色の褪せたぶかぶかのスウェットは先週から着ている。停電によりただの暗い鏡となったモニターは、容赦なく世界を映す。こんな体たらくで、さらに薄汚い薄手の毛布を羽織っているから、モニター越しの私は控えめに言って魔女である。失礼な、まだ三二だと自分に突っ込んでいると

「雷すごい近かったねぇ。ねえ見た? パーって光ったの。パーって」

 言いながら母が「巣」の扉を開けた。


「相変わらず洞窟みたいなとこにこもってゲームやって」

 洞窟とは心外だと否定しようと思ったが、改めて見ると洞窟である。実家に帰って四ヵ月でこうなったことへの罪悪感もあるので、何も言わない。母が洞窟から出ていくと電力が復旧した。すぐさまオンラインゲーム「ラストファンタジア オンライン」にログインして、パーティを組んでいた二人に謝罪する。


「ドンマイ (*'▽') そういうこともあるヨ!!」

 博愛的悪魔主義者@優斗さんは、体躯と名前にそぐわない文体で慰めてくれた。


「気にしないでくださいむしろ私が悪いんですあんなところで死んでしまって!どうせ私がミスをしてクリアできなかったですよ。先日娘にも……」

 自称四〇代社畜で、二児の父であるEllieさんは、電脳世界でも畜生魂を忘れず卑屈な態度で慰めてくれた。 


 ベッドに仰向けになってスマートフォンをいじっていると、存在意義を無くした指輪が蛍光灯に照らされて、薬指で未練がましく光った。嫌になって横に向きを変えると、捨てずに積んであった雑誌が崩れており、ベビーベッドのカタログが顔を覗かせていた。面倒くさくなって風呂にも入らず歯も磨かず、電気を消して毛布をかぶる。肌寒かった。そういえば、もうすぐ冬がやってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冬に籠るるは魔女 橙冬一 @fuyu1155

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ