第45話ティアvs盗賊女2

 ソフィーは涙を流して頷いた。ティアは微笑むとソフィーを縛る縄を解くために近づいた瞬間足下に何かが触れてぷちっと切れた。


 「?」


 糸が切れた音は小さく、そして細かったので、何かが触れたと軽く感じただけだ。

 しかし、次の瞬間、ティアの周囲から無数の何かが襲いかかってきた。


 「っ!!!」


 ティアは氷の壁を作ろうとするも間に合わず、気付いたときには腕、足、首、顔…至る所が無数の何か…ナイフによって切りつけられていた。


 「!、っ!?、っ!!!!」

 

 「ティア様…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 余りの光景にソフィーは目を見開いて悲鳴を上げ、ティアは声にならない悲鳴をあげる。数秒でナイフの雨は止んだものの、ティアの腕にはナイフが数本刺ささっていた。刺されていなくても頬、足、手、背中…至る所に切り傷ができ、服はボロボロ…城で整えてもらっていた髪も散切りされて滅茶苦茶になってしまった。

 ポタ、ポタとティアの体を赤い液体が伝い、カクンと崩れ落ちるが、倒れることなくティアの体は空中に固定された。


 (体、動く、ない…)


 ティアは朦朧とする意識の中体の状態を目で確認する。何故か腕や足に力が入らないのだ。

 

 「ふふふ...」


 ティアが笑い声をする方に目を向けるとそこに凍らせたはずの女が無傷で立っていた。ティアは弱弱しい声で尋ねた。


 「どう、して?」


 女は本当に気分がいいのか弾んだ声で答えた。


 「甘いわねぇ。あなたが見たのは幻覚。咄嗟に土壁を作ったのよ。」


 ティアはゆっくり目を動かすとそこには、凍りついた土の塊があった。どうやら本当らしい。女は続ける


 「体、動かせないでしょ?これは、毒。かなり強力な麻痺毒でね。さっきのナイフに塗っていたの。それを無数に浴びた貴方はしばらく動けないわ。まぁ、もしかすると一生かもしれないけど。」


 女はニヤニヤと可笑しそうに平然と恐ろしいことを口にしている。ティアは冷や汗がどっと出た。


 「獲物はゆっくりと…苦しめて捕えるものよぉ。さぁ…」


 女がティアに近づこうとした瞬間、女の背後から何かが襲いかかった。気配に気づかなかった女は目を見開き背後を見る。

 そこには、自身に向けて拳を振ろうとしているレイラの姿がいた。


 「なっ!?」


 「はぁっ!」


 女は防ごうとするが、レイラの渾身の一撃が女の腹に決まった。ティアの攻撃で意識が逸れた結果、レイラを操っていた魔法が弱まったため、レイラは魔法から抜け出すことができたのだ。その後、身体強化で素早くソフィーと女の間に入ることでソフィーを身代わりにされることなく攻撃できた。洞窟はかなり暗く、光が届かない箇所だったので大回りすれば気付かれずに移動できた。


 「かはっ」


 そして、女は洞窟の壁に背から思いっきりぶつかり肺から大きく息を吐きだすと地面に伏した。


 「れいら、さん...」


 「ティアさん!」


 女が起き上がらないのを確認するとレイラは直ぐにティアに近づき、ナイフを取り出してティアの周囲に張り巡らされた糸を切った。


 「い、、、と?」


 「ええ、これでティアさんの動きを封じていたのです。立てますか?」


 「ん...むり。」


 ティアは力を入れようとするが立てず、倒れそうになりレイラが支えた。


 「あり、がとう、ござい、ます。」


 「こちらこそ、助けてくれてありがとうございます。傷付けてごめんなさい。」


 ティアは力なく首を振る。


 「ん、いい。はぁ、はぁ、」


 ティアは息が苦しそうに呼吸を繰り返していた。レイラはティアを寝かせると全身を軽く見渡す。


 (全身に切り傷、それに呼吸が浅い…ナイフの全てに毒が塗られていたとすると、かなり危険な状態だわ。早くお医者様に診せないと...)


 レイラがティアを運ぼうと抱き上げようとした瞬間、何かが飛んできた。レイラは咄嗟に片腕で防ぐ。


 「くっ...」


 それは鋭利なナイフで簡単にレイラの腕を刺し貫く。そして、直ぐにレイラは崩れ落ち倒れてしまった。


 「か、体が...」


 「ふふふ、やってくれたわね。」


 ナイフが飛んできた方向から女が歩いてきた。服装は従者服から、全身黒で統一され体にピッタリとフィットした動きやすい服装だった。女はレイラに近付いて蹴り飛ばす。


 「ぐっ!」


 「れいら、さ、ん。」


 「2人、とも、逃げて。」


 レイラは必死に呼びかける。しかし、女は嗤う。


 「させないわ。」


 「きゃあっ」


 「そふぃー、さ、ま...」


 悲鳴を聞いて見上げれば、ソフィーが巨大な蜘蛛の魔物に糸で拘束されて釣り上げられた。


 「さぁ、お姫様。大人しくしてね。このソフィー様の命が惜しくなければね!」


 「...」


 ティアは歯を食いしばる。


 (体、痺れて、力、入らない。レイラ、さん、麻痺、ソフィー、様、拘束...)


 ティアは目だけを動かして、キョロキョロする。


 (蜘蛛、糸...)


 ティアを拘束していた糸、女が何故天井に簡単に立てたのか?そして、今ソフィーを捕えている巨大な蜘蛛…これは全て蜘蛛の糸が所以なら納得できる。


 「何をキョロキョロしているの?諦めなさいよぉ。貴方に出来ることは何もないわぁ。」


 女は嘲笑するが、ティアは無言のまま震える腕で上半身を起こしながら呟いた。


 (なら...)


 「や、やっぱ、り...」


 「え?」


 「見え、た、通り!!!」


 ティアの声に呼応するように、蜘蛛の下から氷が出現して一瞬で蜘蛛を凍結した。蜘蛛が壁付近にいたので光源も一緒に凍りつかされた。光源が凍り付いたことで周囲が暗くなる。


 「なっ!?」


 女が動揺し凍りついた蜘蛛を一見したあと、ティアを見るがそこに彼女の姿はなかった。


 「ど、何処に?」


 女は驚くがすぐにニヤリと笑うと腰からナイフを取り出すとソフィーに向けて放とうとする。


 (何処にいたかわからないけど、弱点は私の手の内よぉ。)


 女が余裕なのはティアの弱点であるソフィーをいつでも狙えるからと、彼女の周囲には多くの罠が仕掛けられているためだ。


 (これは私の僕である蜘蛛たちの仕掛けた罠…細い細い糸に触れればすぐに罠が発動するの。だ、か、ら、私の優位は変わりないの。まぁ、罠のお陰で蜘蛛は死ぬけど数なんて腐るほどいるから関係ないわぁ) 


 しかし、次の瞬間、女の腰からカチッと音がして、何かが奪われた。女は咄嗟に蹴り上げると、感触があった。


 「うっ...」


 そして、呻き声と共にドスンと音を立てて何かが飛ばされ、やがて魔法が解けてティアが現れた。


 「へぇ、私からナイフを取るなんて、いい度胸ね。でも、詰めが甘いわ。」


 女はクスリと笑うとナイフを数本取りだす。ニヤニヤとそれを顔の側まで近付ける。


 「そんなに欲しいなら沢山あげる!」


 しかし、女は投げる前にティアを見て気づく。


 「あれ?ナイフは?」


 なんとティアはナイフを持っていなかった。落としたのか?そう考え、ティアへの攻撃が遅れたことが仇となる。


 (今!)


 ティアは手のひらから魔力を一気に流す。氷魔法ではない、純粋に魔力を流した。目標は女の足元のナイフだ。魔力はティアの手を通して地面を伝いナイフに至る。そして、ナイフはそれに呼応して光り輝き爆発した。女の最初の攻撃で女のナイフの仕掛けに勘づいたティアは態と女の足下にナイフを差し込んでいた。後は、ティアがそのナイフに向けて魔力を流せば良いだけなのだ。

 何故、爆発するナイフと分かったのか?それは…


 (見え、た…やっぱり、爆発、した、ナイフ、同じ、魔術式…)


 ティアの左目はナイフの仕掛けが視ていたのだ。ティアは魔術式を読むことはできないが、その形は目に焼き付けていた。だから女のナイフに仕掛けられた魔術式が同じことに気づけたのだ。今は仕掛けられている蜘蛛の糸も視える。最初に罠にかかった時は視えておらず、命が危なくなってようやく視える様になったのだ。まだ、上手く扱えていない。 


 「なっ!?」

 

 女は咄嗟に跳び上がり、距離を取って爆発を躱す。ナイフには毒が塗られており、爆発と共に毒も飛散するため、離れる必要があるのだ。先程爆発を喰らった際、ティアは毒を少量だが曝露してしまい、動きが鈍ってしまった。しかし、避けることなどティアは承知済みで、女が着地したと同時に足下が凍りついた。


 「貴方ぁ!!」


 女はティアを睨み付けるが、ティアは止まらない。

 

 「まだ…!!!」


 氷で包み込むように女の全身をすっぽり凍りつかせると、更にティアは魔力を女に向けて放つ。純粋な魔力に当てられて女が持っていた複数のナイフが一斉に呼応して爆発した。


 「しまっ...」


 ババババン!!!と音爆竹の様に激しい音と衝撃を立ててその場で女ごと氷を吹き飛ばした。砕かれた氷は光を反射してキラキラと光った。

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"脱走姫"と呼ばれた少女-いきなり王族と言われても困ります!!もう、放っておいて!!- シリル @silyl-turtle

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