第42話 土下座
裏組織を出た俺は、その足でダンジョン省へと向かった。
「とりあえずこんだけだ。設置はそっちでやっといてくれ」
ダンジョン省の地下深く。本来非常用のシェルターであるその場所で、ドサリと音を立ててマジックバッグから巨大な石板を大量に取り出した。
「これが、ダンジョン崩壊対策ですか」
石板を見て、美咲さんが呟く。
「ああ。それじゃ、俺はフレアのとこに戻らないとだから」
「待ってください」
部屋を出る俺の背を美咲さんが呼び止める。
「皆月さんの事……すみませんでした。私がもっとしっかりしていれば」
「……そう思うなら、こっからの事を全力でやってくれ。あんたらの対応次第で色々と変わって来るだろうしな」
それだけ言って、俺は地下シェルターを後にした。
***
場所を移動し、政府の保有するプライベートジェットの中。
俺はフレアと合流すべく、某国の海上ステートに向かっていた。
「飛行機の中で自由に動き回っていいって凄いね! ファーストクラスは海外ドラマの撮影で乗った事あったけど、流石にプライベートジェットは初めてだよ」
そして、俺の隣には窓の外を楽し気に眺める皆月さん。
再び誘拐されるわけにいかないので、彼女には同行してもらったのだ。
女優の仕事もあるのだろうが、今回ばかりは身の安全を優先してもらった。
国家機密っぽい上、国際会議の場でもある海上ステートに民間人の彼女を連れて行くのは色々と問題がありそうだが……まあその辺は勇者である俺がルールだ。ごちゃごちゃ言ってきたら股間を消してやろう。
「皆月さん……少し話があるんだ」
離陸してしばらくが経ち、機内の揺れが安定してきたところで俺はそう切り出した。
俺は彼女を連れ、機内中央の会議室へと入る。
「飛行機の中に会議室とか……プライベートジェットすっご!」
彼女は終始ハイテンションでプライベートジェットをエンジョイしている。
もうすっかり誘拐されたことなど気にしていないみたいだ。
「皆月さん、それでさ……」
「あ、そういえば話があるって言ってたね。どうしたの?」
中々切り出せずにいる俺に、皆月さんはきょとんと小首を傾げて尋ねてくる。
流石は100年に1人の美少女。仕草の全てが可愛いな。
よし……覚悟を決めよう。
「その、皆月さん……大変申し訳ございませんでしたああああああっ!」
俺はその場で彼女に向かって全力で地面に頭を擦り付けた。
そう、土下座である。
「え!? なに!? なにごと!?」
そして、戸惑う皆月さんに俺は土下座したまま全てを話した。
復讐の為に利用し酷いことをしたこと。そもそも出会いの拉致から救ったのからして仕込みだったこと。そして、裏組織に誘拐された原因が俺であったことを。
有原への復讐の中身まで、何もかも包み隠さず全てを話して聞かせた。
「……なるほど、ね。まあ、あの日の事は私もちょっとおかしいとは思ってたけど。流石にお酒も飲んでないのに記憶が飛んじゃうのは変だし」
皆月さんはしばらくむむむ、と難しい顔で考えた後、以前と変わらぬ口調で話し出した。
「その……怒らないのか? 俺は君に凄く酷いことをしたんだぞ? あんな動画まで撮って……」
「んー、どうだろ。多分あの日、私は君に誘われたら普通にホテル行っちゃってたと思うんだよ。あの時は君のこと、それくらい好きだったからね。だからまあ、もう動画消してあるんだったらそこは気にしてないというか」
あっけらかんと言ってのける皆月さんに、俺は思わずぽかんと口を開けてしまう。
俺がずっと気まずくて言い出せなかったことをこうもあっさり許されるとは。
女性経験がない俺だが、それにしたって女の子というのはよく分からなすぎる。
「本当に何も気にしてないのか……?」
「あー、まあ動画を撮られた事についてはね。それよりも、私を助けてくれたのがヤラセだったことの方がショックかな。一応、あれがあったから君を好きになったんだし。その思い出が全部嘘だっていうのは……中々キツイよ。正直すっごく傷付いた」
気付けば皆月さんの目から、笑みが消えていた。女優をやっているからか、異様な迫力を纏っている。
「それは、本当にすまない……」
「まあでも、昨日は地下から助けてくれたしね。……だからまあ、君が私にしたことについてはそれでチャラってことにしといてあげるよ」
「いや、そもそも誘拐されたのも俺のせいで――」
「それでも、だよ。あの時君が見捨てず助けてくれたおかげで私は今ここにいるんだから」
そう言って笑う皆月さんの顔には、再び柔らかさが戻っていた。
「ま、もう恋愛対象としては見れないけどね。助けてくれたの嘘だったし。後復讐の内容がえぐすぎてちょっと引いたし」
「いやそれは俺が過去にされてきたことを知らないからで――」
こうして俺は皆月さんに許され、俺たちは他愛もない話を始める。
けれどそこにはもう、今までのような浮ついた様子は一切無くなっていた。
友達でも恋人でもない奇妙な関係。けれどそれはどこかフレアとの関係に似ていて。
その後の機内は、不思議と居心地が悪くなかった。
***
海上ステートに着いた俺は、皆月さんと共に円卓の会議室へとやって来た。
「うわ……なんだこれ……」
そこにいたのは、疲労困憊で死にかけている世界の代表たちだった。
ただ一人、フレアだけが元気いっぱいモニターの画面とにらめっこしている。
俺が入ってきたことにも気付いていない。
「総理、大臣……大丈夫ですか?」
「ああ、古瀬君おかえり。いやまあ、見ての通りだよ。フレア君の知略に誰も付いて行けなくてね……流石は異世界の賢者様といったところかな……ハハ」
どうやらあれから約3日。フレアたちはずっと対策会議を続けていたらしい。
高ステータス故の体力もあるのだろうが、それにしてもちょっと根を詰めすぎだ。
「おいフレア、一旦休憩しろよ」
俺は集中し切ったフレアの両頬をむぎゅっと押しつぶして、無理やりこちらへ向ける。
「あれ……? 勇者、おかえり」
フレアは俺を見て、にへらと頬を緩ませる。
やめろそんな可愛い反応するな。
後、後ろで皆月さんが「勇者……?」と首を傾げている。
やっぱりこの呼び方人聞かれるの恥ずかしいな。
「勇者……その女は誰? 日本に戻ったのは女の子と遊ぶ為だったの?」
が、後ろの皆月さんを見つけ、フレアがしかめっ面をする。
「そ、その話は一旦後だ。それより『転移板』いっぱい集めて来たぞ。早く起動させようぜ」
俺はマジックバッグから巨大な石板を取り出し、フレアに見せる。
それから俺たちは勇者選抜をした闘技場へと移動した。
その間ずっと、フレアは皆月さんを睨みつけていた。
それになぜか皆月さんも対抗し、二人は初対面にも関わらず険悪な空気を醸し出している。
「やっぱいい感じの広さだな。ここにするか」
それから俺はマジックバッグから100枚以上の『転移板』を取り出した。
それを手分けして部屋の壁に立てかけて並べていくと、ちょうど部屋を一周ぐるっと石板が囲む形となった。
……さて、これで準備は整った。
「それじゃ、ここから人類の反撃開始といこうか」
有名ダンジョン配信者に逆恨みで突き落とされた【最弱の風スキル】使いの俺、奈落の底で覚醒して生還したら一躍時の人に! くろの @kurono__
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