最終話 救世主はかく在りて
変わり果てたドラゴンを、まじまじと見つめる老若男女。「果たしてこれは、真にドラゴンなのか」。初めはそう言いたげに眉を顰めていたが、屍と焼けた岩――それから吹き曝しとなった天井を見上げた後、顔を突き合わせて頷いた。
「……疑ってすまんかった。確かにこれは、我らが仇のドラゴンじゃ。手持ちの鱗もそう言っておる」
「んも〜、やっと信じてくれたんですね?」
「う、うむ」
老人は立ち上がると、行き場のない手で髭を撫でる。
「……しかし、人は見かけによらんのう。こんな小さなお嬢さんが勇者とは、夢にも思わなかったわい」
「わたしは勇者じゃないですよ~。こう見えて、百戦錬磨のシェフでありコックなのです!」
「ま、まあそれは見れば何となく分かるが……」
胸を張る少女に、老人はたじろぐ。張り詰めていた空気は、今やすっかり彼女の独擅場だ。だのに彼女は、更に自身のペースに引き込む。
「あーっ!」
「なんじゃ!?」
「せっかくなので、一緒にお昼ごはん食べませんか〜? 作り過ぎちゃって、どうしようか悩んでたところなんです〜」
少女はミトンを着けると、取り分けていた料理を彼らに差し出す。――間近で浴びせられる、垂涎必至のかぐわしい匂い。すると青年の表情は、喜びと困惑がないまぜになった。
「……っ、確かに美味しそうだけど。でもこの昼飯って――」
「はい! ドラゴンさんのフルコースです! 今ならなんと、出来立てのアツアツで食べられますよ〜?」
「……村長、どうします? 正直、みな限界だと思うのですが……」
「う、ううむ……」
青年と老人が顔を合わせていると、痺れを切らした人々が声を上げる。
「オレ、食べられるならなんだっていい!」
「ええ! 食べずに飢え死ぬくらいなら、食べて当たって死にたいわ!」
「同意見。こんな美味しそうなにおい、堪えられない……」
飢えた獣のようにギラつく、人々の瞳。実際飢えているのだから、その迫力は言うべくもない。流石に老人たちは頷き、「食べさせて欲しい」と訴えた。
「ふふっ、決まりですね~! ではすぐに準備しますので、少しだけ待っててくださいね〜!」
少女は微笑みを浮かべ、鍋に走っていった。
◇◇◇
そうして山岳に、臨時レストランが開かれる。少女が配膳するまでの間、人々はテーブルや椅子に使える岩を運ぶ係を担った。しかしそれもすぐに終わり、人々は目の前に並んでいく皿に手を伸ばす許可を待ちわびる。
暫くして全員に料理が行き渡ると、少女は人々の前に立ち、目一杯両手を広げる。
「はい! ではみなさーん、手を合わせて〜?」
「「「いただきます!」」」
「どうぞ〜、召し上がれです!」
間もなく洞窟には、人々の笑顔が広がった。
◇◇◇
皆が腹を満たし、眠気に襲われ始めた頃。襟を正した老人は、隣に座る少女に声をかける。……非常に嫌な予感がするのは、老人の傍らに、神妙な面持ちをした青年が居るからだろうか。警戒していると、案の定老人は口火を切る。
「ところで、ガレ殿は見たところお一人の様子。ここで出逢えたのも、何かの縁かもしれん。じゃから――よければ、せがれの嫁になってもらえんか?」
「えっ!?」
「ガレさん! 僕はあなたの料理の虜になってしまいました。……もう、あなた無しの人生は考えられません! 僕と――結婚してください!」
手を差し出し跪く青年。周囲の視線も相まって、まるで絵画のような光景だ。……忌々しい。たった一食与えられた程度で、浅ましくも求婚するとは。とはいえ、彼女が頷いたら認める他ない。複雑な心境で見守っていると、少女は顔を真っ赤に染め――たかと思うと、勢いよく頭を下げた。
「えっと、ガレには心に決めた人がいるので……。なので、ごめんなさいです!」
「えっ!? でも今そんな人どこにも――」
「そうかそうか。なら諦めるしかないのう。じゃが、この恩は忘れぬ。困った時には、いつでも村を頼っておくれ」
「はいです!」
項垂れる青年、笑う老人。肝心の台詞が聞こえなかったものの、断ったに違いない。接近出来ないもどかしさを覚えつつ、安堵に息を吐いた。
◇◇◇
この日を境に、世界には陽が降り注ぎ。あらゆる生物が、各所で生命を育み始める。荒れた地には草木が芽吹き、清らかな水はこんこんと湧き――待ち望んでいた平和が、ようやく顔を見せたのだった。
更に山岳は聖地と化し、おぞましいドラゴンと可愛らしい少女の石像が建てられることになる。そして彼女は“救世主ガレ”と呼ばれ、世界中の人々から崇拝されるようになるのだが――山に潜る当人は、知る由もなかった。
「むむむ、分かれ道です……。ここはこの前拾った、木の棒さんの出番ですね!」
救世主(メシア)ガレのお料理教室! 〜厄介モンスターを調理したら、何故か崇拝されました〜 禄星命 @Rokushyo_Mikoto
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