第3話 命を召して命を紡ぐ

 いつの間にか晴天となった空の下。少女は歌を口ずさみながら、複数ある巨大な鍋の間を忙しなく往復していた。ちなみに鍋は鉄製ではなく、周囲の岩を組み合わせて作った即席の鍋だ。


「ふんふふ〜ん♪ 目指せ〜、世界一のコックさん〜♪ みんなを笑顔にしたいから〜、今日もお料理がんばるの〜♪」


 足場の悪さもなんのその。岩を重ねただけの階段を上り、丁寧に下処理した具材ドラゴンを投入する。だがそれだけではない。リュックには乾燥野菜も入っていたらしく、徐々に鍋は彩りを増していった。


 頭部は串が刺せるまで煮込まれ、一口サイズの胴体は、サックリきつね色になるまで揚げられ。そして焼き目のついた脚は、追加で蒸して柔らかく。更に骨は、澄んだ黄金のスープに変身した。


 ◇◇◇


 そして調理開始から、およそ二時間が経過した頃。


「――ふぅ、これでよしなのです!」


 少女は遂に、ドラゴンを生まれ変わらせた。料理からはかぐわしい香りが立ちのぼっており、生唾が湧き出て止まらない。まさに、食べずとも分かる成長具合だ。すると少女は両腕を腰に当て、満面の笑みを浮かべる。


「シェフの気まぐれメニュー、“ドラゴンのフルコース”の出来上がりです〜! ふふっ、我ながら会心の仕上がりなのです!」


 少女はタオルで汗を拭うと、手際よく料理を保存容器に移していく。とはいえ、全てを仕舞い込める訳もなく。十個ほど詰めたところで、少女は腕を組む。


「残りは、う〜ん……流石に一人じゃ食べ切れないですねぇ。長くは保たないですし、近くに村がないか探しますかねぇ。でも――」


 ドラゴンは、過食部分だけでも推定百トン。使用したのは百分の一にも満たないとはいえ、村のひとつは余裕で賄える量だ。だが洞窟には、運搬手段も人の姿もない。少女が当て所なく下山したところで、料理は駄目になってしまうだろう。


 ……何か解決策はないものか。揃って頭を悩ませていると、背後から都合良く人の気配が近付いてきた。


「あらあら〜? お客さんですか〜?」


 少女が振り返った先には、継ぎ接ぎの服を着た老若男女が佇んでいた。誰もがみな痩せこけており、虚ろな目をしている。……立っているのもやっとといった様子だが、どうやってここまで来れたのだろう。


「客……か。まさかこんなところで、食堂が営まれているとはのう」


 その中でも一際ひときわやつれた老人が、杖をついて前に出る。そして困惑顔で、少女に疑問を投げかけた。


「のう、そこのお嬢さん。ここで凶暴なモンスターを見掛けんかったか?」

「……。それって、どんな見た目です?」

「頭が三つの脚六つ、そして体長は三十メートルもある黒いドラゴンじゃ。……奴はこの山岳をねぐらにしておってな。日々世界を蹂躙してまわる、とんでもない輩なんじゃ」


 無念を声に籠める老人。彼の連れ立つ人の中には、すすり泣く者もいた。おおかた、身内がドラゴンのエサになったのだろう。対して少女は頬を掻くと、気の抜けた声で問いかける。


「そうなんですねぇ。じゃあそのドラゴンさんって、倒したら喜ばれるです?」

「うむ。我らが村――いや、世界が祭りを開くほどの吉報じゃよ。……まあ、そんな偉業を達成できる勇者がいるとは思えん。じゃからお嬢さん。悪いことは言わんから、早くここを」

「ほっ……。な〜んだ、なら良かったです!」


 安堵に息を吐く少女。だが彼女の事情を知らなければ、煽りにしか見えない行為だ。案の定老人は一転して、少女を見据える。


「……何が良かったんじゃ?」

「えっと〜。実はガレ、さっきそのドラゴンさんを倒しちゃったのです!」

「な――」


 目を見開く老人、騒然とする人々。だが少女は笑顔を見せるばかりで、老人はおもむろに詰め寄る。


「う……ウソじゃろお嬢さん? 老いぼれだと思って、からかっちゃいかんぞ?」

「いいえ、うそじゃないですよ〜。だってこのお料理たちが、そのドラゴンさんなんですから〜」

「ほあ!?」


 わなわなと肩を震わせる老人。すると今度は、老人の側に立つ青年が声を荒げる。


「は――はあ!? 黙って聞いていればぬけぬけと……! キミ、冗談も大概にしてくれないか!?」

「むむむう……! そんなに証拠が見たいなら、見せてあげますよ〜!」


 頬を膨らます少女は、洞窟の隅にある葉っぱの山をどける。その下から現れたのは、彼女が解体した――もとい、調理待ちのドラゴンだった。

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