参(3)


「おまえ、何者だ?」


 知らぬ男の気配をすぐ後ろに感じた。ささやくように、しかし鋭い声で、何者かが蘇芳に問う。


「答えろ、ただの通りすがりか? それとも組に用があって来たのか?」


(見つかりましたか……さすがは見張りが行き届いてますね)


 暗い夜闇と鬱蒼と茂った草木のおかげで、周りの視界は良いとはいえない。蘇芳はまだ気配のほうを振り向かぬまま、淡々と返事をする。


「ただの通りすがりの者ですよ」


 さて、こう答えたが――どう出るか。


「通りすがり? 旅人か? おかしいぞ、何故麓の道を通らぬ。何故山に入る」


 背後の気配が言った。蘇芳は口角を上げる。

 

「おや、通りすがりかと聞いてきたのはそちらでしょう」


「尋ねただけだ。ここを通る者に、殆ど通りすがりはおらぬ」


「なら何故問うのです」

 蘇芳がくるりと振り向いた。その赤い髪がふわっと翻る。

「判っているのでしょうに――私はあなた方の様子を見に参ったのですよ!」


 静かに地を蹴る。次の瞬間には既に、蘇芳は気配の背後に回っていた。そして間髪入れずに、その男の首筋に手刀を叩き込む。


「……かっ」


 ドサリと男が倒れ込み、静寂が訪れた。蘇芳は暗がりに目を凝らし、男を見る。


(農民……いや。粗末な服装ですが、なるほど――刀をお持ちですね)


 佐紺の言う通り、やはりここは山賊の拠点なのだろう。そしてこの男は、椿峰山の麓付近を見張る役割の禍羅組構成員だったのではないだろうか。


(まだ山を登り始めて間もないというのに、もう山賊に出くわすとは。警戒を怠っていないのでしょうね)


 禍羅組、ただの大規模盗賊集団ではなさそうである。


(引き続き偵察といきますか)


 蘇芳は再び歩き始めたが、途中何か思い立ち、また倒れた見張りの男のもとへ戻った。男の腰元から、刀を抜き取る。


(一応、ですけどね)

 心で呟きながら、左手で鞘を持つ。これで少しは敵襲に対して安心できた。蘇芳は先を急ぐ。


 椿峰山は標高は低いものの、頂上への道は蛇行が多く登りづらい。つまり登ってきた者は真っ直ぐに向かってこれないため、それに手間取っている間に山賊側から襲撃を仕掛けられるというわけだ。


(禍羅組の方々は、そこに目をつけて拠点としたのでしょうか)


 まるで武士が山城を作るときのような土地の選び方だ。今日の昼下がりに、琥珀を追っていた集団の中にも刀持ちの者が居たのを思い出す。それに佐紺も、禍羅組構成員の中には下級武士も居ると言っていた。


(ごろつきを集めただけではない――と。さて、どうしてくれましょうかね)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陽炎の連歌師 咲翔【一時活動休止】 @sakigake-m

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ