参(2)


 あっという間に蘇芳は森を抜け、少し開けたところへと出た。鬱蒼とした木々が減り、月明かりが煌々と空から降り注いでいる。しかし完全に森が途切れたわけではなく、東の方向には、これまた鬱蒼とした標高の低い山々が連なっていた。


「あの手前の山が、禍羅組とやらがいる椿峰山ですか……」


 蘇芳はあの絵図を思い浮かべながら、山々を見る。しんと静まり返った空気が流れているが、あの蒼黒そうこく色の山林の中に山賊が潜んでいるのだ。


(油断なりませんね……慎重にいかねば)


 蘇芳はまた小走りで、椿峰山に向かう。





 ――長い一日だった。


 蘇芳は深く息を吸って、吐き出す。


 今までの旅路みちのりを想う。


 諸国の連歌会れんがえなどに参加して回る遊行の旅人となってから、どれくらい経つだろうか。京の都を発ってからの旅路は、長かったようにも思えるが、実際にはまだ数ヶ月というところだ。


 そんなある日、東海地方に滞在していた蘇芳に届いた書状。それは、色沢国で行われる連歌会への招待状だった。どこかで鴇羽蘇芳の噂を聞いたのであろう。色沢国の守護を務める神門家当主、直々のお達しとのことだった。


 断る理由も特に無かったため、承諾の返事を出した。そして蘇芳は暫く滞在した東海を発ち、関東を目指すことにしたのだった。


 そして無事にたどり着いた色沢国では――最初から奇妙な視線を感じ、その後に出会ったのは琥珀の瞳を持つ謎の女子おなご。視線の主は、佐紺という名の若侍であることが分かったが、そのなりゆきで色沢国に根を張る山賊――禍羅組の存在を知った。


 彼らは何故か琥珀のことを狙っており、佐紺によると色沢国の人々も手を焼いているらしい。……というより、手出しできない、支配が及ばないといったほうが正しいのだろうか。


(話によると物盗りだけでなく、殺人や誘拐も行うそうですね……。たかが山賊なのに、何故こんなにも大きな組織に成長したのですかね)


 蘇芳は首を傾げる。しかも、禍羅組とやらは、山に隠れてコソコソと活動をする山賊ではなく、むしろ自分たちから市に出て行ったり、人目の多いところで暴力沙汰を起こしたりするというのだ。


(近隣の平和のためにも、そして琥珀殿のためにも……禍羅組には一度


 蘇芳の目が鋭くなった。切れ長の涼やかな目に、冷酷な光が宿る。その紅い眼光は仄かな闘志を秘めていた。


(全ては世の平穏のため――)


 蘇芳は、そう自分に言い聞かせる。



 ***

 

 

 椿峰山の真下までやってきた。黒い山影が迫る。岩の剥き出しになった部分が、月明かりを受けて輝く。


 蘇芳は編笠を深くかぶり、足音を殺して山の中へと分け入っていく。――と、そのとき。


(ん……?)


 蘇芳がなにかに気づく。まだ上り始めてすぐだが、何やら動くものの気配がした。


(獣……ではありませんね)

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