弐(7)


 蘇芳はスッと短く息を吸い、吐き出す。そしてその唇に、微かな笑みを浮かべて言った。


「真田殿、分かりました」


 穏やかな声音で、続ける。


 この国のために奔走する侍への敬意を込めて、言葉を選ぶ。


「確かに私は怪しい者に見えるかもしれません。もし私が――貴方の大切に思っている色沢国にとって危険な行動をしようとしていたら、斬っても構いませんよ」


「……なん、だと」


 佐紺が目を見開いた。無理はない――自分から「斬っていい」という者はそうそう居ないのだから。


「真田殿。私は、貴方の覚悟に感嘆したのです」


 素直にそう吐露する蘇芳。胸に手を当て、まぶたを閉じて佐紺に語りかける。


「国を守ろうとする貴方の心意気、気に入りました。この日本ひのもとも、貴方のような人たちが多ければ……」


 乱世となってしまった、この天下を憂う。


「それぞれの国を守護と人民が守り、国同士の力が均衡になって……平和になるだろうに」


 何故権力を手にしてしまった守護や将軍の側近たちは争いを好むのであろうか。


(争いさえなくなればも不必要になるというに――)


 そこまで考えかけ、蘇芳はハッとする。


(いや、今は私のことを考える時ではない)


 目の前の侍に、笑いかける。


「だから真田殿。貴方の気の済むまで――私を監視でもなんでもしなさい。そのうえで怪しい行動をしているとなれば、お斬りなさい。貴方という人は、国を守る覚悟を十分に兼ね備えておられますから」


 真田佐紺に斬られるのならば、この鴇羽蘇芳、文句は言いはせぬ。



 そう言葉を締めくくった蘇芳に、佐紺は思わず唸った。


(……本当に変なやつだな。蘇芳、お前という人間は言葉を交わせば交わすほど……知りたいと思えば思うほど、わからなくなってくるな)


 この赤髪の旅人は、一体なんなのであろうか。佐紺は少し笑った。


「わかった。じゃあ暫く見極めてやるよ。お前が色沢国にとって無害な者であるか、怪しい者ではないのかをな」


「真田殿、ありがとうございます」


 蘇芳は頭を下げた。変に詮索せず、一旦保留としておいてくれるという若侍。彼の目はまだ蘇芳へ向けて疑いの色を浮かべていた。だが――それが以前よりほんの少し優しい眼差しに感じられるのは、気の所為ではないだろう。



「では、真田殿――」


 蘇芳が佐紺の名を呼んだとき、彼は「いや」と蘇芳の言葉を遮った。


「真田、じゃなくて佐紺の方で呼んでくれ」


 佐紺の声は、低いものではなく、前の爽やかな音に変わっていた。朗らかに若侍は言う。


「俺、この名前結構気にいってんだ。だから、蘇芳も佐紺って呼べ」


「佐紺……殿?」


「おう」

 

 佐紺がニカッと笑う。その笑顔は青くて涼しげで、それでいて周りが明るくなるような爽やかな花のようだった。


 ――と、そのとき。


「わっちも佐紺って呼んでええんやな」


 なんだか久しぶりに聞く、少女の声。佐紺と蘇芳の緊迫したやり取りの中、完全に蚊帳の外に置かれていた琥珀である。


「わぁ、琥珀殿!」

「なんやその反応は!」


 わざとらしく彼女の登場に驚いてみせる蘇芳。そんな蘇芳のことをポカポカと叩きながら、琥珀は佐紺に向けて問うた。


「バカ佐紺、わっちも佐紺って呼んでええ?」


 すると佐紺は案の定こう返した。


「いやお前、許可取る云々の前に、もう俺のこと名前で呼んでるやないかい! しかも不要な接頭語をつけて」


「バカ、のこと?」


「そうだ! 俺がバカっていったら、ガキのお前のほうは大バカだっての! 年上様を舐めるんじゃねぇ!」


「ふぅん、佐紺何歳なの?」


 琥珀が尋ねる。

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