弐(6)


 しばしの間、蘇芳と佐紺は見つめ合った。佐紺が鋭い目つきで睨んでくるのに対し、蘇芳は涼しげだ。二人の間に落ちる沈黙に、琥珀は瞳をキョロキョロとさせて落ち着くことができずにいる。


(蘇芳が何者か、なんて……。わっちも知りたいよ)


 この異様に強くて、素直で天然で、よくわからない旅人が――どこから来たのか、何者なのか。


(だけど蘇芳……あんたどう答えるつもりなん?)

 

 琥珀色の目が、赤髪の連歌師を映す。飄々として見える彼は、今一体何を思っているのか――分からない。


 佐紺と琥珀が見つめる中、ようやく蘇芳が口を開いた。


「私が『なんなのか』、ですか」


 長く美しいその髪の隙間から、冷たい視線が覗く。紅い眼光が鋭く煌めく。


「――理由はないのですが、お話することはできません」


 淡々と、きっぱりと。

 蘇芳はそう言ってのけた。


 話すことはできない、と。


「理由がねぇのに、黙り込むわけがわからんな」

 佐紺がつっかかる。

「俺に隠しときたかったら、普通に旅人ですって名乗ればいいじゃんかよ。何故そうも怪しい事を言う?」


「私が仮にただの旅人ですと言っても、貴方は信じないでしょうから」


「そういうことを言うってぇことは、お前はただの旅の御仁ではないってわけだ」


 それを聞き、蘇芳は目を細めた。

 彼の脳裏に響く、過去の記憶の中の声。






『そなたは……何者なのじゃ、松坂殿!』


 目の前で膝をつき、恐れと怒りの入り混じった瞳を向けてくる男。そうだ、これは松坂と名乗って和泉国いずみのくにあたりにときだったか。


『本当に何者な、の……だ……』


 飛び散る血しぶき。手には、血がべっとりとついた短刀が握られている。その赤と己の髪の色が妙に似ていたのが記憶に刻み込まれていた。


 ――私は。


 もう息の根が止まった武士に向かって、呟く。己が何者なのか。か、か、それとも――。







「そう、ですね。貴方が、私のことをただの旅人ではないと思うのなら、そう思えばいい」


 蘇芳は佐紺に向けてそう言った。


「これが私の答えです。真田殿」


「……承服できねぇな」

 若侍が顔をしかめる。

「俺はな、この国のために仕える武士なんだよ。色沢国にとって良からぬ者が入ってきたら排除しなければならねぇ……。だから今日みたいに、時折国境くにざかい付近を見張ってるんだ」


 佐紺は続けた。


「そんなとき、妙な男が色沢国に入ってきた。しかも生業なりわいは『連歌師』――、その怪しさはわかるだろ?」


「怪しさ――とは?」


「とぼけるんじゃねぇよ。諸国を遊行する連歌師ってのは、連歌が上手いってだけでんだよ。つまり、隠密や密偵が名乗りやすい生業ってぇわけだ」


 佐紺が語調を強めた。


「俺は国のためなら何でもしてみせる。たとえ人殺しでも――。国にとって不利益な者が居れば斬ることも厭わねぇよ」


 最後の一言は、蘇芳に向けて言っているようであった。それは国を守りたいという思いを持つが故の、侍の覚悟――。


(なるほど……国を守るため、か)


 蘇芳は妙に納得する。


(この男は……心のうちで青い炎を燃やしている。若いのに覚悟と気概は充分、凄い侍も居るものですね)

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