弐(4)


「あんた、禍羅組を潰そうとか思っただろ、今。やめとけって……いくらあんたが強いとは言え、あいつらには勝てねぇぜ」


 知らない男の声がした。蘇芳と琥珀は顔を見合わせて、首を傾げる。声が聞こえてきたのは、上の方から。二人揃って、そちらに目を向けた。


 しかしそこには、寺の境内を包み込む静かな森の木々の枝しか見えない。


「蘇芳、わっちの聞き間違いじゃぁないよね? 確かに誰かの声、聞こえとったよね?」


 琥珀が確認するように言う。蘇芳は頷いた。


「ええ、確かにしました」


(しかし一体誰が……? 声まで聞こえるというのに、姿が見えぬ……)


 彼の紅い眼光が木々の枝の合間を貫く。声が聞こえてきたあたりに目を凝らすと――本当に微かに、木の枝がサワリと揺れたのが見えた。


(なるほど、樹上そこですか)


 蘇芳は、声の主が居るであろう場所を見定め、隣にいる琥珀に向き直った。


「琥珀殿」


「なんや蘇芳」


 急に名前を呼んで話しかけてきた蘇芳にびっくりしながら、少女は返事をする。彼はニコニコとしながら、琥珀にあるお願いをした。


「今、私が指さしている方向に向かって、石を投げてくれませんか?」


「石……? なんで」


「ふふ、琥珀殿、なんとなく石投げ得意そうだと思いまして」


「偏見甚だしいわ。ま、ええけど」


 琥珀は二つ返事で承諾し、地面に落ちている石を適当に見繕った。


「こんなんでええ?」


 彼女が蘇芳に見せたのは、角のない親指ほどの小石。蘇芳は満足だというふうに頷いてみせた。


「ええ、大丈夫です。ではそれを……あそこに」


 蘇芳は先ほど不自然に枝が揺れた木を指さした。彼のまとっている赤い着物の袖が風になびいて、背景の森の緑に映える。


「わかった、あそこやな」


 琥珀は狙いを定めて、ビュンッと腕を振った。彼女の袖の黄色が翻り、同時にその手を飛び出た小石は勢いよく樹上へと吸い込まれていく。


 ビシッ――。


 小石が、なにかに当たった音がした。


 次の瞬間。


「いってぇぇぇぇえ!」


 その木の上から、悲鳴が聞こえた。ガサガサっと葉が盛大に揺れ、ドスンとなにかが地上へ落ちてくる。


「くっそ、お前、尖った石投げやがっただろ! くぅぅ、いてぇぇ」



 蘇芳と琥珀の目の前に姿を現したのは、着物にたくさんの葉をつけた青年だった。青みがかった長い髪の毛を、後ろで一つにくくっている。


 黒い羽織に紺色の袴、腰には刀が見える。侍のようだった――しかしその彼は今、赤髪の旅人と琥珀色の瞳の少女が見下ろす中、足首を押さえてうずくまっている。



「……まさか、さっきの声の人か!? 木の上におったんか!」


 琥珀が驚いて蘇芳の方を見る。彼はゆっくりと頷いた。


「ええ、少し枝が動いた気がしたので……試しに琥珀殿に石を投げていただきましたが、まさかの大当たりでしたね」


「プッ」


 琥珀が吹き出す。


「木の上に隠れとったのに、まさか石に驚いて落ちるなんてねぇ」


 それを聞いた若い侍が怒り出す。


「お、お前が悪いんだろーが! 石投げやがって!」


 蹲っていた彼は、ようやく顔をあげてこちらを見た。

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