弐(3)


 なにゆえ、少女は男たちに追われていたのか。蘇芳はじっと、琥珀の話に耳を傾ける。


「わっちは、この国に流れ着いてきて二月ふたつきほどなんやけど、身寄りもあてもあらへんから、町や村の片隅でひっそりと暮らしてたんや。……だけど、ある日、市である男に出くわしてな」


 琥珀が目を伏せた。

「まるで婆娑羅バサラみたいな……派手な服装をした男やった。狐目で背がたこうて」


 婆娑羅とは、派手に振る舞い奔放な行いばかりする者たちを指す言葉である。室町のはじめの頃に生まれた、型破りで周りを気にしない、派手を好む風潮――「バサラ大名」とまで言われる武士まで姿を現すことになった。幕府初代将軍、足利尊氏あしかがたかうじの執事・高師直こうのもろなおが良い例だ。


「そいつの名前は知らん。でも、周りを取り囲んでいた他の男たちから、『御頭おかしら』と呼ばれてたんや。だからお偉いお方かと思うて、そーっと通り過ぎようとしたんやけど」


「御頭……?」


 蘇芳が琥珀に尋ねた。


「それって、先ほどの男たちも何やら口にしていた記憶がありますが」


「ああ、蘇芳も聞いてたんか。なら話は早いな」


 琥珀が頷いた。そして続ける――彼女が次に明かしたのは、あの男たちの正体だった。


「あいつらはな、いわゆる山賊や。色沢国の山ん中に拠点を持つ大組織――その名も『禍羅組からぐみ』」


「カラグミ?」


(――初めて聞く名ですね。これまで色沢国あたりに関わることがなかったから、まあ仕方ないといえばそうですが)


 蘇芳は頭の中でそう思いながら、少女に更に訊いた。


「琥珀殿は、その禍羅組とやらの山賊たち……しかも市で出会ってしまったその『御頭』とやらに狙われている、ということでしょうか?」


「そう」


 琥珀は短く答えた。


「なにゆえに?」


「……この眼のせいなんやと思う」


 少女は静かに口を開いた。


「市で偶然、御頭と目が合ってしもうて……その時に声掛けられたんや、『綺麗な瞳をしている』って」


 気色悪い声やった……思い出すだけで寒気がするわ。


 琥珀はそう吐き捨てるように言う。


「で、あんま覚えてへんのやけど、たぶんその時に御頭がわっちのこと連れて行こうとしたんよ。自分たちの拠点アジトに。せやけど、わっちは振り切って逃げた。……それからや」


「……なるほど」

 蘇芳は考え込む素振りを見せた。

「市で見かけた琥珀殿を気に入った禍羅組の御頭とやらが、琥珀殿を連れて行こうとした。しかし逃げられてしまって……そこからまだ諦められていないということでしょうか」


「そう。しつこいんや、あの男たち……」

 

 琥珀が顔をしかめるのを見て、蘇芳は合点がいった。五人の男たちが琥珀を追いつつも、顔に傷をつけるなと言っていた理由――それは琥珀を気に入った、言ってしまえば御頭のもとへ連れて行くためであるからだ。


(連れて行って……めかけにでもするつもりでしたか? 聞く限り御頭という男……あまり良くないたちの者のようですが……)


 蘇芳の目が鋭くなる。

 


「……琥珀殿、助けてほしいのでしたよね」


 旅人は静かに言った。


「私でよろしければ、貴女のことをお助けいたしますよ。こんな出会ったばかりの流浪の旅人に、信など置けぬと思いますが――」


「ほんまに!?」


 琥珀が不安と驚きの入り混じった声をあげる。


「……わっちのこと、助けてくれるん?」


 蘇芳は編笠を被り直しながら頷いた。


「とりあえず、禍羅組の者たちに琥珀殿を追い回すのをやめさせればよいのですよね」


 旅人の瞳の奥に、赤い炎が宿る。


「……できる限りですが、やってみます」


 彼がそう言った、次の瞬間だった。





「やめといたほうがいいぜ、旅人さんよ」

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