弐(2)


「わっちの目の色、変に思ったやろ?」


 琥珀が尋ねてくる。蘇芳は素直に答える。


「変に……というか、綺麗だと思いましたけどね。美しい琥珀色をしている」


「ありがと、蘇芳はやっぱり優しいね」


「優しい……? 私程度で優しいですか」


 蘇芳が思わず訊き返すと、琥珀はため息と共にこう返した。


「うん。わっちの目を見る人全員が、蘇芳みたいだったらよかったのに」


「……それは」


「この、普通と違う瞳の色を褒めてくれる人ばかりやなかったってこと。物珍しげに覗き込んでくる人、怖がる人、いじめてくる人――色んな人が居たの」


 蘇芳は心の中で「だろうな」と頷いた。人は己と異なるものに対しての敵対心が強い生き物だ。外見が少し違う、言葉が違う、習慣が違う――それだけのことで自分の周りから遠ざけようとする。排除しようとする。


「わっちは、小さい頃の記憶が本当に無くて……気づいたらみやこから少し離れたところのに居たんや。小さな店の本当に隅っこに置いてもろうて」


 遊里とは、女郎屋が集まる場所――いわゆる色街。遊郭という形で江戸幕府の管理下のもと栄えた吉原や島原が有名だが、すでにこの時代には女が女を売る場所は各地に形成されつつあった。


「わっちはまだこんな小さな身体からだやし、売り物にはならんかった。まかないで食べさせてもらって、寝る場所もくれて、店主はんには本当にお世話になったんや。奉公もしてた……だけどね」


 琥珀が膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。


「わっちの見た目を、遊女のねえさんたちが許さへんかった。お客さんがね、手伝いをしているわっちを見て物珍しさに寄ってくるんや。それで姐さんたちは……」


「ああ」


 蘇芳は琥珀が何を言いたいのか察した。遊女は接客業――自分が取ったお客が、そこらへんの奉公の娘に興味を示したらどうであろうか。遊女でもないのに、もともとのその美しさを無意識に振りまいて、老若男女関係なく人を惹きつけて。


 ――――邪魔な存在。




「お辛かったですね、琥珀殿」


 蘇芳は次の言葉を継げないでいる琥珀の頭に手を伸ばした。そのままポンッと軽く彼女の髪を撫でる。


「ここまで話してくれてありがとう」

 

 旅人の優しい声が直ぐ側から聞こえた。少女の目に雫が浮かぶ。


「うっ……蘇芳……」


 


 蘇芳は大粒の涙をこぼす少女を見ながら、その過去に思いを馳せた。


 気がついたら棲んでいたという女郎屋。そこで受けた虐め。


 そしてそれがあったのが京という話だったから、関東――この色沢国まで流れてくる間に、どれくらいの奇異の目を向けられ、どれほどの雑言を浴びせられたのであろうか。


 この美しい琥珀色の瞳を持って生まれたあまりに。


(かような幼い女子の心に、人々の悪意というものがどれほどの傷を付けたのでしょうか……)


 蘇芳が考えていると、琥珀がまた口を開いた。


「……で、あと、蘇芳。

 まだわっちが、になんで追いかけられていたかの話をしてへんよね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る