壱(6)


「わっちは琥珀こはく。歳は……わからない。気づいたら生きていたし、気づいたら一人ぼっちだったの」


 蘇芳は驚く。

(ひとりぼっち……だから男たちは『孤児』と呼んでいたのですね)


「琥珀殿、ですか。良い名ですね」

 

 その琥珀色の瞳の通り、彼女によく似合う美しい名だ。少女――琥珀は、蘇芳に向かって尋ねてくる。


「お兄さんは?」


「ああ、私は鴇羽蘇芳ときは すおう


 蘇芳は編笠をくるくると片手でもてあそびながら答えた。


「連歌師をやっております」

「レンガシ? なんやそれ」


 頭上に疑問符を浮かべる琥珀に、蘇芳は優しく尋ねる。


「連歌、というのは知っていますか?」

「うん、あれやろ。交互に詠んで歌を作っていくやつ。わっちは作ったことも聞いたことも無いけど」

「そうですそうです」


 蘇芳は頷く。


「それを旅先で作っていく者のことですよ。連歌会などに参加するため、またはお呼ばれしたりしたりするので、旅をしていくんです」

「そうなんだ。そんな仕事があるんか、知らなかったわぁ」


「ええ。歌を連ねて詠んでゆく――まことに面白き世界ですよ」


「ふぅん。蘇芳はその連歌を作れるんだ。すごいやん」


 感心する琥珀に、蘇芳は髪に手をやりながら笑った。


「腕はまあまあですけどね。つまりは、歌を少しばかり嗜んでいる普通の旅人ってことですよ」


「でもただの旅のお人にしては、強すぎん? さっきの男たち、ボコボコにしたのに」

「嫌だ、勘繰らないでくださいよ。本当にただの旅人ですって」


 蘇芳は手をヒラヒラと振った。彼の紅い瞳の中に真意は見えない。


(琥珀殿も……年の頃は分からないとのことでしたが、見た目からすると十四くらいでしょうか)


 そして言葉。語調は西の方のようだったが、よく聞くと色んなところの方言が混じった喋り方をしている。


(「わっち」というのも……遊郭の女言葉。だとすると、いろいろなところを転々として大変な人生を送ってこられたのではないでしょうか)


 そして、今はこの地――色沢国に流れ着いている。蘇芳は自身と重ね合わせて、琥珀のことをじっと見る。


「蘇芳? どうかしたん?」


 琥珀が視線に気づいて問うてきた。いつの間にか呼び捨てで呼ばれている。そのことに苦笑しながらも、蘇芳は首を横に振った。


「いや、なんでもありませんよ。……そうだ、琥珀殿。そのあたりで少し話しませんか?」


 蘇芳が指し示したのは、道を少し行ったところに見える古い寺だった。


「琥珀殿から少し聞きたいこともあるし、何より疲れたでしょう。腰を落ち着けて休んだほうがいい」


「なんや、蘇芳、めっちゃ気ぃ利くやん」


 琥珀は少し顔を赤らめながら頷く。男たちに追われて走ったりしたせいか、少し疲れていた。


「いえ、それほどでも。じゃあとりあえず、あの寺まで。……歩けますか?」


「わっちを舐めんといて! 歩けるわ! てか、なんなら走れるわ!」


 少々気を利かせすぎたようだ。琥珀はムキになって走り出す。蘇芳はそんな少女に呆れ笑いを浮かべつつ、彼女の後を追って歩き出した。



 








 このとき、蘇芳は忘れていたが――彼が色沢国に足を踏み入れた頃に感じた視線の主は、まだ彼のことを追っていた。

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