壱(7)


「鴇羽蘇芳……か、何者なんだ?」


 木の上から見ていれば、悲鳴を聞きつけてコソコソと様子を伺い、男どもに追われていた少女を守り、そして何やら『聞きたいことがある』と言い出す始末。


(しかも、男たちと戦った時のあの……連歌師といったか。……絶対にただ者じゃねぇ動きだったな)


 加えて、あの琥珀という女も気になる。珍しい瞳の色をしている不思議な少女だったが、彼女を追っていたあの男たちは――。


(あれは、間違いなく『禍羅組からぐみ』の連中だな)


 禍羅組――それは、色沢国の山中を拠点に活動している大きな山賊の組織だ。ただ旅人たちから物を奪うだけでなく、陰謀を企んだり農村を襲ったりと、国のお偉い方たちも手を焼く災いの種とも言っていい集団。


(禍羅組から狙われるなんて、何をやらかしたんだ、あの女は……。逆にあいつらが狙うほどの女ってこたぁ、余程の価値があるってことだ)


 男はそこまで考えると、木の上から飛び降りた。音もなく地面に着地する。


 蘇芳を監視していた視線の主の姿が、陽の下にあらわになる。そこに立っていたのは、青色の長い髪を後頭部の高い位置で一つにくくっている男だった。紺色の袴姿のすらりとした青年で、腰には刀を提げている。


(色沢国は、この佐紺さこんが守ってみせる)


 青年の名は、真田佐紺さなだ さこんといった。自分の生まれ育ったこの故郷くにを愛する、人一倍正義感の強い若侍である。




 ――世間にはあまり知られていないことかもしれないが、「連歌師」という職業は、使なのだ。連歌の腕さえあれば諸国を巡り歩いている理由ができ、変に怪しまれないからである。



 忍びの者、つまり隠密。

 

 この戦乱の時代、諸国の守護や守護代らがこぞって抱えた諜報の達人プロフェッショナルたち。


(あの蘇芳という男、本当にただの「連歌師」なら良いが……もしどこかの国が雇って色沢国に送り込んだ間者スパイだったら……)


 佐紺はギュッと拳を握りしめる。


(まぁ、それとまだ決まったわけではないからな。暫く様子を見よう)


 それに、動きを見せ始めた禍羅組の動向も気になる。あの少女は何者なのか、そして何故山賊どもが彼女を狙っているのか。


(京の都でも市中が火の海になるほどの戦乱が始まったらしい……なんとも物騒な世の中になったな)


 佐紺はそんな事を考えつつ、着物に付いていた葉をはたいて落とす。そして、蘇芳という連歌師と、琥珀という謎の少女が向かった古寺を目指して歩き出した。







 京都が応仁の戦火に包まれている頃。房総半島に位置する小国、色沢国でも何やら不穏な空気が漂っている激動の時代。


 この目まぐるしい時を舞台に――

 

 連歌師の旅の者、鴇羽蘇芳。

 美しい瞳を持つ少女、琥珀。

 二人を追う若侍、真田佐紺。


 この三人を巻き込んで、物語は動き始める。

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