壱(2)
まさか、猪でも出たのであろうか。一応道があるとはいえ、周りの森はだいぶ鬱蒼とした雰囲気だ。山から降りてきた獣が人を襲った、ということが起きてもおかしくはない。
(一応様子を見に行くか……)
蘇芳は声のした方へ向かって走り出す。道を少しゆくと十字路に出た。蘇芳は道角の背の低い木の陰に隠れながら、右に曲がる道を伺う。
(たしか
すると案の定、道の向こうに一人の少女の姿が見えた。遠目だからよくわからないが、黄色っぽい着物をまとっている。そしてその少女と一緒に居るのは猪ではなく、数人の男だった。
「……知り合い、ではなさそうですね」
蘇芳の目が鋭くなる。
耳を澄ますと少女と男たちが言い合っているのが聞こえた。
「ほら、嬢ちゃん。今日こそ俺たちのところへ来な? ああ?」
「嫌! やめて!」
「あ? 断れるご身分だと思ってんのか?」
「なんでわっちがあんたらのとこ行かないけないん!?」
「生意気な口を聞くな、
少女を囲んでいる男のうちの一人が、片手を振り上げた。そのまま勢いよく少女の頬をひっぱたく。
「きゃっ」
短い悲鳴をあげ、少女がバランスを崩す。すると違う男が、手を上げた男に向かって怒鳴った。
「おい、なに顔を殴ってんだ! 御頭さまのところに連れて行くんだぞ!? 傷だけは付けるな!」
「す、すみません!」
そのやり取りを聞いていた蘇芳は首を傾げる。
(
――その時。地面に蹲っていた黄色の着物の少女が、男たちの包囲をすり抜けて逃げ出した。
「あっ、待て!」
たちまち気づいた男たちが少女を追ってくる。その少女が走ってくるのは此方――蘇芳が隠れている方である。
(おっと? このままでは私が盗み見ていたことがバレてしまうのでは!?)
蘇芳がこのあとどうしようかと考え始めたその瞬間だった。走っていた男の一人が、少女の方へと何かを投げつけてきた。――それは、キラリと鈍く光るもの。
「ガキ! 逃げられるとでも思うなよ!」
蘇芳の赤い瞳が、その飛んでくるものを捉えた。
(
匕首とは鍔のない短刀のことだ。それが宙に舞うのを目にした刹那、蘇芳は隠れていることを忘れ、一目散に地を蹴った。
「そこの
そう言いながら被っていた編笠を取り、空中へと飛び出す。少女の方へと落ちていく匕首の柄を狙って、編笠を持った手を振り、刃物の軌道をそらす。――ここまでわずか三秒もかかっていない。
そして編笠によって弾かれた匕首は、くるくると空中を舞うと、音もなく着地した蘇芳の手におさまった。
「ふぅ、危なかったですね」
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