壱(3)


 蘇芳は手にした匕首を見て、安堵の息をついた。しかし、事はこれで終わるはずがなく。


「おい……お前は誰だ!?」


 蘇芳の背後から男の声がした。


「ん?」


 彼が振り向くとそこには、先ほどまで黄色い着物の少女を追いかけていた男たち五人が蘇芳の方を睨みつけていた。


 近くで見れば、威圧感のある男たちだ。それぞれがたいが良く、目つきも悪い――――まるで山賊のような。


「あ、」


 蘇芳はここでやっと、今の状況を把握し直した。男たちに囲まれて逃げ出した少女、彼女の方向に向かって一人が匕首を投げた――おそらく「傷は付けるな」ということだったから、脅しのためなのであろう。


 しかし蘇芳は、飛んでくる凶器を見て動いてしまったのだ。隠れていたのを忘れ、空中へ躍り出ると、ものの数秒で編笠を用いて匕首の軌道を変えて、少女を守った――というわけで。


「えっと、私は……」


 蘇芳は男たちから目をそらして、ちらりと横を見た。そこには、突如現れた蘇芳にびっくりしたのか、くだんの着物の少女が座り込んでしまっている。


「しがない旅の者ですよ、あはは」


 愛想笑いを浮かべ、頭をかく蘇芳。しかしそれだけで、男たちが彼を許すはずがなかった。


「あ? だったらなんで旅人風情ふぜいが俺たちの邪魔をするんでぇ?」


わしらはそこの女のガキに用があるんじゃ。脅しで投げた儂の匕首を落とした理由ワケはなんなんだい?」


 ガラの悪い男たちが次々と尋ねると、急にスッと蘇芳の目が細められた。


「ワケ、ですか」


 そのあかい眼光は、見る者が見れば怖気がするほどに鋭かった。


「本能――という言葉で表しては駄目でしょうかね」


 蘇芳は低い声で続ける。


「幼く弱い者を迫害する様子を見るのは、吐き気がするほど嫌いなんですよ。先ほどあなた方は、この女子おなごに用があると言いましたね。しかし見ていれば、嫌がる彼女を囲んだり殴ったり、挙句の果てにはを投げたり」


 蘇芳は匕首を掲げた。陽光を反射して、刃が鈍く光る。


「そんなクソみたいな貴方たちを見ているのが嫌で、思わず飛び出してしまいました。すみません」


 そこまで言うと、蘇芳はニッコリと笑った。涼しげな風が吹き、彼の赤くて長い髪の毛をサラリと揺らす。


「以上が……あなた方の言葉を借りれば『俺たちの邪魔をした』理由ですが、なにか?」




 少しの沈黙ののち、口を開いたのは男たちの中のリーダー格らしき者だった。薄汚れた袴に、短い刀を腰に差している。


「黙って聞いておれば、よくものうのうと」


 男の声は怒りに震えている。


「どこからの旅人か知らないが、俺たちに喧嘩を売ったってことはどういうことか、きちんと分かってもらわにゃいかんな。ああ?」

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