第4話
異変が進む王都の様子を眺めながら僕は決意する。
「行かないと。聖女の力を持つ僕しか止めれない」
「私も着いていく」
僕は首を振ってその提案を否定する。
「着いてきちゃ駄目。イサクじゃ辿り着く前に死んじゃう」
「お前を一人で行かせるなど、また私は……!!」
今日は、イサクの初めての表情を色々と見れるな、と。事態の深刻さの一方でそんなことを僕は思っていた。
「大丈夫。僕なら出来るよ!」
不安を表に出さないように、いつもの調子で自分へと言い聞かせた。
「だから、イサクは待ってて!必ず止めてくるから」
「………分かった。だが、プロシア」
長い沈黙の後、イサクは僕の体を優しく抱きしめた。
ぎこちない包容だが、不器用な彼の優しさを感じて僕は嬉しかった。
「お願いだ。必ず……生きて帰ってきてくれ」
「うん!その約束、絶対守る!行ってきます!!」
伝えられたイサクの願いを受け、僕は零れそうになる涙をこらえて頷く。
彼から離れた僕は聖女の力を解放した。常人ではありえない速度で王都の中心、研究所へと向けて駆け出した。
◇ ◇
市民を襲おうとしていた蛇の化け物を僕は思いっきり蹴り飛ばす。
「あ、ありがとうございます!」
「いいから逃げて!!出来るだけ市街から離れてね!」
助けた人の様子すら見ずに、僕は研究所へと急ぐ。
都市部は地獄だ。
化け物から逃げ惑う人々全てを僕は救えない。
「少しでも早く研究所にたどり着かないと!」
さらに力を込めて走る。
全身に力を纏わせている僕なら、現れる化け物たちに対抗できていた。だが、それが油断だったのかもしれない。
「!ぐぅっ」
角から現れた竜のような化け物に炎を浴びせられる。
熱さは…辛うじて軽減できた。けれど、息が苦しい。
炎が収まったと同時に、今度は直接爪で襲いかかってきた。
「うぅ……痛い。でも…僕は……」
咄嗟に避けたが、左腕に裂傷を負ってしまった。
浅くない傷から血が流れるのを、癒やしの力で軽く止めるが、竜は息付く間もなく、再びこちらを襲おうとしている。
「絶対!生きて帰るんだから!!」
拳に力を込めて、竜を迎え撃つ。
こんな化け物たちに負けてる場合じゃない。
僕は、役目を果たす。
まだ、研究所は遠くに見えた。
◇ ◇
「はぁはぁ…前見た時と違う……」
研究所の地下へとたどり着き僕が目にしたのは、変貌した空間だった。
天井も、床も、壁も、そして人らしき形をしたもの全てが、翡翠色の結晶に覆われてしまっていた。
その空間に変わらず鎮座していたのは結晶から解き放たれた神聖骸。
動いてはいないが、これが元凶で間違いない。
「ぶっつけ本番だけど、やるしかないよね」
化け物たちと戦って全身が傷だらけになった。
酷い怪我だけは治したけれど、僕の聖女の力は消耗していて万全の状態ではない。だけど、そんなことは言い訳にならない。
漠然と、自分が何をすればいいのかが分かる。
ゆっくりと神聖骸へと僕は右手で触れた。
「代用品として生まれたけど、うまくいったら……ふふ、僕、本当の聖女かもね」
怖さを、いつもの調子で隠し、僕は神聖骸へと接続を開始した。
五感が拡張される。
地下にいながら、僕の意識は急速に拡大し、地上を超え、空を超える。
「凄い。これが聖女の感覚」
神聖骸から与えられる膨大な情報と知識。なるほど、これが王国の人々の望みを叶えてきた仕組みなんだ。全知全能感が僕を襲う。
「でも、今、求めているのはこれじゃない。神聖骸を止める方法はどこ?もっと深いところ?」
僕はそれを知るために、接続をより強めていく。
情報の奔流は勢いを増し、その先へと僕は進んでいく。
そのとき、ある疑問が浮かんだ。
どうして、聖女様はこんなにも膨大な情報の中でも、神聖骸のことが分からなかったのだろう?イサクも、王国の人々も、誰もが最も知りたがっていたはずなのに。
漠然とだけど、この先に僕の求める答えがあると教えてくれている───誰が?
◇ ◇
◇ ◇
〈〉 〈〉
〈●〉 〈●〉
見つかった。
「ぁ」
分水嶺を超えてしまった。
瞬間。僕は自分がもう戻れないところまで踏み込んでしまったと気づく。
聖女様は気づいていたのか?それとも無意識に踏み込むことを避けていたのか?
神聖骸の真実。ただ、願いを叶える手段を教える存在などでは無かった。これは人間の手に余る───異形だ。
「いやだ……」
理解させられてしまう。
既に僕の意識はこれに取り込まれ、現実の肉体は活動を停止したことを。
「約束した……」
踏み込んだ膨大な情報に呑み込まれ、既に空間は暗闇へと姿を変えていた。
ちっぽけな僕という人の形が消えそうになる。
頑張れば、なんとかなると思っていた。
だが、これが現実だ。願っただけで全てが叶うなど、そもそもが間違っていた。
「ごめんなさい……ううぅ」
僕は、生まれて初めて泣いた。
膨大な情報の一部となるかのように、神聖骸の奥底へと沈んでいく。
僕の意識は、次第に消えるのだ。
泣くことしか出来ない。
涙が抑えられない。
その涙を誰かの指が拭ってくれた。
「え?」
後ろから伸ばされた手は、そのまま僕の両目を覆い隠した。
「誰?」
「無駄ではありません。プロシア、あなたが来なければ私は再び意識を取り戻すことは出来なかった」
耳元で見知らぬ女性が語りかけてくる。
僕は振り向こうとしたが、それより前に、後ろの人物に優しく抱きしめられる。
柔らかで温かい、女性の腕。
「本当に凄い子。あなたは奇跡を起こした」
女性が僕の頭を撫でる。
感じる暖かさに僕の沈んだ気持ちが癒やされていく。
「時間がありません。今ならあなたの接続を解き、肉体へ戻すことが可能でしょう。神聖骸を止める役割は私が行います」
ようやく僕は女性が誰なのか分かった。
僕以外にそんなことが出来る人物は一人しかいない。
「駄目だよ。僕は元々、あなたを蘇らせるために生まれたのに……」
「もういいの。分かるでしょう?生死を覆すなど願ってはいけないことを」
彼女が優しく諭す。
「だから、最後にお願い。彼へ私の想いを伝えて欲しいの」
僕は彼女の顔を見ることはできない。
「会えなくても、あなたの幸せな未来を願っています」
けど、きっと笑顔だった。
「ありがとう。私は幸せでした」
まるで浮上するように、僕は暗闇の空間から現実へと帰還していく。
必死にもがき、遠くへと離れていく女性の姿を目に焼き付ける。ああ、紛れもなく。その姿は、以前イサクの部屋で見た写真のようだった。
───外の世界は再び変化していく。
空の色が元の青空へと戻っていき、現れた化け物たちが霧散していく。
時間にすれば、半日にも満たない惨劇は人知れず終わりを告げた。
しかし、破壊され、失われた命までは元に戻らない。
王都は破壊され、原因であった神聖骸は聖女により止められたが、この世界から姿を消した。
この後、恩恵を失った王国は衰退し、滅ぶことになる。
けれども、人々は生き残った。
◇
次の日の朝。
荒廃した研究所の跡地で一人、イサクは瓦礫をどかしていた。
「はぁはぁはぁ……」
額の汗を腕で拭う。
瓦礫をどかしながら、イサクは研究所の地下へと進んでいた。
手も足も汚れながら、疲れで足を止めそうになるのを無視して歩く。
「どこだ?プロシア」
プロシアは帰ってこなかった。
イサクの願いは聞き届けられなかった。だが、彼はその現実を受け止めきれない。
「違う」
取り返しの付かない過去、間違った選択。
「それでも、たったひとつの願いを叶えさせて欲しい」
折れそうな心と足に力を込める。
「……お前をこれからも支えさせてくれ」
ようやくたどり着いた地下で、イサクは驚く。
かつて空間の中心であった神聖骸の姿がどこにもない。
だが、今はそんなことよりも重要なことがある。
「プロシア!?」
荒廃した薄暗い中で、瓦礫にもたれかかる少女の姿をイサクは見つけた。
慌てて駆け寄り、ボロボロの少女の手にイサクは優しく触れる。
少女は動かなかった。
この瞬間までは。
「イサ…ク……?」
「あぁ!そうだ!!しっかりしろ!!大丈夫だ、直ぐに助けてやる!!」
プロシアの目がゆっくりと開いた。
彼女の目に写ったのは、あの感情を表に出さないイサクが泣いている光景。
それが嬉しくて、思わずプロシアは笑ってしまう。
「ただいま。僕は大丈夫、あの人が助けてくれたから」
「あの人?」
きっと、この出来事を僕たちは生涯忘れない。
時間が過ぎて、後悔するかもしれない。
あのとき、もっと出来ることがあったんじゃないか?と。
「イサクへ伝言があるんだ。あのね───」
でも、それと同じくらい僕たちは忘れてはいけない。
もう会えない。大切な人から伝えられた願いを。
滅びる国の代用聖女へ最後の願いを伝える物語
滅びる国の代用聖女へ最後の願いを伝える物語 新動良好 @12245
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