第3話
現在、僕はイサクと共に念願だった研究所の外へと来ていた。
「うわぁー!花畑凄い!!あ、蝶もいる!!僕取ってくるー!!」
「落ち着け、プロシア」
何故か急に許された外出と、連れてこられたのは研究所のある王都の郊外にある公園だった。
公園には整備された美しい花畑があり、僕はその光景に興奮を抑えきれなかった。
「でも、どうして急に外出を許してくれたの?」
「理由は二つある。今日、別の研究チームにより神聖骸への制御装置の接続実験が行われる」
イサクは遠くに見える研究所を見つめていた。
僕も同じ方向を見つめる。
「制御装置?」
「神聖骸から情報を得る手段として、従来の方法ではなく、機械設備による代用も研究されていた。聖女の負担の軽減、あるいは安全のためにだ」
そう言うイサクはどこか寂しそうだった。その様子が僕は気になった。
「どうしたの?」
「なんでもな…くはないな。二つ目の理由にも関わることだ。プロシア、お前は聖女の代用品として今日までよく頑張ってきた」
突然、イサクが僕のことを褒めてきた。
今まで、こんなことはなかったから、嬉しくてどこか照れくさい。
「えぇ~急にどうしたのさ」
「………最初、私はただの道具として利用しようと考えていた。だが、お前と関わることで……失った彼女のことを思い出さずにはいられなかった」
道具という言葉に少し悲しい気持ちになったけれど、イサクが彼女と呼ぶ人物はあの人のことだろう。
「それって聖女様のこと?ははーん!やっぱり僕って、代用品だから聖女様に似てるんだ!」
「いや、彼女はお前ほど破天荒ではない。落ち着きのある優しい人だった」
そ、そうなんだ。
「話を戻そうか、プロシア。………亡くなった聖女と私は夫婦だった」
それが、イサクのこれまでの行動全ての根底にあった真実。
何か関係があるとは分かっていたけれど、その言葉に込められている感情はとても重い。
「私は、どうにか彼女を聖女の責務から解放してやりたかった。彼女自身もそれを望んでいたはずだった。そして、私達は密かに望みを叶える方法を神聖骸へ求めてしまった」
イサクが自分の心情を吐露する。
かつての過ちを言葉にすることはとても辛いのだろう。今までに見たことがないほど彼は悲痛な表情を浮かべていく。
「結果、彼女の命はあまりにも唐突に失われた。何の前兆もなく崩れ落ちた彼女の体を抱きしめた感触。……最愛の人の死を私は受け入れられなかった」
彼の様子があまりに辛そうで、僕は遠慮がちにイサクの震える右腕の袖を握った。
「彼女にもう一度会いたい気持ちは変わらない。だが、プロシア。お前の成長する姿を見て、私は……お前を聖女の代用品としてだけでなく……」
言葉に詰まりながら、イサクは僕へと目線を合わせるようにしゃがみ込む。
ああ、そうか。ようやく僕は分かった。無表情に見えていた彼の瞳の奥に絶えずあった葛藤。
「もしも、彼女との未来に娘がいたら。そう思わずにはいられなかった」
代用品として僕を創りながら、一方で、情を抱いてしまったことへの自責が今の彼を苦しめていた。
きっと割り切れたのなら楽だったろうに。...本当にイサクは不器用な人だなぁ。
「僕は嬉しいよ。イサクがそう思ってくれてて」
「……怒らないのか?私は自分の身勝手でお前を振り回している」
「でも、ずっと見守ってくれた」
ほんと、イサクは色々考えすぎだよ。
「代用品として生まれて、この先どうなるんだろうって不安に思うことはあったよ?でも、イサクは僕を育ててくれた」
利用しているだけだと彼は言うかもしれない。けどさ。
「これから、もっと良くなるかも。そう思えるだけで僕は幸せだよ?」
「っ…」
僕の言葉を聞いてイサクは言葉に詰まる。
暫し、彼は放心した後、どこか付き物が取れたかのように、口を開いた。
「後悔ばかりの人生だった」
僕は彼の過去を情報としてしか知らない。完全に理解など出来るわけがない。
イサクの苦しみはイサクだけのものだ。
「だが、もう一度笑えるだろうか?やり直せるだろうか?お前と共に私は───」
そんな彼が、向き合った答えを言おうとした瞬間。
突然、大気が鳴動した。
「え?」
「空が」
驚く僕らを置き去りにして、綺麗だった青空が一瞬で、夜のように暗く、だが星の光一つ無い暗闇へと変貌した。
昼間だと言うのに陽の光が遮られたのだ。代わりに、翡翠色の揺らめきが空を妖しく覆っていく。
そして、異変はそれだけで終わらない。
王都に現れだしたのは、得体のしれない巨大な化け物たちだ。
「なんだ……これは?」
現れた化け物たちは、ただ、破壊を始めた。
美しく発展していた王都が壊されていく。
世界の激変に戸惑うイサクをよそに、僕はこの異変の原因を理解してしまった。
おびただしい力が溢れ出している。その元凶は、
「神聖骸が暴走している」
それは、いつか訪れる運命だったのかもしれない。
王国の滅びの日は突然、始まった。
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