第2話


5年前。僕は目を覚ます。

目の前には、上から見下ろすように仏頂面したおじさんがいた。


「覚醒したか。既にお前の思考能力は十歳の子供程度まで設定されているはずだ。言葉は分かるな?」


なんというか、一方的なおじさんの物言いに僕はむっとする。だから、困らせてやろうと思った。


「お腹すいたー!!」

「………そうか」


おじさんは全然表情を変えていなかったけど、きっと困惑したのだろう。返答までしばらく間があった。


「お前は、自分が何なのか分かっているか?」

「当たり前じゃん。おじさんが創った聖女の代用品なんでしょ?」


変な感覚だけど、僕の中には計画の情報とかいろんな知識が既に与えられていた。当たり前の事実を聞いてくるおじさんを僕は不思議に思う。


「……そのことについてどう思う?」

「別に?与えられた役目を果たそうとは思っているよ。でも、こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど」


僕はニヤリと笑って、寝ていたベッドから勢いよく飛び上がる。

腕を組んで仁王立ち。それでも立っているおじさんより身長は低いけど、舐められっぱなしは癪だからね。


「本物の聖女様を僕は超えるよ!」

「いや、お前は聖女の複製品だ。能力的にオリジナルには遠く及ばない」

「べー!そんなの知らない。頑張れば出来ないことなんてない!!」


おじさんの言葉を遮り、僕は自分の気持ちを正直に伝える。

与えられた知識で、自分の状況も、役目も全て理解させられて生み出された。きっと僕に自由は無い。

けれど、それで不貞腐れていても仕方がない。生きてればいいことがあると信じるしかないよね。



「頑張ったところで、どうしようもない現実は存在する」



だけど、急におじさんが冷たい口調で言葉をこぼす。僕は怖くて、思わず震えてしまう。


「ちょ、調子に乗って、ごめんなさい」

「………気にするな、ただの独り言だ。お前にはこれから、聖女の力の訓練をしてもらう」


おじさんは背を向けて部屋から出ようとする。

無言だが、僕にも着いて来いということだろう。慌てて後を追うように、ベットから降りておじさんの隣へと駆けていく。


「あのー、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「僕って名前とか無いのかなって。代用品だけど何か名前があると便利だと思うんだけど……」


遠慮がちに尋ねた僕の言葉に、おじさんは足を止めて、少し考える素振りを見せる。

その様子をソワソワしながら待っていると、おじさんは口を開いた。


「プロシア」


それは、僕の名前を決めたというよりは、何かの名前を思い出して口にしたように思えた。


「プロシア!それが、僕の名前なの!?」

「………まぁ、それでいいだろう。確かに名前は合ったほうが都合がいい」


生まれた僕が初めて与えられた名前。どういう意味が込められているのか分からないけれど、とても嬉しかった。


「やったー!!あ、そういえばおじさんの名前は?」

「イサクだ。これからは私の指示に従え」

「はい!わっかりました!!」


これが、初めてイサクと会った日の出来事。










◇ ◇









3年前。僕は巨大な構造物を見上げていた。


「おっきいね。大仏みたいだ」

「どこで覚えてきた……まぁいい。プロシア、何か影響は出ていないか?」

「うーん、凄く惹かれる感じかな?情報では知っていたけど、直接来るとやっぱり違うね」


研究所の地下に鎮座している巨大な物体。

人間の形のようでもあるが、複数の腕部と全身を拘束するような翡翠色の結晶にそれは包まれている。


僕とイサクは足元から見上げるようにしてその構造物を眺めていた。


「神聖骸。これが発見されたのが全ての始まりだった」


地下から発掘された未知の存在。神聖骸。

誰が作ったのか?これは一体何なのか?僕たちはその殆どを知らない。


「最初に接触した女性を通して、我々は利用方法だけを知ってしまった。病気を克服する知識を望み。食料を増産させる技術を望み。そして、他国を圧倒する力を望んだ」


神聖骸から力を与えられた特別な女性。たった一人選ばれ、この国の発展のために全てを捧げた存在。


「それが聖女。奇跡の力もただの副産物。本当の役割は神聖骸を利用して高度な技術、知識を得ること……ね」

「だが、お前にはまだ早い。神聖骸との接続実験は設備の完成後を予定している。それまでは引き続き訓練だ」

「えー、いつまでかかるんだよぉー」

「予定ではあと……3年程度だ」


長すぎると僕は駄々をこねる。

早く立派な聖女として活躍したいのに、そう思ってふと、今まで聞かされていなかった事実が気になった。


「あれ?それじゃあ、なんで聖女様は死んじゃったの?」

「………」


純粋な疑問だったが、イサクから返事がない。


「えっとー、言いにくいことだったら、別にいいよ。僕は気にしないから」

「……聖女は神聖骸との接続中に亡くなった」


イサクから告げられたのは、思いがけない事実だった。


「それっておかしくない?今まで何度もやってきたことなんでしょ?」

「原因は完全に判明していない。だが、私は聖女の精神状態が関係していたのではないかと推測している」


聖女の精神状態?


「彼女は、死にたかったのかもしれない……」


そう言って、イサクは何も喋らなかった。僕は疑問を抱きながらも、神聖骸を眺める。

これが神聖な物?未知の存在の骸。今にも動き出しそうな存在感のそれに僕は得体のしれない嫌な予感が拭えなかった。










◇ ◇









1年前。イサクが風邪を引いた。


「全く、水臭いよねー。言ってくれれば僕の力で治したのに、何やってんだか」


いつもの訓練に彼が来ないことを疑問に思っていたら、他の助手の人達が教えてくれた。僕は訓練が終わった後、イサクの自室を教えてもらい向かう。


「ふふふ、考えたらイサクの部屋に入るのは初めてだ。面白いものないか探してやろっと!」


鼻歌を歌いながら、僕は駆けていく。

イサクの部屋へたどり着くと、勝手に入っていく。


「失礼しまーす……うわぁ、汚い」


イサクの部屋はゴミが散乱し、床には資料が散らばっていた。


「信じられない、よくこんな状況で暮らしてるよね」


呆れながら部屋の中を探索すると、イサクが寝ているベッドを発見した。

起こさないように静かに近寄り、彼の様子を覗いてみる。体調は……良くないのだろう。呼吸は荒く、うなされていた。


「寝てるよね?おーい、僕がお見舞いに来てやったぞー」


小声で呼びかけてみるが返事は無い。やはり眠っているようだ。

僕は右手を彼の額のところへと近づけ、癒しの力を行使する。


淡い光が薄暗い室内に生まれる。


「よし、これで治っているはず。少しは楽になったでしょ?」


風邪の症状を和らげてあげると、イサクの表情は穏やかになった。


「それじゃあ何か掘り出し物はないかな……お?写真?」


散策していると、一枚の写真を見つけた。

綺麗な女性の写真。いや、その人物を僕は知っている。これは亡くなった聖女様の写真だ。


「なんだか、とても幸せそう」


その写真に写っているのは、王国でよく見られているような神秘的な聖女様の写真では無かった。どこかの花畑で撮られたのだろう。笑顔で、写真越しにこちらを見つめていた。


「………プロシアか?」

「!?」


突然、イサクが目を覚まして僕は驚く。


「体が楽になっている…お前が治してくれたのか?」

「あの~イサクが風邪引いたって聞いて、それで……」


勝手に部屋へ入ったことを、なんとか誤魔化そうとした。

だけど、イサクは横になったまま、顔を僕からそむけて、一言呟く。


「……ありがとう」

「え、あ。どういたしまして?………お大事に」


僕はどう対応したらいいのか分からなくて、聖女様の写真を元あったところへと戻し、逃げるように部屋を出た。

けど、イサクに初めて感謝されたことが嬉しくて、ニヤけた顔を中々元に戻せなかった。

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