第14話 どれみふぁ荘の奇跡。

 私は、みんなに招かれて、久しぶりの我が家に足を踏み入れました。

戻って来たんだ。また、ここに・・・ どれみふぁ荘に戻ってきたんだ。

そんな実感が胸に沸き起こりました。

 私は、食堂の奥の和室に入ると、みんなに囲まれて座りました。

そこに、お茶を持って、カン子さんが入ってきました。

「カン子さん、お久しぶりです。また、よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げると、カン子さんは、気持ち笑っているように見えました。

カン子さんの表情が、和らいだように見えたのです。

「さて、とにかく、戻ってきたことだし、宴会といきますか」

 死神さんが、明るく言うと、一文字のおばさんが言いました。

「当り前でしょ。これを祝わないで、どうするのよ。カン子さん、用意はできてるかい?」

 そう言うと、カン子さんは、8本ある腕でガッツポーズして、奥の厨房に消えていきました。六つ子たちは、私のそばから離れようとしません。

「お姉ちゃん、もう、どこにも行かないでね」

 女の子たちが、ウルウルした目で私を見ながら言いました。

その目を見ただけで、私も涙が零れそうでした。

「大丈夫よ。私は、もう、どこにも行かないからね」

 そういうのが精一杯でした。他に言葉もいりません。

「また、俺たちが、毎朝、起こしてやるからな」

 男の子たちが、胸を張って言いました。

「それは、うれしいけど、これからは、一人で起きるから、大丈夫よ」

「さぁ、それは、どうかねぇ・・・」

 一文字のおばさんが言うと、どっと笑いが起きました。

「お姉さん・・・ て、呼んでもいいんだよね」

「もちろんよ、ひろみちゃん」

 ひろみちゃんに、お姉さんと呼ばれて、心が温かくなりました。

帰りの電車で、私は、ひろみちゃんのお姉さんになると決めたのです。

改めて、そう言われると、胸がジーンときます。

『アレ? いつから、ひろみの姉さんになったんだよ?』

「えっ?」

「ちょっと、お兄ちゃん、いきなり出てこないでよ。二葉さんは、もう、あたしのお姉さんなんだから」

『てことは、俺の姉さんでもあるんだな?』

「違うわよ。あたしのお姉さんで、お兄ちゃんのお姉さんじゃないから」

「ちょ、ちょっと待って。今、お兄ちゃんて言わなかった?」

 いきなり、ひろみちゃんが、一人兄妹ケンカを初めて、訳がわからなくなりました。

ひろみくんは、消えたはずで、今は、妹のひろみちゃんだけのはずです。

『二葉ちゃん、俺、戻ってきちゃった』

「ハァ?」

 私がビックリしていると、ひろみちゃんなのか、ひろみくんなのか、わからないけど私の前に座ると、こう言ったのです。

『二葉ちゃんといっしょに、戻ってきちゃった。やっぱり、生きてる方がいいもんな』

「ひろみくん? ホントにひろみくんなの?」

『そうだよ。また、よろしくな』

 ひろみくんの声を聞いて、私は、何かが切れました。

我慢の限界だったのです。私をここまで連れてきてくれたひろみくんがいる。

目の前にいるのは、確かに女の子のひろみちゃんです。

でも、声は、まぎれもなく、ひろみくんです。

「ひろみくんなの・・・ ホントにひろみくんなの・・・」

『そうだよ。それとも、俺の声、忘れちゃった」

 私は、首を左右に振ると、ひろみちゃんを抱きしめて、声をあげて泣きました。

「よかった・・・ ホントによかったね。ひろみくんに、また会えて、うれしいよ」

『おいおい、二葉ちゃん、いきなり、そう来るか』

 私を助けてくれたひろみくんにまた会えた。それが、うれしかったのです。

奇跡だと思いました。私が生き返ったのも奇跡だけど、それ以上に、ひろみくんが戻ってきてくれたことの方が、私にとっては、奇跡なのです。

「二葉お姉さん、泣かないって、約束したんじゃないの」

「だって、うれしいんだもん。よかったね、ひろみちゃん。お兄さんが戻ってきてくれて」

「う~ン、あたしは、そうでもないんだけどね」

『なんだと』

「だって、お兄ちゃんがいると、遊べないじゃん」

『遊ぶって、なにを、誰と』

「ほら、そうやって、口うるさいんだもん」

 一人兄妹ケンカを聞くと、私は、おかしくて、泣きながら笑っていました。

「ほら、涙を拭きなさい」

 チェリーさんが、ティッシュを渡してくれました。

「ありがと」

 私は、そう言って、ティッシュで涙を拭いて、盛大に鼻をかみました。

「まったく、可愛い顔が、台無しじゃん。ひろみくんに笑われるわよ」

「うん、ごめん」

 チェリーさんに言われて、私は、真っ赤になった目を伏せました。

「チェリーさん、ありがとうございました」

「そうよ。まったく、このあたしに、徹夜までさせて、秘薬を作らせて、二度と死んだりしないでよ。次に死んでも、もう、助けないからね」

「わかってます。もう、死にません」

 私は、チェリーさんに誓いました。もう、二度と、自分から死んだりしません。

みんなに心配かけたりしない。

「二葉、ここにいるみんなに、もう一度、ちゃんと、言いなさい」

 ムツミちゃんに言われて、私は、全員を見ながらもう一度言いました。

「今回は、ホントに心配かけて、ごめんなさい。もう、二度と、死んだりしません。

生き返らせてくれて、ありがとうございました。皆さんのことは、決して忘れません」

 私は、みんなの顔を見ながら、ハッキリ言いました。

「ホントにわかってますか?」

 死神さんが、私の目を見て、言いました。

「わかってます」

「ホントにホントにホントにわかってます?」

「ホントにホントにホントにホントに、わかってます」

「ホントに、ホントに、ホントに、ホントに・・・」

「あぁ~、もう、しつこい! 二人とも、いい加減にしなさい」

 一文字のおばさんが私と死神さんのやり取りを遮りました。

「わかってるなら、いいんですよ」

 死神さんは、最後にそう言うと、横を向いてしまいました。

「二葉ちゃん、死神のこと、感謝しなきゃダメよ。ホントに大変だったんだからね」

 一文字のおばさんが、そっと耳元で言いました。

私は、あの死神さんが、何をしたのかわからないので、返事ができないでいると

おばさんが小さな声で言いました。

「死神はね、二葉ちゃんの寿命が尽きる前に死んだことは計算外だったから、その命の灯を消さないようにあの世とこの世を行ったり来たりして、命の神様を何度も説得してくれたのよ。二葉ちゃんが、どんなに素晴らしい人間なのかとか、この世にどれだけ必要な人間なのかとか、いろいろ言ってくれたのよ。もちろん、あることないことね」

 おばさんは、そう言って、笑いました。

でも、私は笑えません。そうまでして、私を助けてくれた死神さんを、笑えるわけがありません。

 それなのに、肝心の死神さんは、そんなことは、すっかり忘れたかのように

勝手に、冷蔵庫からビールを取り出すと今にも、飲みそうな勢いでした。

それが事実だとしても、まったく説得力がないし、信じられません。

でも、きっと、それが、本当なんだろうなと思いました。

「それにね、この子たちも、毎日、交代で二葉ちゃんをお見舞いに行って、命の灯が消えないようにがんばったんだよ。ウチの子たちのことも、褒めてやってくれるかい」

「もちろんよ。春男くん、夏男くん、秋男くん。梅子ちゃん、竹子ちゃん、松子ちゃん、ホントに、ありがとう」

「なにを言ってんだよ。俺たち、座敷童子だもん。当り前じゃん」

「そうよ。あたしたちは、幸せを運ぶ、妖怪だもん」

 この子たちは、妖怪なんだ。こんなに小さくても妖怪なんだ。幸せを運ぶ、素敵な妖怪。私は、もう一度、六つ子たちを抱きしめました。

「ほらほら、その話は、そこまでにして、料理ができたぞ」

 そこに、たくさんの料理を持って、大家さんとカン子さんが入ってきました。

あっという間に、テーブルの上には、私の大好きなものが、たくさん並びました。

焼肉、お寿司、天ぷら、から揚げ、お刺身、ステーキなどなど、豪華でおいしそうな料理がありました。

「それじゃ、二葉さんが、生き返ったことを祝して、乾杯!」

「カンパーイ!!」

 全員がグラスを持って、声を上げました。

だけど、私としては、その言い方は、釈然としませんでした。

「あの、死神さん、そんな言い方は・・・」

「いいから、いいから。とにかく、二葉ちゃんも飲みなさい」

 おばさんが間に入って、言い終わらないうちに、ビールを注がれました。

「それじゃ、もう一度、二葉さんが生き返ったことを祝して、カンパ・・・」

「もう、それは、いいです!」

 私は、死神さんを制して、自分のコップに入ったビールを一気に飲み干しました。

「いい飲みっぷりじゃない。やっぱり、生きてなきゃ、こんなことできないわよ」

 おばさんに言われて、妙に納得しました。

「二葉、二度ももらったその命、大事にしなさいよ」

「わかってます。もう、二度と、死んだりしません」

 ムツミちゃんに言われると、その通りだと思って、素直に言いました。

「ガオォ~」

「怪獣くんも、ありがとね」

「グオォ~」

 ムツミちゃんの肩に止まってる怪獣くんも、嬉しそうに笑っているように見えました。

「だけどさ、お兄ちゃんが戻ってきたから言うけど、お姉さん、どうするの?」

「なにが?」

「なにがって、お姉さんは、お兄ちゃんの気持ちは、わかってるんでしょ?」

 そう言われて、思い出した。ひろみくんは、実は、私のことが好きだとか言ってた。

戻ってきたのはうれしいけど、だからと言って、お付き合いとかは無理だ。

だって、体はひろみちゃんだから女の子だし、仲良くするのはいいけど、好きと言われても答えようがない。

「それは・・・」

「真面目に考えなくていいのよ。だって、お兄ちゃんと付き合ったら、あたしと付き合うことになるからそれじゃ、女同士だもんね」

 そう言って、ひろみちゃんは、笑ってジュースを一気に飲んだ。

「だけどさ、お兄ちゃんの気持ちだけは、わかってほしいんだ」

「それは、もちろんよ。ひろみくんのことは、私も好きよ」

「それならいいわ。ありがとうね」

 ひろみちゃんは、笑いながら言うと、私の肩をポンと叩くと、料理を取りに行った。なんか、ひろみくんにも、ひろみちゃんにも、中途半端な気持ちにさせて、自分が少しイヤになった。

「二葉ちゃん、モテモテね」

 チェリーさんが、真っ赤な顔で言いました。

「ちょっと、チェリーさん、酔っぱらってるんですか? 中学生なんだから、お酒はダメよ」

「なに言ってるのよ。二葉ちゃんがこうして戻ってきたのは、あたしのおかげでもあるのよ」

 ダメだ・・・ チェリーさんは、完全に酔っぱらってる。

てゆーか、誰が、お酒なんて飲ませたんだ・・・ それは、死神さんしかいない。

「ちょっと、死神さん」

「ハイ、何ですか?」

「チェリーさんに、お酒を飲ませちゃダメでしょ」

「今夜は、無礼講なんですよ。二葉さんが、この世に生き返ったお祝いの会で・・・」

「だから、それはいいんです。そうじゃなくて、中学生の女の子にお酒を飲ませちゃダメだと言ってるんです」

「チェリーさんは、立派な大人の女性ですよ。二葉さんも知ってるでしょ」

「そうだけど、今は、中学生なんだから、少しは、常識を持ってください」

 自分で言ってて、矛盾してると思った。もしかして、私も酔っているのだろうか・・・

死神に向かって、常識なんて通用するわけがない。そもそも、人間じゃないんだから、常識なんてあるはずがないのだ。

「お姉ちゃん、お風呂に入ろう」

 女の子たちに言われて、私は、手を引かれて、温泉に行くことになりました。

「それじゃ、みんなも行こうか」

「いいですな」

 一文字のおばさんの掛け声で、知らないうちに全員が温泉に入ることになった。

それなのに、死神さんとおばさんは、温泉の中でも、まだ、お酒を飲んでいる。

六つ子たちは、広い温泉の中を裸で元気に泳いでいる。

私は、久しぶりの温泉を堪能していた。もはや、死神さんとか六つ子の男の子たちに

裸を見られても、なんとも思わない自分が、どれみふぁ荘に染まっていることを自覚する。

そんなことは、もう、どうでもいいと思う自分がいた。

 それにしても、ゆっくりと温泉につかっているというのは、やっぱり、生きててよかったと思う。

「それぇ!」

 いきなり、男の子たちが、私にお湯をかけてきました。

「こら! 何をするの。静かに入りなさい」

「お姉ちゃんが、怒ったぞ」

「こら、待ちなさい」

 私と六つ子たちは、裸ん坊のまま、温泉の湯舟の中を泳いだりしながら追いかけっこを始めました。

「へへへ、お尻ぺんぺん」

「待ちなさい。捕まえて、お尻ぺんぺんするからね」

「やれるもんなら、やってみな」

「よぅし、そこを動かないでよ」

 私は、お湯をザバザバ立たせながら歩いて男の子たちを追います。

「ちょっと、二葉ちゃん。お酒が、零れるだろ。静かにして」

「まったく、生き返ったそばからこれじゃ、先が、思いやられますな」

 おばさんと死神さんが言いました。

「そんなことありません。だいたい、あの子たちが・・・」

「二葉、裸で何をしてるんだ。少しは、女らしくしたらどうだ」

 言い返そうとしたところで、ムツミちゃんの冷静な大人びた声がしました。

「そういう、ムツミちゃんは、ちっとも子供らしくないんだけど」

「なんですって。もう一度、言ってみなさい。命の恩人にそんな言い方は、失礼じゃないの」

「それとこれとは、別よ。ムツミちゃんも、もっと、子供らしくしないと、可愛くないわよ」

「言ったわね。このペチャパイ」

「ムツミちゃんほどじゃないわよ。悔しかったら、早く、大人になってみなさい」

「二葉」

 ムツミちゃんは、静かにそう言うと、指をパチンと鳴らしました。

すると、頭の上から、大量のお湯が滝のように落ちてきました。

頭から、びしょ濡れになった私は、一気に頭に血が上ります。

「ちょっと、なにするのよ」

「仕返しよ。魔女に逆らうと、そうなるのよ」

「魔女じゃなくて、魔女見習いじゃない」

「言ったわね」

 そう言うと、今度は、冷たい水が頭に落ちてきました。

「ちょっと、冷たいじゃない。風邪を引いたらどうするのよ」

「いい気味だわ」

「言ったわね」

 私は、ムツミちゃんに掴みかかって、お湯に顔を押し付けました。

「ちょ、ちょっと・・・」

「大人を怒らすと、こうなるのよ」

 私は、剥きになって、お互いびしょ濡れになりました。

だけど、お湯から顔を出すと、ムツミちゃんも私も大笑いしました。

「二人とも、子供ね・・・」

 ポツンと、言ったチェリーさんの一言は、私とムツミちゃんの怒りに火を付けました。

それからというもの、女三人で、お湯のかけっこで大盛り上がりです。

「まったく、見ちゃいられませんな」

「上がって、冷たいビールでも飲み直しますか」

 おばさんと死神さんは、六つ子たちも巻き込んでの、お湯かけ合戦を尻目に

呆れたように温泉から出て行きました。私たちは、はしゃぎながら、笑いあって

いつまでもお湯をかけあっていました。


 私がどれみふぁ荘に来て、アレから、もう3年になりました。

相変わらず、仕事もがんばっています。ペットショップでは、なんと、この私が店長になりました。

店長だった、オーナーの奥さんは、趣味のペットの服を作っていたのが、

人気を呼んで、独立してお店を出すようになりました。

 アルバイトだった、二人の学生は、そのままペットショップに社員として就職して

トリマーだった先輩は、今もお店でがんばっています。

新米店長の私を助けて、とても頼りになる尊敬できる先輩です。

毎日、ペットたちに囲まれて、楽しく仕事をしています。

 そして、肝心のどれみふぁ荘のみんなも、相変わらずです。

でも、みんなそれぞれ成長しました。

 幼稚園だった六つ子たちは、小学生になり、男の子も女の子も、生意気盛りです。

毎朝、私を起こしてくれるのは、今も変わっていません。

 小学生だったムツミちゃんは、中学生になりました。

魔女見習いだった彼女も、見習いから正式な魔女に昇格しました。

女王候補になるために、今も人間界で修行中です。

怪獣くんは、今も彼女の肩で、ときどき火を吐いたり、私に吠えたりしてきます。

 中学生だったチェリーさんは、高校生になりました。

しかも、一年生で、いきなり生徒会長になり、学校を支配しています。

謎の研究は、今も続いて、不思議なキャンディーを今日も舐めて、大人になったり子供になったりしてプライベートが謎なのは、今も変わりません。

 高校生だった、ひろみちゃんとひろみくんは、大学生になりました。

今日も一つの体に二つの魂が混じったまま一人兄妹ケンカをしています。

ひろみちゃんは、ソフトボールで日本一になり、次は、世界一と張り切っています。

それは、ひろみくんの力も手伝ったと思うけど、ひろみちゃんの努力と体力の賜物だと思います。

ひろみくんは、まだ、野球がしたいらしく、いつもひろみちゃんとケンカになるけど

私としては、また、ひろみくんの野球をしている姿も、また見てみたいと思ってます。

 でも、まったく変わらない人もいました。

一文字のおばさんは、六つ子たちの世話から卒業したので、働き始めました。

しかし、どこで、どんな仕事をしているのか教えてくれません。

相変わらず元気で、ちっとも変わらない、不思議な人でした。

 そして、もう一人。死神さんも変わっていません。

毎日、どこかに出て行って、遅くに帰ってきます。どこで、魂を仕入れているのか

聞くのが怖くて、今も聞けません。

 洗濯ロボットのピョン太さんは、洗濯するだけではなく、アイロンもかけられるようになりました。チェリーさんが、何やら改造したらしいです。

 犬のケンイチロウさんも、毎日元気に暮らしています。

一文字のおばさんの話では、散歩する先で、可愛い女の子の犬に恋をしたらしく

最近では、散歩に行くのをねだるようになりました。

 大家さんも変わっていません。いったい、今、何歳なのか、まったくわかりません。それでも、今日も元気です。今日は、どこか知らない世界で寄り合いがあるとか言ってました。知らない世界って、どんな世界なんだろう・・・

 そんなこんなで、私も元気です。仕事も楽しいし、アパートは、もっと楽しい。

毎日、充実している日々に感謝すると同時に、張り合いがありました。

「お姉ちゃん、朝だぞ」

「二葉お姉ちゃん、起きてよ。あたしたち、学校行くからね」

「おはよう」

「おはようじゃないって。早く起きて、ご飯食べろよ」

「わかってるわよ」

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 私は、ふとんの中から六つ子たちを見送りました。

私は、もぞもぞしながらふとんから起きて、着替えを済ませて、洗面所で顔を洗って

歯を磨いてから、食堂に向かいます。

「二葉さん、おはようございますピョン」

「ピョン太さん、おはよう」

「洗濯物は、あるピョン?」

「後で出しておくから、お願いね」

「わかったピョン」

 私は、ピョン太さんに挨拶して、食堂に行くと、朝ご飯のおいしそうなニオイがしました。

「カン子さん、おはようございます」

 賄をしてくれるカン子さんに挨拶すると、早速、ザ・朝食というご飯に味噌汁、

焼き鮭に焼き海苔、卵焼きとお新香と今日は、昆布の佃煮もありました。

 カン子さんは、最近になって、表情が柔らかくなった気がします。

今まで無表情だったのが、口元が笑った感じに見えるようになりました。

私は、手を合わせて、感謝をこめて言います。

「いただきます」

 そして、ご飯を食べました。カン子さんの作る料理は、どれも最高においしい。

外食をしなくなったのは、カン子さんが作るご飯のがおいしいからです。

おかげで、健康になったけど、少し太ったかなと感じる今日この頃でした。

 朝ご飯を食べて、着替えを済ませて、今日も仕事に向かいます。

すると、玄関の廊下を一文字のおばさんが掃除をしていました。

「おや、仕事かい」

「ハイ、行ってきます」

「気を付けていきなさい」

 おばさんは、廊下を雑巾できれいに拭いています。

気になって、それとなく聞いてみました。

「おばさんが掃除なんて、珍しいですね」

 掃除は、ピョン太さんやアパートのみんなと交代制でやるようにしてます。

おばさんと死神さんは、掃除は思いっきり拒否しているので、やってる姿は見たことありません。

「今日は、特別なんだよ」

「なにが、特別なんですか?」

 私は、さらに聞いてみました。すると、おばさんの口から、驚く言葉を聞きました。

「今日は、新人が来るんだよ」

「えっ! 新人て・・・」

「いよいよ、二葉ちゃんも先輩だね。今日は、新しい住人が来るんだよ。

二葉ちゃんも先輩なんだから、親切にしてやるんだよ」

 ビックリする一言でした。どれみふぁ荘では、私が一番新人です。

それなのに、新しい住人がやってくるなんて、そんなことを聞いたら、うれしくなりました。

「どんな人なんですか?」

「さてね・・・」

「イジワルしないで、教えてくださいよ」

「もうすぐ来るよ。とにかく、仕事に遅れるでしょ。早く行ってきなさい」

 私は、時計を見て、慌てて靴を履いて玄関の扉を開けました。

「帰ってからのお楽しみだから。今日は、早く帰ってきなさいね」

「ハ~イ」

 私は、後ろ髪を引かれる思いで、玄関を出ました。

「ワンワン」

「おはよう、ケンイチロウさん。今日は、新しい人が来るんだって。来ても、吠えちゃダメよ」

「ワンワン」

 私は、ケンイチロウさんにそう言って、門を出ました。

そして、角を曲がった時でした。誰かにぶつかってしまいました。

「あっ、ごめんなさい」

「いえ、ぼくの方こそ、前を見てなくて、すみませんでした」

 そう言ったのは、まだ、あどけない顔をした少年でした。制服を着ているので、高校生かもしれません。

「あの、ちょっと道を聞いていいですか?」

「いいわよ。どこに行きたいの?」

「あの、アパートを探してるんです」

「アパート?」

「ハイ、今日から、そこに住むことになったんです。それで、探しているんですけど

ここは、初めてなので、迷子になって・・・」

「大丈夫よ。私が教えてあげる。アパートの名前は?」

「ハイ、どれみふぁ荘です」

 私は、その一言を聞いた瞬間、胸が熱くなって、なぜだか知らないけど、心が弾んでくるのを

感じました。突然のことに、立ち尽くしている私を見て、少年が言いました。

「あの、お姉さん・・・」

「ねぇ、キミの名前、聞いていい?」

「ぼくの名前は、七瀬裕作と言います」

 間違いない。この子が、どれみふぁ荘の新しい住人だ。名前に、数字が入っている。

しかも、七だ。私は、瞬間的に、その子の手を取って、踵を返していました。

「あの、お姉さん・・・」

 いきなり、大人の女性に手を握られて、戸惑っている少年を見ながら言いました。

「私の名前は、春野二葉。キミの先輩よ。どれみふぁ荘は、とっても、いいところよ。

きっと、キミのこと、歓迎してくれるわ」

 私は、そう言いながら、少年をどれみふぁ荘に案内しました。

「ケンイチロウさん、おばさんを呼んで」

 私は、犬のケンイチロウさんに言うと、少年を玄関の前に背中を押して付き出します。

「ここが、どれみふぁ荘よ。これから、ここがキミの家。キミの居場所。素敵な仲間がいるのよ」

 私は、朝日を浴びながら、自信を持って、少年に言いました。

「これから、ここで、新しい毎日が始まるのよ」

 私は、そう言って、少年に胸を張りました。

「おや、早いね。もう来たのかい」

 一文字のおばさんが玄関から顔を出して、私たちを見て言いました。

「それより、二葉ちゃん、仕事はいいのかい? 今、何時だと思ってるの」

「あっ、いけない。それじゃ、少年・・・ じゃなくて、七瀬くん、また、後でね。

おばさん、行ってきます」

「まったく、二葉ちゃんは・・・」

 私は、小走りで駅まで向かいました。今日も、太陽がまぶしい。

今日は、いい日になりそうな予感がしました。私は、太陽の日差しを浴びながら駅まで走りました。

素晴らしい一日の始まりでした。今日もがんばろう。心の中でそう呟くのでした。

           



                                終わり

 

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どれみふぁ荘のおかしな住人達。 山本田口 @cmllaaa

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