第13話 私が死んだ日。

 ここは、どこだろう?

目が覚めた時に最初に目に入ったのは、真っ白い天井でした。

でも、蛍光灯のようなものはなくて、真っ白い雲のようなものが、浮いているだけでした。

 ここは、病院だろうか?

そう思って、周りを見ても、白い雲のような霧がかっているだけで

私が寝ているのも、ベッドというより、フワフワした雲に乗っているような感じでした。私は、体を起こすと、今度は、自分が着ている服に驚きました。

「なにこれ?」

 思わず口に出てしまいました。それは、真っ白いドレスのような服を着ていたのです。

「てゆーか、ここ、どこよ?」

 私は、周りを見渡しながら呟きます。すると、聞きなれた懐かしい声が聞こえました。

「やっと、起きたね。二葉ちゃん、久しぶり」

 その声は、あのひろみくんです。忘れるわけがありません。もう一度、会いたいと思っていた、あのひろみくんの声がしたのです。私は、どこから聞こえるのか探してみると靄がかかった霧をかき分けて、ひろみくんが歩いてきました。

「ひろみくん!」

 私は、立ち上がって、ひろみくんに近づこうとしました。

「ストップ!」

 ひろみくんは、いきなり片手を前に出して、私を止めました。

そして、ゆっくり近づいてくると、衝撃的な話を始めました。

「あのさ、二葉ちゃんは、ここがどこだかわかってる?」

「あっ、いや、それは・・・」

「わかんないよね。わかるわけがないさ。だって、二葉ちゃんは、死んじゃったんだからね」

「ハイ?」

 私は、なにを言ってるのかわかりませんでした。私が死んだ? 何を言ってるんだろう。

死んだのは、ひろみくんの方じゃないか。アレ? 待てよ、死んだひろみくんと会ってる私は、なんなの?

「死神から言われたこと、忘れたの?」

「えっと・・・」

「まだ、二葉ちゃんは、寿命じゃないってこと。一つしかない命を大事にすること。親からもらった体は、大切にすること。まさか、忘れたわけじゃないよね」

「もちろん、忘れてないわ」

「だったら、どうして、ここにいるの?」

 ひろみくんは、少し厳しい口調で言いました。

私は、もう、何も言えず、黙って下を向くしかありません。

その前に、自分の置かれた状況が、わからないのです。

「ここは、天界と地獄界の入り口。これから、神様の判断で、天国に行くか、地獄に行くか決まるの。俺は、ここで、それを待ってるってこと」

「それじゃ、私は・・・」

「だから言ってるだろ。二葉ちゃん、死んだの」

「死んだ! この私が? まさか・・・だって、こうして生きてるじゃない」

 私は、そう言って、ひろみくんに笑いかけました。

でも、ひろみくんは、真面目な顔をして、決してふざけていません。

「今の二葉ちゃんは、俺と同じで魂だけなの。だから、生きているとは言えないわけ。死んだも同然で魂だけの存在」

「それじゃ、私は、ホントに死んじゃったの?」

「そうだよ。ウソだと思うなら、自分の顔を触ってみなよ」

 そう言われて、私は、自分の両手を見詰めました。すると、その手は、ビックリするくらい白く透き通るほどでした。そのまま、自分の顔を触ります。なのに、触った感触がありません。

「ウソ!」

「ウソじゃないよ。自分の顔を触れないだろ。だって、魂だけだもん」

 自分の頬を触っても、触ることができません。自分の顔を透き通って、触ることができないのです。

「わかった」

 ひろみくんに言われて、やっと、自分の立場が実感しました。

すると、悲しくなって、涙が溢れて声をあげて泣きました。

「うわぁ~ん。私、死んじゃったぁ・・・お父さん、お母さん、お兄ちゃん・・・」

 私は、声をあげて泣き続けました。涙が次から次へと両目から溢れて止まりません。

「うわぁ~ん、どうして、死んじゃったのぉ・・・」

 ひとしきり泣くと、ひろみくんが言いました。

「落ち着けよ」

「これが、落ち着いていられるわけがないでしょ。私、死んじゃったのよ。これから、どうするのよ」

 大粒の涙が流れて、いくら拭いてもそれは止まりませんでした。

「ちょっと、落ち着けって。いいから、泣きやめよ」

「だって、もう、お父さんにもお母さんにも、お兄ちゃんにも会えないのよ。私、まだ、若いのよ。これから、やりたいことたくさんあるし、お嫁にも行ってないのよ。なのに、死んじゃったのよ」

 余りのことに、頭は混乱して涙は止まらないし、もう、どうしたらいいかわかりません。

「話を聞けよ」

「もういいわよ。どうせ、死んじゃったんだもん。もう、どうすることもできないわ。可哀想な私・・・」

 こうなったら、もう、どうにでもなれって感じで、やけくそでした。

「二葉ちゃん! 落ち着けよ」

 ひろみくんが、大きな声で言いました。

私は、泣き顔のまま、ひろみくんを見上げます。

「心配するなって。死神が言っただろ、二葉ちゃんは、まだ、寿命じゃないって。だから、生き返させるから」

「えっ?」

 今、なんて言ったの? 私を生き返らせる・・・そんなバカな。

「今な、どれみふぁ荘の人たちが、みんな二葉ちゃんを生き返らせるために、がんばってるんだから二葉ちゃんも、死んだなんて言うなよ」

「生き返るって、そんなこと、出来るの?」

「出来るさ。そのために、俺が迎えに来たんだからさ。それにしても、起きるの遅いよ。一ヶ月も寝たきりなんだもん。

このまま起きなかったら、ホントに死ぬとこだったんだぜ」

「一ヶ月も・・・」

「そうだよ。だから、もう、時間がないんだ」

「時間て?」

「ったく、説明が長くなるから、今は言わない。時間がないから、もう、行くよ」

「行くって、どこに?」

「決まってるだろ。病院だよ。自分の体に戻らなきゃ、生き返れないだろ」

 もう、頭の中がパンクして湯気が出ている。自分が死んだとか、生き返るだとか、魂だけだとか何が何だかわからない。

「ほら、行くよ」

 そう言って、ひろみくんが手を出しました。

「どうした? 自分の体に戻りたくないの? どれみふぁ荘の人たちとか、お母さんとかに会いたくないの?」

 私は、首を横に振りました。

「だったら、早くしないと、もう時間がないんだよ。死神たちも、限界があるからさ。一ヶ月も二葉ちゃんの体を維持させるのだけでも、大変なんだから、早く行くよ」

 それでも、私は、今の状況が呑み込めなくて、ひろみくんの手を取ることも立ち上がることもできませんでした。

「あぁ~、もう、じれったいな。悪いけど、失礼するよ」

 そう言うと、ひろみくんは、私を抱き上げたのです。

「ちょ、ちょっと待って。そんなこと・・・」

「急いでるって言ったでしょ」

「でも、私、重いでしょ」

「そんなわけないだろ。さっきも言ったけど、魂だけなんだから、体重なんてないの。軽いだけさ」

 そう言うと、私を両手でお姫様抱っこをしたままフワフワした雲の上を歩きました。

「しっかり捕まっててよ。もっとも、そうもいかないか」

 そう言うと、雲の端まで歩いて行くと、そこから飛び降りたのです。

「ちょ、ちょっと、ひろみくん・・・」

「大丈夫だって、魂だけなんだから。下を見てみな」

 ゆっくり目を開けると、私とひろみくんは、雲を突き抜けて、さらに、青空まで突き破るような勢いで地上まで一直線に落ちていきました。なのに、落ちるという感覚はありません。

風に揺られて浮いているという感じでした。髪も服も風に吹かれても、ちっと揺らぐことはありません。

「二葉ちゃんは、一ヶ月も寝たきりだったんだよ」

 私は、ひろみくんに抱かれながら落ちていくときに、話を聞かせてくれました。

「それにしても、いくら犬を助けるためとはいえ、車に飛び込むなんて、自殺も同然じゃないか。右足は骨折、内臓破裂、脳挫傷で即死だったんだぞ」

「そうなの!」

 今、初めて知りました。確かに、犬を助けようとしたのは、微かに覚えているけど、車に轢かれて死んだとは、ひろみくんから聞くまで知らなかったのです。記憶が消えていたのかもしれません。

「ペットショップの人が、救急車を呼んでくれたけど、もう、息がなくて、病院についてから大家さんが二葉ちゃんの両親に連絡して、もう、大変だったんだぜ」

「そうなんだ・・・ お母さんたちにも、悪いことしちゃったな」

「ホントだよ。自分から、車に飛び込むなんて、自殺するようなもんだぜ。死神も呆れてたよ」

「ごめんなさい」

「謝るなら、両親とお兄さんに言うんだな。大家さんが説得して、葬式を上げずに、生き返るのを待っててくれたんだからさ」

「そうなんだ」

「とにかく、詳しい話は、生き返ってから、アパートで聞くことだね。ほら、もう、見えてきた。アレが、二葉ちゃんが入院している病院だよ」

 ひろみくんは、大きな病院の屋上に降りると、屋上に立たせてもらいました。

「さて、ここから先は、一人で行くんだよ。がんばってね」

「でも、私だけじゃ、どうすればいいかわからないし、ひろみくんもついてきてよ」

「ダメダメ。ここから先は、自分の問題だから、二葉ちゃんが一人で行くんだ。心配しなくても、自分の体だから、すぐにわかるって、それじゃな、がんばって」

「あっ、ひろみくん・・・」

 そう言い残して、ひろみくんは、空の彼方に消えていきました。

一人取り残された私は、屋上に一人で佇むしかありません。

「どうしたらいいのよ・・・」

 私は、そう言いながら、また、悲しくて涙が出てきました。

『二葉ちゃん、自分を信じて目を閉じて、自分の体を思い出すんだ。そうすれば、呼んでくれるから』

 空の向こうから、ひろみくんの声が聞こえてきました。

私は、涙を拭いて、両手を合わせて、目を閉じました。

言われるとおり、自分の生きていたころを思い出しました。

 子供の頃に、お父さんとお母さんに遊んでもらったこと。お兄ちゃんとケンカした時のこと。たくさんの動物たちに囲まれたペットショップで働いていた時のこと。

おかしな人たちと毎日賑やかに暮らした、どれみふぁ荘のこと。

 いつもからかわれてばかりの六つ子たち。お酒ばかり飲んで笑っている一文字のおばさん。

空飛ぶほうきに乗ってる魔女見習いのムツミちゃんとペットの怪獣くん。

大人なのに中学生になった天才少女のチェリーさん。

いつもおいしい食事を作ってくれる賄のカン子さん。

可愛い洗濯ロボットのピョン太さん。白くて大きな犬のケンイチロウさん。

私をバカにしてるけど、ホントはいい人なのかもしれない死神さん。

謎の大家さん。たくさんの人たちに恵まれた私の人生。

そんなことが思い浮かんでくると、誰かが私を呼んでました。

それは、自分でした。私の体が呼んでる。そう感じると、魂だけの私は、病院の床や壁などを透き通って、自分が寝ている病室まで行きました。

「アレが、死んだ自分なんだ」

 天井から見る自分の体は、自分であって自分ではないような気がしました。

寝ている自分のそばには、お父さんとお母さん、お兄ちゃんが心配そうに座っていました。それを見ると、また涙が出てきました。

 そう思った瞬間、私は、自分の体に吸い込まれるように飲み込まれました。

そして、ホントに目が覚めました。意識が戻ったのです。

 目を開けると、病室の天井が見えました。明るい蛍光灯の眩しいくらいの光が目に入りました。

「お父さん」

 私は、小さな声で言いました。すると、お父さんが、ビックリしたような顔で私を見詰めました。

「二葉・・・」

「ごめんね、死んだりして」

「二葉ちゃん・・・」

 お母さんが、私の顔を覗き込みながら信じられないという顔をしていました。

「二葉、俺がわかるか?」

「お兄ちゃんでしょ」

「二葉・・・」

 お兄ちゃんが、泣きながら私の手を取って、何度も頷いていました。

「二葉、ホントに、二葉なんだな」

「そうよ。私よ」

「母さん、二葉が、生き返ったぞ」

「二葉ちゃん・・・」

 お母さんが、私に抱きついて声をあげて泣き始めました。

「よかった。ホントによかった」

「俺、先生を呼んでくる」

 お兄ちゃんが、涙を拭きながら言うと、部屋を出て行きました。

それからというもの、病院中は大騒ぎでした。もっとも、私は、寝ているだけなので、何もしてなかったけど

先生や看護婦さんたちは、大変だったみたいです。何しろ、死人が、生き返ったんだから・・・

 その日は、遅くまで検査の連続でした。骨折していた脚も、脳挫傷も、内臓も、完璧に治っていて先生たちは、首を傾げるばかりでした。もちろん、私もそうです。

 私を轢き殺してしまった運転手も、殺人から事故として処理されて、無事に釈放され、無罪となり、病院まで謝罪に来てくれました。

しきりに謝っていたけど、むしろ、私の方が頭を下げるばかりで恐縮しました。

 また、私が助けた犬も無事だったらしく、飼い主がお詫びに来てくれました。

私としては、自分の不注意だったこともあり、深く反省しながらも、犬が無事だったことでホッとしました。ペットショップのオーナーや店長たちも、お見舞いに来てくれてとても喜んでいました。退院したら仕事復帰することも約束してくれました。

 とにかく、その日は、一日中検査とお見舞いに来てくれた人たちで、私も大忙しでした。

両親も娘のしでかした事に、頭を下げてばかりで、自分も大いに反省しました。

結局、明日一日様子を見て、よければ即日退院ということになりました。

 夜になって、両親たちは、一度、帰って行きました。

一人になると、病院のベッドに横になったまま、いろいろ考えました。

どうして生き返ったのか? これから仕事復帰すること。いろんな人に心配をかけて

ホントに申し訳ないことをしたなと、心から反省しました。

 それにしても、どれみふぁ荘の人たちが、誰も来ないというのが、一番不安でした。一人くらい、お見舞いに来てくれてもいいのにと、思いながら天井を見詰めていました。すると、ドアがノックされました。

「ハイ」

 私が言うと、ドアが開いて、看護婦さんが食事を持ってきてくれました。

「お食事ですよ」

「ありがとうございます」

 私は、体を起こすと、テーブルに食事を置いてくれました。

久しぶりに食べる食事に、お腹が鳴って、恥ずかしい思いをしました。

「まったく、二葉ちゃんたら、みんなに心配かけて、一時は、ホントに死んだから、みんなびっくりしたのよ」

 いきなり、看護婦さんがそんなことを言うので、私は、驚いて顔を上げました。

すると、その、看護婦さんは、呆れたような顔で笑っていました。

「生き返ったら、あたしのこと、忘れちゃった?」

 そう言われて、私は、ハッとしました。

「チェリーさん!」

「今頃気が付くなんて、遅いわよ」

 私は、大人になったチェリーさんを見て、うれしくなると同時に、懐かしい思いがこみ上げて

涙が自然と溢れてきました。

「チェリーさん・・・」

「また、泣く。生き返っても、泣き虫は、変わってないわね」

「だって・・・」

「いいから、ご飯食べなさい。お腹、空いてるでしょ。一ヶ月ぶりの食事だもんね」

 私は、涙を拭いて、軽く頷くと、ご飯を食べました。

久しぶりに食べる食事は、お腹も空いていたこともあり、とてもおいしく感じました。早く、どれみふぁ荘に戻って、カン子さんが作る、おいしいご飯をみんなと食べたくなりました。

 チェリーさんは、ベッドの端に腰を下ろすと、話し始めました。

「明日、退院だってね」

「ハイ、そのつもりです」

「みんな、待ってるからね」

「うん」

「いいこと、明日、ムツミが迎えに来るから、いっしょに帰ってきなさいね」

「ムツミちゃんが?」

「生き返ったとはいえ、一ヶ月も寝たきりだったのよ。一人で帰ってこられないでしょ」

 そう言われると、私は、返す言葉がない。

「お父さんたちは?」

「どれみふぁ荘にいるわよ」

「ホントに!」

「当り前でしょ。一ヶ月も、ホテルに泊まったら、お金かかるでしょ。だから、二葉ちゃんの部屋に泊ってもらってたのよ」

「そうだったの・・・」

 私は、知らなかった事実を聞いて、胸が熱くなりました。

「どうして、私は、生き返ったの? 傷も治ってるし、先生たちがビックリしてたわ」

「詳しいことは、どれみふぁ荘に戻ったら、聞いてみるといいわ。だけどね、これだけは、覚えておいてね」

 チェリーさんは、そう言うと、私を見詰めながら言いました。

「みんな、二葉ちゃんのこと、心配してたのよ。全員で、交代で二葉ちゃんの命を助けたのよ。二葉ちゃんは、寝てたから覚えてないと思うけど、みんなの力があったから助かったのよ。だから、そのことだけは、忘れちゃダメよ」

「わかった。忘れない」

「よくできました。それなら心配ないわね」

「だけど、みんなが私の命を助けたって、どうやって・・・」

「決まってるでしょ。六つ子たちは、座敷童子なのよ。幸せを呼ぶ妖怪が六人もいるのよ。二葉ちゃんの命が消えないように、毎日、気を注入してたのよ。ムツミちゃんの魔法で心臓を動かしたり、死神だって寿命が尽きないように、あの世とこの世を行ったり来たりして、神だか何だかを説得しに行ったり大変だったんだから。ひろみくんに会ったでしょ」

「会ったわ。それは、覚えてる」

「ひろみくんに頼んで、二葉ちゃんを連れてくるように頼んだのも、死神なのよ。

もちろん、あたしだって、体が元に戻るように、薬を調合したんだからね」

「そうだったんだ・・・ ホントにありがとう」

 私は、素直に頭を下げて、お礼を言いました。

「もう、いいわよ。その代わり、退院したら、ちゃんと戻ってくるのよ」

「わかってる。絶対、戻るから」

「それと、みんなと会っても、絶対に泣かないこと。ちゃんと生き返ったんだから、

笑顔で戻ってくること。いいわね、約束よ」

「うん。約束する。絶対、泣かない」

「それじゃ、待ってるからね」

 そこに、また、看護婦さんが入ってきました。

「食事を持ってきました。あら? もう、食事、きてたの?」

「ハイ、私が、先に持ってきました」

 チェリーさんが、真面目な顔をして答えました。

「そうだったかしら? でも、あなた、見ない顔ね。外科に、あなたみたいな人、いましたっけ?」

「今日、入った新人です。よろしくお願いします」

 私は、キョトンとして二人を見ていました。

「それじゃ、私は、失礼します。明日、待ってるからね」

 そう言うと、チェリーさんは、ウィンクすると、軽く手を振って、部屋を出て行きました。

「それにしても、食事のメニューが違うわね」

 食べかけの私の食事を見て、看護婦さんが言いました。

その時、私は、あることに気が付きました。

チェリーさんは、不思議なキャンディーを舐めて、大人になって、看護婦さんに化けて無断で入ってきたんだ。

もしかして、私がいま食べたこの食事は、カン子さんが作ってくれたもの・・・

きっとそうだ。だから、おいしく食べられた。看護婦さんが持っている食事は、お粥とフルーツだけだ。

一ヶ月も寝たきりだった私が、いきなり普通の食事なんて食べられるわけがない。

だけど、私が食べた食事は、病院食にしては、とてもおいしかった。

これは、間違いなく、カン子さんが私のために作ってくれた食事に違いない。

 白くておいしいご飯。出汁がきいたお味噌汁。甘くておいしい卵焼き。塩味がうっすらついているぬか漬け。私がいつも食べているご飯で、大好きなメニューだ。そう思うと、涙が溢れて止まりませんでした。

私は、涙をしゃくりあげながら、食べかけのご飯をおいしく食べました。

一口食べるごとに、みんなのことが思い浮かんできました。

 大きな体でみんなを包んでくれる頼もしい一文字のおばさん。

その子供の座敷童子の六つ子たち。口は悪いけど、いつも助けてくれるムツミちゃんと怪獣くん。謎だらけの天才少女のチェリーさん。私をからかってばかりでも、ホントは頼りになる死神さん。一人の体に二人の魂が入っている、ひろみくんとひろみちゃん。毎日、おいしいご飯を作ってくれるカン子さん。いつも私を気にかけてくれる大家さん。そして、洗濯ロボットのピョン太さん。私に懐いている、白い犬のケンイチロウさん。ペットショップの従業員のみんな。そして、私の家族。一人一人の顔を思い浮かべると、涙が止まりませんでした。

「早く会いたいよ。みんなに、会いたいよ」

 私は、泣きながらご飯を食べました。この味は、一生忘れない味となったのは、言うまでもありません。

その日の夜は、ふとんを被って、泣きながら夜を明かしました。


 翌日、朝一番で、先生から退院許可が下りました。

私は、着替えを済ませて、着替えだけが詰まった荷物をまとめていると、ドアが開きました。

「二葉、迎えに来たわよ」

「ムツミちゃん」

 私は、久しぶりに見るムツミちゃんに駆け寄ると、しっかり抱きしめました。

「ありがとう。ムツミちゃん・・・」

 そのまま、嗚咽が止まりませんでした。

「ほら、何してんのよ。帰るわよ」

 私は、涙をしゃくりあげながら何度も頷きました。

すると、ムツミちゃんの肩に止まっている怪獣くんが、ピョンと私の肩に飛び乗ると

私の涙を真っ赤な舌で舐めてくれました。

「怪獣くんも、ありがとね。心配かけたね」

「ガウゥ~」

 小さく泣くと、大きな丸い目を細くして、笑っていました。

「泣かないって、昨日、チェリーと約束したんでしょ」

「うん。ごめん、もう、泣かない」

 私は、立ち上がって、言いました。

「まったく、二葉は、生きてても死んでても、世話が焼けるんだから」

 ムツミちゃんは、そう言いながらも笑顔でした。

私は、退院の手続きをして、一ヶ月ぶりに外の空気を吸いました。

「それじゃ、行くわよ」

 そう言うと、空飛ぶほうきを取り出しました。

私は、当たり前のようにそれに跨りました。もう、それが普通なのです。

そして、ムツミちゃんの腰に両手を回して、しっかり捕まります。

「落とさないでよ」

「当り前でしょ。あたしを誰だと思ってるの?」

「魔女見習いでしょ」

「ふん」

 そんな会話が、私は生き返ったという実感がわきました。

ムツミちゃんは、軽く足を蹴ると、ほうきはゆっくり空に浮かび上がります。

人気がない早朝の病院の前で、私は、空飛ぶほうきに乗って空を飛びました。

「ガオォ~」

 怪獣くんが、私の肩にしがみ付きながら、青空に向かって吠えました。

「ガオォ~」

 私も怪獣くんの真似をして、吠えてみました。

「ガオォ~」

「ガオォ~」

 怪獣くんと私は、吠えました。

「アンタたち、何やってんの?」

 そんな私たちを見て、呆れたようにムツミちゃんが笑いました。

そして、私たちを乗せた空飛ぶほうきは、風を切って、青空を飛びました。

朝の空気が冷たくて、とても気持ちがいい。生きているという実感がしました。

空を飛ぶということが、こんなに楽しいとは思いませんでした。

もう、怖いとかは、何も感じません。ただ、楽しくて、たまらないのです。

 やがて、私を乗せたムツミちゃんは、空飛ぶほうきは、高度を落としていきます。

無事に着地すると、ムツミちゃんが言いました。

「ここから先は、一人で行きなさい」

「えっ?」

「そこを曲がれば、どれみふぁ荘だから。ここからは、二葉一人で行くのよ。あたしは、先に行ってるから」

 そう言うと、ムツミちゃんは、ほうきに跨ると、あっという間に、行ってしまいました。

前を見ると、見慣れた壁がありました。この道を少し歩けば、どれみふぁ荘だ。

私は、自分に気合を入れて、前を向いて、一歩を踏み出しました。

それでも、近くなると、心臓がドキドキしてきました。

「泣いちゃダメ。泣いちゃ、ダメよ」

 私は、そう自分に言い聞かせながら歩きました。

そして、この角を曲がればどれみふぁ荘が見える。そう思いながら、一度、深呼吸をしてから、足を踏み出しました。

 角を曲がると、どれみふぁ荘の建物が見えました。

昭和時代を思い起こさせる木造の古いアパート。その中央にある時計台。両開きの昔ながらの玄関。

ちっとも変ってないその様子に、私は、帰ってきたことを感じさせました。

 私は、一歩ずつ進むと、玄関わきにつながれている、白い大きな犬のケンイチロウさんいました。

「ワンワン」

「ケンイチロウさん、ただいま」

「ワンワン」

 ケンイチロウさんは、シッポを大きく振りながら、私にじゃれついて吠えまくっていました。

その声に気が付いたのか、玄関が左右に開きました。

「お帰り、二葉ちゃん」

「お帰りなさい、二葉さん」

「お姉ちゃん、お帰り」

「二葉お姉ちゃん、お帰りなさい」

 みんなが出迎えてくれました。みんなの顔を一人ずつ見ていると、涙が今にも溢れそうです。でも、約束したんだ。戻ってきたときは、笑顔で会うって・・・ 

だから、私は泣かない。

「ただいま」

 私は、元気良く、みんなに挨拶しました。

すると、六つ子たちが私に集まってきました。

「ホントにお姉ちゃん?」

「そうよ」

「ホントにホント」

「ウソじゃないわよ」

「それじゃ、ぼくの名前言ってみてよ」

「夏男くんでしょ」

「ピンポーン」

「それじゃ、ぼくは?」

「キミが春男くんで、こっちが秋男くんでしょ」

「当たった・・・」

 男の子たちが唖然として顔を見合わせていました。

「それじゃ、あたしは?」

「梅子ちゃんでしょ」

「当たってる」

「あたしは?」

「あなたが松子ちゃんで、こっちが竹子ちゃんね」

「すごい、当たってるわ」

「今まで、間違ってばかりだったのに・・・」

「どうしてわかったの?」

「う~ン、なんとなくかな。でも、もう、見分けがつくようになったから大丈夫よ」

 自分でも、わからないけど、六つ子たちの顔と名前が、見分けがつくようになっていました。

「やっぱり、二葉お姉ちゃんだ」

「お姉ちゃんが、戻ってきた」

 そう言うと、私に抱きついてきた春男くんが、急に泣き出しました。

「うわぁ~ン、よかった。よかったよぉ・・・」

「こら、春男、泣くんじゃない。泣かないって言ったじゃないか」

「だって、うれしいんだもん」

「そうよ、うれしいんだから、しょうがないじゃない」

「うぇ~ン・・・」

「竹子ちゃんまで、泣くな」

「そういう、夏男ちゃんも泣いてるじゃない」

「うるさい、俺は、泣いてなんかないぞ」

 六つ子たちは、私に抱きついたまま、みんな声をあげて泣き始めました。

それを見て、私も涙が溢れそうでした。でも、私は、我慢しました。

この子たちの前で、泣いちゃいけない。私は、それだけを思って、六つ子たちを優しく抱きしめながら頭を撫でてあげました。

「ほらほら、いつまで外にいるんだい。中に入りな。二葉ちゃんが疲れるだろ」

 一文字のおばさんがそう言って、六つ子たちを取りなしてくれました。

私もみんなと中に入りました。すると、玄関の奥に、お父さん、お母さん、お兄ちゃんがいました。

「お父さん、お母さん、お兄ちゃん。心配かけて、ごめんなさい」

 そう言って、頭を下げると、お父さんが言いました。

「もういい。このアパートのみんなを見て、お前がどんなに愛されているか、よくわかった」

「皆さん、二葉のこと、心配かけました。ホントにありがとうございました」

 お母さんがハンカチで目を拭いながら、どれみふぁ荘の人たちに言いました。

「二葉のこと、これからもよろしくお願いします」

「お兄ちゃん・・・」

「俺たちは、もう帰る。これから、しっかり頑張れよ」

「あんまり、ここの人たちに心配かけるなよ」

「二葉ちゃん、お母さんたちは、あなたの味方だからね」

 そう言うと、お父さんたちは、帰って行きました。

最後まで、大家さんは、お父さんたちを見送ってくれました。

そんな大家さんを見ると、心の奥が熱くなってきました。

 私は、家族と別れて、食堂に入りました。

「あっ、二葉さん。お帰りピョン」

 私を見つけた、洗濯ロボットのうさぎのピョン太さんが顔を出しました。

「ピョン太さん、ただいま。また、よろしくね」

「もちろんだピョン」

 ピョン太さんは、相変わらず、ピョンピョン飛び上がってうれしそうでした。

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