第12話 夢をかなえて・・・

 いよいよ、決勝戦当日がやってきました。

試合開始は、お昼の1時からなので、私は、朝一の新幹線で甲子園に向かいます。

「それじゃ、行ってきます」

 私は、小さなリュックを背負って、どれみふぁ荘を後にしました。

「二葉、忘れ物はないか? ハンカチは、財布は、持ったか」

「ちゃんと、甲子園に行ける?」

「心配だから、あたしがほうきで送って行こうか?」

「新幹線のキップの買い方は、わかる?」

「甲子園は、大阪じゃないからね」

「迷子になるんじゃないぞ」

「それにしても、心配ですね」

 どれみふぁ荘のみんなは、玄関を出ても見送り出てきました。

それにしても、みんな私のことを何だと思っているんだろう・・・

これでも、私は、大人だし、新幹線くらい、一人で乗れるし迷子にもなりません。

そんなに私は、頼りないんだろうか?

「やっぱり、送って行った方がいいんじゃないかしらね」

「もう、いいから、みんな放っておいてください。ちゃんと、一人で行けます」

 私は、剥きになって言うと、元気よく歩いて行きました。

「まったく、みんな、私のことを子ども扱いして・・・」

 半分、むくれながら駅まで歩きました。今から胸がドキドキ、ワクワクして

自然と早足になりました。甲子園の決勝のマウンドに立つ、ひろみくんの姿を思っただけで感動で胸が熱くなってきました。

 最寄駅から電車を乗り継いで、いよいよ新幹線に乗ります。

最終確認のつもりで、新大阪までのキップを買って、自由席に乗ります。

 どれみふぁ荘の人たちには強がったけど、実は、新幹線に一人で乗るのは、これが初めてだったりする。

席に座っても、なんだか落ち着かない。ゆっくり動き出すと、あっという間にものすごいスピードで走り出します。

「早い・・・」

 車窓を見ても、あっという間に過ぎていくのを見て、正直言って感激していました。もっとも、ムツミちゃんの空飛ぶほうきほどではないけど・・・

 そして、無事に新大阪に到着しました。初めての一人で乗った新幹線の旅は、あっという間でした。

でも、これで終わりではありません。新大阪から、阪神電車に乗って、甲子園に向かいます。

 初めて乗った阪神電車は、お客さんで一杯でした。この人たちが、みんな甲子園に行くのだろうか?

駅についても、大勢の高校野球ファンの後について行くだけで、周りをキョロキョロするだけでした。すると、甲子園球場が見えてきました。

「すごい!」

 圧倒されるほどの大きさと緑の蔦が目に入り、その迫力に飲まれそうでした。

「これが、甲子園球場なのね」

 私は、しばらくボーっとしたまま、立ち尽くしていました。

「いけない、いけない。こんなことしてる場合じゃないわ」

 私は、現実に戻って、前売りで買っておいた帝丹高校の応援席がある、三塁側のアルプススタンドに向かいました。

チケットを見せて、一歩中に入り、階段を昇ると、目の前に緑の芝生と土のグラウンドが目に飛び込んできました。

「うわぁ、なにこれ」

 私は、初めて見る野球場に感動していました。こんなきれいな球場で、野球をすることが信じられませんでした。野球に詳しくない私にとっては、夢のような場所でした。

 私は、チケットを見ながら、自分の席に着くまでも大変でした。

いろいろ迷いながら、スタンド後方の席に座りました。

ホッと落ち着いて周りを見ると、帝丹高校の応援団、吹奏楽部の集団、関係者や生徒たちなど大勢の人たちが、すでにスタンバっていました。

応援団の人たちが、スタンドの人たちにいろいろ話しているのが耳に入りました。

みんな気合十分の様子です。照りつけるような暑さに負けていられません。

「よぅし、私も気合を入れて、応援するぞ」

 私も自分に気合を入れるつもりで言いました。

グランドに選手たちが出てきて、シートノックというのを始めました。

私は、ひろみくんを探します。

「どこにいるんだろう?」

 私は、広い球場を目で探していると、内野席の近くのベンチの横で、キャッチボールをしているのが見えました。

「ダメだ、もう、泣きそう・・・」

 私の席からでは遠くて、ひろみくんの背中は小さくしか見えません。

でも、そんなひろみくんの背中を見ただけで、目が潤んできました。

「ダメダメ、泣いちゃダメ。みんなと約束したんだから。優勝するまで、泣かないって」

 私は、自分に言い聞かせて、涙をグッと堪えました。

場内アナウンスがあり、サイレンが鳴ると、選手がバッターボックスに整列して挨拶します。

応援団が、揃って声を上げ、ブラスバンドが演奏します。

それに合わせるように、スタンドの人たちが声を合わせます。

初めての私は、圧倒されたけど、負けずに声を上げました。

「ひろみく~ん、がんばってねぇ・・・」

 もちろん、ここからでは、私の声など届くはずもありません。

それでも、私は、黙ってみていられませんでした。

 帝丹高校は、後攻なので、一回の表からマウンド立つのは、ひろみくんです。

私は、祈るような気持ちで、ひろみくんの背中を見詰めていました。

 そして、死神さんが言ってたことを思い出します。

『いいですか、よく聞いてくださいよ。ひろみくんは、この試合が最後になります。

だから、完全試合をするつもりです。二葉さんは、完全試合というのは、わからないと思いますがひろみくんの最後の姿をしっかりその目で見てきてくださいね』

 私は、新幹線の中で、完全試合というのをスマホで調べてみました。

ヒットは打たれず、9回まで27人で終わらせるという、完璧な試合のことです。

味方のエラーはもちろん、フォアボールもできません。

そんなこと、出来るんだろうか? イヤ、ひろみくんなら、出来るはず。

私は、それを信じてマウンド上のひろみくんを見詰めていました。

 一球ごとに歓声が上がり、一番バッターをあっという間に、三振に取りました。

「やったー!」

 私は、大声で叫んで、メガホンを叩きまくります。

「いけぇ~、がんばれぇ~」

 私は、流れる汗も気にせず、夢中で声を張り上げました。

一回の表を三人で終わらせて、帝丹高校の攻撃です。

ブラスバンドの演奏と応援団の声援に合わせて、声を張り上げ、メガホンを叩きます。

 一階の裏は、ヒットでランナーは出たけど、得点にはなりませんでした。

二回の表も、ひろみくんは、一人もランナーを出さずに、無得点で終わります。

そして、いよいよ、ひろみくんの打席に入りました。

声援にも力がこもります。握ったこぶしを突き上げて、ブラスバンドの演奏に合わせてひろみくんを応援します。

「かっ飛ばせ、ひ・ろ・み!」

 私は、誰よりも大きな声を挙げて応援しました。

打席に入ったひろみくんは、バットを外野の方に向けました。

バットを構えて、相手のピッチャーを睨みつけているのが、遠くからでもわかりました。

「いけいけ、ひろみ、かっ飛ばせ、かっ飛ばせ、ひろみ」

 私は、大声で叫びます。

次の瞬間、投げたボールをひろみくんは、きれいに打ち返しました。

飛んで行くボールを目で追います。それは、そのままバックスクリーンに入ったのです。

「やったー! ホームランだ」

 私は、飛び上がって喜んで、周りにいた誰彼構わず抱き合って喜びました。

「すごいよ、ひろみくん」

 塁を回るひろみくんを見ながら、私は、感動に包まれていました。

「なんてすごいの・・・ こんな人が、この試合が終わったら、消えちゃうなんて、絶対、間違ってる」

 私は、そう思わずいられませんでした。私がいるアルプススタンドは、もう、お祭り状態でした。見ている女子生徒の中には、私より先に、涙ぐんでいました。

生徒同士で喜び合う姿を見ても、胸が熱くなってきます。高校野球のすばらしさを、改めて感じた瞬間でした。

 その後は、帝丹高校の一方的な試合展開でした。6回を終わって4対0と、このままいけば優勝です。後は、ひろみくんが投げ切れば優勝なのです。

「がんばって、ひろみくん」

 私は、何度そう言ったかわかりません。

一人もランナーを出さず、完璧な投球内容に、周りの野球ファンも次第にざわつき始めました。決勝戦で完全試合なんて、今までなかったことらしい。

それだけに、応援する人たちも緊張感が出てきました。

スタンドいる人たち全員が、ひろみくんの投球から目が離れません。

応援する声にも力が自然と起こります。

 7回の裏、ひろみくんの三度目の打席が回ってきました。

その時、ひろみくんが、打席から外れて、座り込んでしまいました。

「どうしたんだろう・・・」

 私は、少し心配になりました。その時、チェリーさんや死神さんの昨日の会話を思い出しました。

「そうだ。ひろみくんは、疲れてるんだ。だから、立つのもやっとなんだ・・・」

 私は、どうしていいかわからなくなりました。このまま応援していいのか、それとも・・・

「ひろみくん・・・」

 私は、前のめりになりつつ両手を握っていました。

すると、ひろみくんは、立ち上がると大きくバットを振って、打席に立ちました。

「がんばれぇ~」

 ひろみくんがあんなにがんばっているのに、私が応援しないでどうする。

私は、精一杯の声援を飛ばしました。

その初球でした。ひろみくんが打ったボールは、なんと甲子園球場を超えて、遥か彼方の特大場外ホームランとして、白いボールが私たちの目の前から消えていきました。超満員の甲子園球場が、一瞬、シーンと静まり返りました。

そんな中、ひろみくんは、一人ベースを回っていました。

 そして、ホームインした時、割れんばかりの大歓声が起きました。

甲子園球場という、大きな野球場が、震えているようでした。

誰もが抱き合い、飛び上がって喜び合っていました。生徒も先生も関係なく、みんなが大喜びです。

「ひろみくん、すごいよ・・・」

 私ももちろん声を上げました。

あと二回。八回と九回を投げれば勝てる。私は、ひろみくん一人に目を奪われました。

「いけるよ、ひろみくんなら、絶対、いける」

 私は、そう信じて、ひろみくんの背中を見詰めていました。

アウトを取るたびに沸き起こる大声援。応援団にも気合が入ります。

声援を飛ばす生徒たちは、全員総立ちです。みんな汗だくなのに、汗を拭っている暇はありません。私も負けずに声を出しました。

 いよいよ、最後の九回の表です。ここまで、6対0です。

しかも、ノーヒットで、フォアボールもなく、一人もランナーを出していません。

周りは、ざわざわして、応援する声にも緊張が嫌でも伝わります。見ている私たちも、緊張してきました。

 相手のバッターが、バットを振ると、大きな歓声が起きます。

ボールが点々と内野に転がるだけで、スタンドからは大声援です。

アウト一つ取っただけで、この盛り上がりは、球場全体を包み込んでいました。

「ひろみくん、がんばって」

 私は、大きな声を上げて応援しました。

こんなに大声を出したのは、いつ以来だろう? そんなことが頭に浮かびました。

 今度は、外野にボールが飛びました。センターがボールを取ると、球場全体が揺れました。

足元から揺れるようなどよめきなんて、今まで感じたことがありません。

周りにいるだれもが、ひろみくんの名前を呼んで、声援を飛ばします。

「ひろみくん、最後よ」

 私は、ひろみくんの最後の投球をこの目に焼き付けます。

これが、生きている最後の姿なのです。ひろみくんの思いを、私が見なくてどうする。この場にいる何万人という人たちの中で、唯一、私だけが、ひろみくんの最後の姿を知っているのです。その私が、この目で見なかったら、一生悔いが残ります。

私は、汗だか涙だかわからない濡れた目を拭って、目を開けて、ひろみくんの最後の勇姿を目に焼き付けます。

 そして、最後の一球です。渾身のストライクが入りました。

バッターが空振りです。審判がコールをします。マウンドに帝丹高校の選手が駆け寄ります。

球場は、水を打ったように静まり返りました。この瞬間だけ、時間が止まったように感じました。

 次の瞬間、球場から割れんばかりの大歓声が沸き起こりました。

スタンドで見ている人たちは、全員立ち上がって、バンザイをしています。

女子生徒たちは、抱き合って泣いていました。男子生徒も大喜びです。

 そんな中、私だけは、空を見上げていました。

青く透き通った空に、ひろみくんの魂が上っていくのを見るために・・・

他の誰にも見えないひろみくんの姿を、私だけが見ていました。

誰にも見送られず、一人で消えていくひろみくんの気持ちを思うと、胸が締め付けられました。

せめて、私だけでも、ひろみくんを送ってあげようと、空高く昇っていくひろみくんに向けて、大きく手を振りました。

もちろん、笑顔です。最後の最後に、泣き顔なんて見せたら、笑われてしまいます。

 グラウンドでは、選手たちの輪ができて、喜びを分かち合っていました。

でも、そこには、もう、ひろみくんはいません。いるのは、ひろみちゃんなのです。

 この時、私は、初めて自分が静かに泣いているのがわかりました。

「ひろみくん、お疲れ様。優勝、見たよ。カッコよかったよ。夢がかなってよかったね。さよなら、ひろみくん。あなたのこと、私、忘れないから。絶対、忘れないからね。さよなら、ひろみくん」

 私は、一人静かに涙を流しながら、呟いていました。

整列して校歌を歌い、スタンドの前に並ぶ帝丹高校の選手たちに、スタンドの人たちは、惜しみない拍手を送ります。

そんな中、私は、ひろみちゃんの姿を探しました。ひろみちゃんは、ちゃんと整列した選手に混じってきちんと帽子を取って、挨拶をしていました。

私は、ひろみちゃんの方に、大きく手を振りました。

「ひろみちゃ~ン」

 ひろみちゃんは、スタンドの応援団に向かって、手を振りながら、笑っていました。ひろみちゃんも最高の笑顔でした。なんてすばらしい兄妹なんだろう・・・

感動をありがとうというしか、言葉が見つかりませんでした。

 選手たちが退場しても、スタンドの人たちは、余韻に浸っていました。

私も、自分の椅子に腰を下ろすと、なかなか立つことができませんでした。

 頭の中も真っ白な状態で、夢の中にいるような感じで、駅まで歩きました。

今、見たのは、ホントに現実なんだろうか? もしかしたら、夢だったのかもしれない。どれみふぁ荘に帰ったら、いつもの調子で、ひろみくんがいるかもしれない。

そんなことも感じていました。


 どこをどう歩いたのかわからないまま、新大阪に着いたときでした。

新幹線のキップ売り場に並んでいたとき、ふいに肩を叩かれました。

振り向くと、そこにいたのは・・・

「二葉さん、応援ありがとう」

「ひ、ひ、ひろみちゃん!」

 なんで、ここにひろみちゃんがいるのかわかりませんでした。

さっきまで、ユニフォーム姿のひろみちゃんが、今は、セーラー服姿で笑って立っていたのです。私は、ビックリして、腰が抜けそうでした。

「しっかりしてよ。東京に帰るんでしょ。いっしょに帰ろう」

「えっ! イヤ、だって、ひろみちゃんは・・・」

「いいから、早くしないと新幹線が出ちゃうよ」

 ひろみちゃんは、私の手を取って、改札口に連れて行きました。

「ちょ、ちょっと待って・・・」

「乗って、乗って。話は、後よ」

 私は、ホームについた東京行の新幹線に飛び乗りました。

空いている自由席に二人並んで腰を下ろして、やっと落ち着いてきました。

それでも、まだ、心臓がドキドキしています。

つい、数分前までは、甲子園球場のマウンドに立って、優勝投手としてメダルをもらった人が今は、私の隣にいるのです。とても信じられません。

「ハイ、お茶とお弁当」

「あの、これ・・・」

「二葉さんが心配だからって、大家さんがいっしょに連れて帰るようにって言われて、駅で待ってたの」

 私は、初めて聞くことに、目が飛び出しそうになりました。

「とにかく、食べようよ。お腹空いてるんでしょ。どうせ、何も食べてないと思って、二葉さんの分も買っておいたの。私も、お腹ペコペコよ」

 そう言って、ひろみちゃんは、お弁当を開けて、食べ始めました。

私も、それに釣られるように、お弁当を食べます。そう言えば、甲子園に行ってから、何も食べていないことに、今頃気が付きました。


 しばらく、お互い無言でお弁当を食べていると、ひろみちゃんが言いました。

「お兄ちゃんを送ってくれて、ありがとね。妹として、お礼を言うわ」

 そう言って、丁寧に頭を下げたのです。

「イヤイヤ、そんなことないって。ひろみくん、カッコよかったよ。最高に、カッコよかったよ」

「そう言ってくれて、ありがとう。きっと、お兄ちゃんも喜んでいるよ」

 ひろみちゃんは、ニコニコ笑いながら言いました。その笑顔を見ると、私の方が泣けてきます。

これからは、一人ぼっちで生きていかないといけないひろみちゃんの、唯一の肉親だった、ひろみくんもいないのです。悲しいのは、私より、ひろみちゃんのはずです。

なのに、ひろみちゃんは、絶対に泣いたりしません。

私にも、人前でも、涙は見せませんでした。

「だけど、こんなとこにいていいの? ひろみちゃんは、優勝投手でしょ。祝勝会とかインタビューとかあるんじゃないの。勝手に東京に戻っちゃっていいの?」

「いいの、いいの。だって、あたしは、関係ないもん。やったのは、お兄ちゃんで、あたしじゃないから何か聞かれても全然答えられないしね。監督に具合が悪いから、先に帰るって言って出てきちゃった」

 私は、口をあんぐりと開けるしかありませんでした。

「だけど、やっと終わったわ」

 ひろみちゃんは、そう言いながら大きく伸びをしました。

「これからは、あたしの自由だから、好きにやるわ」

「体の方は、大丈夫なの?」

「大丈夫よ。チェリーさんの薬が効いたから、全然楽よ」

「そうなんだ。それは、よかったわ」

 一番心配していたのが、体のことだった。それが、よくなったと聞いて、私もホッとしました。

残りのお弁当を食べ終わり、名古屋辺りを出るころに、ひろみちゃんがこんなことを言いました。

「実はさ、お兄ちゃんは、二葉さんのこと、好きだったのよ」

 私は、飲みかけたお茶を吹き出しそうになって、むせ返りました。

「大丈夫?」

 ひろみちゃんは、ハンカチで私の口を押えてくれました。

それにしても、衝撃的な一言です。私は、まったく知りません。

「ひろみちゃん、悪い冗談はやめてよ」

「冗談じゃないわよ。お兄ちゃんは、本気で好きだったのよ」

「なにを言ってるのよ。私は、ひろみくんより年上なのよ」

「今の時代に、年上とか、関係ないんじゃないの。それに、今日だって、実は、かなり無理してたのよ。それでも、絶対、二葉さんに優勝するとこを見せたいって、張り切ってたのよ。優勝できたのは、二葉さんがいたからだって、あたしは、思うわよ」

「そんな・・・」

「それじゃ、二葉さんは、お兄ちゃんのこと、嫌い?」

 私は、首が千切れるくらい横に振って急いで否定しました。

「嫌いなわけないでしょ」

「じゃ、好き?」

「う、うん・・・」

「そう、よかった。きっと、お兄ちゃんも、あの世で喜んでいるわね」

 そう言われると、胸が締め付けられた。だったら、生きているうちに言ってほしかった。

「それなら、ホントのひろみくんが、生きているうちに、顔が見たかったなぁ」

 私は、何気なく言うと、ひろみちゃんは、いたずらっ子みたいな顔をして笑うと言いました。

「それじゃ、見せてあげる」

「ホント!」

 思わず、身を乗り出すと、ひろみちゃんは、自分のスマホを指でいじると、私の前に付き出しました。

「ハイ、これが、お兄ちゃんよ」

 スマホの画面に映っていたのは、学生服を着た、ひろみくんでした。

髪も少し長めで、Vサインをして、ひろみちゃんと並んだ写真でした。

「これが、ひろみくん・・・」

「そうよ。入学式の時の写真よ」

 顔は、ひろみちゃんとそっくりです。双子だから当たり前だけど、髪型と着ている制服で男子と女子がわかります。野球をしていたので、ひろみちゃんより頭一つ大きく肩幅もあって、体が大きく見えました。

「どう、カッコいいでしょ」

「うん。ひろみくん、カッコいいね」

「待ち受けにする? 写真を送るわよ」

「イヤイヤ、それは・・・」

「いいじゃない。あたしも待ち受けにしてるもん。いつもお兄ちゃんのこと見てる気がして好きなんだ」

 そう言うと、私も欲しくなってきた。

「送ってあげるわね」

 ひろみちゃんは、私の返事を待たずに、私のスマホに送信してくれました。

この画像は、私の宝物になりました。

「だけどさ、これで、野球から解放されて、ホッとするわ」

 ひろみちゃんは、嬉しそうに言った。

「これから、どうするの?」

「とりあえず、ソフトボール部に戻るわ。今度は、ソフトボールで日本一よ」

 ひろみちゃんなら、出来ると思う。お兄さんの技術は、間違いなく継承しているはずだしお母さんの血を引いているなら間違いない。甲子園で優勝して、今度は、ソフトボールで優勝だ。

「あのさ、こんなこと言ったら、失礼かもしれないけど、これから、私のこと、お姉さんと思って何でも相談してほしいな」

「・・・」

「イヤ、その、ひろみちゃんがいいっていうならって言う意味よ。だって、ひろみちゃんには、お兄さんがいるんだもんね」

 私は、慌てて否定するように言い訳した。なんか、図々しい言い方だと思って、慌てて否定しました。

ひろみちゃんが怒るかもしれない・・・

「うれしい。あたし、一人になったじゃない。それに、前から、お姉ちゃんが欲しかったんだ」

「そうなの?」

「だって、お兄ちゃんとは、いつもケンカばかりだし、女同士のが何でも話せるじゃない」

 ひろみちゃんも一人で悩んでいたことを知って安心した。

「お姉さん、これから、よろしくお願いします」

 そう言って、私に向き直って、小さく頭を下げた。

その時、私は、ひろみちゃんを抱きしめて、涙を我慢できませんでした。

「ちょ、ちょっと、どうしたの、二葉お姉さん・・・」

「ごめん・・・ ごめんね」

 ビックリしたひろみちゃんは、私をしっかり抱きしめると、頭を優しく撫でてくれました。

これじゃ、どっちが、年上だかわからない。それでも、ひろみちゃんの気持ちを思うと、涙が止まりませんでした。

「しっかりして、お姉さん」

「うん、ごめんね」

 私は、涙をぬぐいながら何度も頭を下げる。

「ホントに、二葉お姉さんて、泣き虫ね。これじゃ、どっちがお姉さんかわからないわよ」

「そうだね」

 私は、泣き笑いの顔でひろみちゃんを見た。

「これからは、恋もしたいな。これでも、あたし、モテるのよ。今までは、お兄ちゃんがいたから男の子と付き合うなんてことなかったけど、もう、自由だからね」

 そう言って、楽しそうに笑いました。

「それはいいけど、ちゃんとした男の子じゃないと、ダメよ」

「あら、お姉さんみたいなこと言うのね」

「だって、私は、ひろみちゃんのお姉ちゃんだもん」

 そう言って、二人で、笑いました。


 こうして、私たちは、無事にどれみふぁ荘に帰りました。

帰ると、みんながひろみちゃんの優勝を祝ってくれて、カン子さんが盛大なご馳走を作ってくれました。

死神さんと一文字のおばさんは調子に乗って、すっかり酔っぱらってます。

私もうれしくて、いっしょに飲んでしまいました。

 しかし、その後が大変でした。何しろ、甲子園の優勝投手で、決勝戦は、完全試合を成し遂げた

すごいピッチャーのひろみくんを放っておくわけがありません。

プロ野球のスカウトや大学からのスカウトが、学校にたくさん押し寄せました。

でも、肝心のひろみくんは、もう、この世にはいないのです。

 野球部の監督と校長先生は、応対に大変だったらしい。

新聞記者もひろみくんのインタビューを撮りたくて、生徒たちに付きまとったり

ひろみくんを待ち伏せたりしたけど、誰も会えるはずはありません。

 マスコミの人たちのそばを通り過ぎても、ひろみくんは、妹のひろみちゃんとして、スカートを履いているので誰もわからないのです。

 結局、肩を壊して、療養するという苦しい言い訳を作って、いつの間にか騒ぎも静かになりました。

肝心のひろみくんは、休学のまま卒業するということになるらしい。

ひろみちゃんは、ソフトボール部に復帰して、試合は連戦連勝です。

もともと頭もいいので、成績もよくて、大学進学も問題ありません。

 やっと、私の周りも落ち着いて、いつも通りの日常に戻りました。

もちろん、ひろみくんのことは、一日も忘れたことはありません。

 どれみふぁ荘の人たちも、相変わらずでした。

ペットショップの仕事も楽しく、毎日が充実していました。

そんなある日のこと。唐突に、それはやってきました。

 私が死んだのです。


 

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