第2話・高3の夏

~1年前~


初夏の沖縄。とはいえ本格的な夏の日差しが照り付ける中、高校女子野球沖縄県大会の1回戦が行われていた。今年の沖縄県勢はレベルが高い。スタンドには社会人チームから大学まで大勢のスカウトが見に来ていた。

「今年は本当にハイレベルだ。野手もいいが投手がすごい。女子野球は選手がまだ少ないからいい選手をお互い早めに確保したいねぇ。」

「特に投手の3羽ガラスの誰かを確保したら勝ちともいえるからな。右の上原と山川、左の比嘉でしょうか。」

各チームのスカウトが興奮しながら話する中、つまらなさそうな表情で黙々と試合を見つめる女性がいた。メトロデザイン研究所の所長兼監督だ。


「確かにレベルは高いけど…何か伸びしろを感じないわね。それにちょっとアクが強いほうがいいかな。いい子ちゃんすぎるマウンドさばきね。今日の第1試合の上原投手は私の中ではないかな…。一応は彼女がNo,1評価らしいけど。第2試合を見てつまらななかったら帰ろうかしら。」


この所長、他とは違うデータ解析をし、どこか棘のある選手ばかり集めていると噂の変わり者だ。他のスカウトが喜んで食らいつく選手にはほとんど見向きもしない。


そして、第2試合が始まった。この試合登板するのは注目の左腕、琉球東女子高校の比嘉みなみだ。彼女の投球が始まると周囲の空気が一変して変わった。


ズバン!


すさまじい音を立てミットに球が収まる。

女子球界では130km/hの速球派は世界トップレベルだ。彼女はそれに近い球速のストレートをミットめがけて投げ込んでいく。しかも左腕でその球速が出せる投手は世界に5人といないだろう。


「これほどの逸材はなかなかいないよな。ただ完全な素材型だ。ウチのチームで化けるかどうか…。」

「マウンドではポーカーフェイスだな。こういう表情に出ないところはいいな。ただ、まだまだムラが多い。化けるかなぁ。育成失敗した時のリスクが大きいよな。なんせグラウンドではキツイ性格してるみたいだしな。」


スカウト陣たちも彼女の投球をみて舌を巻く。ただ評価はAランクからBランクというところか。どうも上手く育てられるか、性格に難があるのか不安なところが多いようだ。


「ふーん。なかなかすごいわね。それに…」

(あの娘…。野球嫌いなのかしら。どうも嫌々やっているのを隠そうとしてあんな顔になってるとしか思えないわね。でもちょっと面白そうな子ね。)

所長は不敵な笑みを浮かべ、古賀にメールを送った。


『お疲れ様。琉球東女子高校・比嘉みなみの過去の試合データを揃えてくれる?この子面白いわよ。あなたに預けたらどんな選手になるかしら。急ぎの仕事は館山さんに振ってくれてもいいから至急お願いするわ。』


古賀は冷静で真面目。それに感情ではなく効率よく物事を進めることが好きな性格だ。メールの返事も1分待たないうちに返ってきた。


『お疲れ様です。またですか…。美帆子みたいな選手獲ってきても結局私が面倒見なきゃいけないんですよね?とりあえず夕方にはそれなりの資料をタブレットに送信できると思います。あと沖縄でのメインの仕事はウチの衣料を卸しているお店との打ち合わせですからね。忘れないでください。』


(もう、人が興奮してる時に水を差しに来るわね。)


試合は息詰まる投手戦となり1-0で琉球東高校がわずかにリードしている状況だ。

ただ後半に差し掛かり夏の日差しは好投を続ける彼女のスタミナさえも徐々に奪っていった。


(はぁっ、はぁっ…。まだ6回…。ちょっとエラーが多すぎ。私一人で打って投げて守ってるだけじゃん。私はこの大会で優勝して推薦で大学に行きたいだけ。私の足を引っ張らないでよ…。それに…私野球なんてやりたくないんだよ。ただ、これしか生きていく道がないの。なんでこんな時に思い出すの?お母さん…。)


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メトロデザイン研究所 metro.aqua @21_metro_aqua

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