第1章・琉球の快速左腕

第1話・プロローグ

歓声に沸くメトロスタジアム。ここで社会人女子野球リーグの一戦が行われていた。

試合はすでに9回表。メトロデザイン研究所野球部は勝ってはいるもののこの回、相手打線が爆発し3点差に詰め寄られマウンドにはランナーを背負い苦しそうに投げる女の子がいた。


(1アウト、ランナー2、3塁。ヒット打たれたら1点差なのに誰もブルペンで準備していない。美帆子さんも、さくらちゃんも、クローザーの成穂さんも…みんなこっちを見てるだけ。私に最後まで投げろって事?毎回いい加減にしてよ…)


ベンチに目をやっても監督は腕を組んだまま動く気配はない。監督は意図的に誰も準備させていない。そう感じ取った彼女は半ば諦めて思い切り腕を振った。



------試合終了です。本日の試合は7対4でメトロデザイン研究所の勝利です。勝利投手、比嘉。敗戦投手、山本。本日は観戦ありがとうございました。


試合が終わりインタビューが行われていた。笑顔で応答していたのはこの試合の勝利投手、比嘉みなみだ。


「はい、初回から飛ばしすぎてしまったので最後息切れして失点してしまいましたが…なんとか完投できて良かったです。次の試合も頑張りますので応援よろしくお願いします!」


インタビューを手短に終えるとスタンドに一礼し彼女はベンチ裏へと消えた。だが彼女の表情は先程と打って変わり不貞腐れたというより少し怒りを込めた表情であった。この後行われる試合後のミーティングで今日こそは言いたいことを言う。そんな表情であった。


「監督!何で9回リリーフ出してくれなかったんですか?私もうヘロヘロだったの見えてましたよね?理由を話してください!」


ミーティングが始まると試合内容を振り返る前にみなみは監督に食って掛かった。毎回自分だけが長いイニングを投げさせられている。それも殆どが完投だ。そんな他の投手たちとは違う起用をされていることに我慢ならなかった。


「理由?そうね…。強いて言うなら『私が監督だから』。これじゃ納得いかないかな?」

「…っ」

「文句がないなら…さて、みなさん今日の試合を整理しましょうか。」


試合の采配において監督の決定は絶対だ。ましてや采配を批判することがあればそれはチームを去ることに直結する。みなみは渋々引き下がり苦虫を嚙み潰したような顔でホワイドボードに書きこまれていく文字をノートに書きこんでいった。


「これで今日のミーティングは終わりです。各自気を付けて帰るように。あっ、古賀さんは残ってくれますか?」


監督はチームの司令塔である捕手の古賀を呼び止めた。監督は試合の中で気になることがあると決まってミーティング後に古賀を呼び止める癖がある。察知した他の選手は足早に部屋を後にした。


「今日のみなみの事ですか?」

「そう。相変わらずね、あの子。」

「毎試合こんな感じですね。なんか独り相撲なんですよ。全てのバッターを三振で切って取りたいというか…。私のリードにも一人前に首を振るんです。あっ、首を振るのは悪いことではないのですよ。ただ状況に応じたアウトの取り方をさせないんです。だから結局球数がかさんで毎回終盤で息切れして失点していくのが定番になってきました。すごい実力を持っているのは認めます。でも、これでは投手としてはもう先が見えた気がします。いっそうのこと打撃を生かして外野手に転向させませんか?うちのチーム左打ちの外野手不足してますし。」

「あなたが言いたいことはすごくわかるわ。でもそれはチームにとって短期的にプラスだけど長期的にはマイナスなのよ。それにあの子の心を救う事にもならないわ。」


古賀は少し困惑した。監督は確かに義理人情派だ。だがそれは最低限グラウンドの中での行動が伴わないと情けは見せない。その境地に行きつき生き残ったのが今のメンバーであり、それまでに多くの部員が退部し社を去っていったのを創成期から所属する古賀はこの目で見てきた。その監督がグラウンドで毎回無様な姿を見せるみなみをかばうのが不思議だった。


「不思議そうな顔をしてるわね。スカウトした時にね、私約束したのよ。かわいくいることと強くいることは両立できるという事、そして投手として育てると。少しお話ししましょうか。あの子がここにやってくる時のお話を…。」

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