第43話


 たまたま通りかかった公園に立ち寄り、僕等はベンチに腰掛ける。

 当初、姉御は躊躇っている様子を伺わせていたが、意を決したように話し始めた。


 「……木田が告白したって話を聞いた時に、ミヤは保科のこと好きなんじゃないか?っていう話をしたよね……あたし達の悪ノリって部分もあったけど、たぶん間違ってはなかったと思う。ただミヤは、保科にその気持ちが無いと思ったから、木田と付き合う事に決めたんじゃないかなって気がするんだよね」

 「へぇ……。話は分かったけど、それって二人に対して失礼な話しだよね?どうしてそう思ったの?」


 自分でも少し考えていたせいか、この発言にさほど驚かず平常心で居られた。


 「えっ!?驚かないんだ。……まぁいいけど。どうしてって聞かれると難しいなぁ……二人から、付き合い始めの話とか、その後の話を聞いてたら何となく感じたんだよねぇ……もちろん、保科の名前は出てきてないんだけどさ」

 「そういう話してたんだ。僕は全然聞いてないから少し驚いた」


 当然、気まずいので自分から避けていた節もあるにはあるのだが……


 「そう、それも不自然じゃない?わざと保科の事を蚊帳の外にしてるみたいな……」

 「……というと?」

 「だから、保科以上にミヤはまだその事を意識してて、それを木田も感じてるのかも?って話」

 「それは流石に考え過ぎじゃない?」


 それには少し動揺したが、聞いている側というのもあってか、割と冷静でいられた。


 「でも、保科も前に言ってたじゃない?距離を置かれてるとか何とか……。保科がそうするのは分かるんだけど、ミヤがそうするとしたらやっぱり、そういう事かな?とも思うし、未だに外から見ててもそう思う時もあるし……多分、木田も……」

 「あの時は、僕の考え過ぎだって言ってたじゃん」

 「あの時はね。でも、そう意識して見てみると、やっぱりミヤは保科と距離を置いてる気もする。言うべきじゃ無いとも思ってたんだけど……」

 「単純に、木田がいる前で他の男子と仲良くしてるのが気まずいだけって事はない?」

 「それもあると思うけど、相手が保科だっていう事が余計に木田には気になってると思うから……」

 「その言い方だと、木田も宮田が僕の事を意識してると思ってる言い方だよね?」

 「だから、そういう事だって言ったじゃない」

 「あーあー、なるほど。確かに姉御の推測通りならバンドなんてやってらんないよね?二人はさ」


 僕は投げやりに言い放った。


 「でも、それも、あたしの憶測だから……」

 「結局は僕が悪者なんでしょ?僕のせいで二人はバンド辞めるっていう。そういう事でしょ?」

 「そんな事は言ってないよ!!」

 「じゃあ、僕は何?どうすればこの事態を回避出来たと思うの?」


 怒る言い方ではないが、責めるような言い方で姉御に言った。

 正直、もうどうでも良くなってきていた。

 誰に嫌われようが、バンドが無くなろうが……どうでもいいし、なにより面倒だ。


 「そんなに聞きたければあたしの意見を言わせて貰うよ。保科がうじうじしてないで、あの時にちゃんとミヤに想いを伝えてれば、少なくとも保科の結果は変わったと思う」


 姉御は僕のいじけた態度に怒りを露にして言った。

 叩かれたのもそれが原因か……。

 そして、僕はその言葉を聞いて思い知った。

 いや、以前から理解していたのかも知れない……。

 バンドに集中していると自分に言い聞かせ、目を背けられるものに縋っていたかっただけなのだ。

 実に情けないし、申し訳ない。


 「どう変わったかは分からないけど……。結局は、そういう話だよね……」


 急に力の抜ける僕を見て、姉御の表情は徐々に、怒りから同情へと変わっていく。

 そんな姉御の表情を見ると余計に辛くなるので、敢えて目線を逸らし、僕は空を見上げた。


 「あーあ、それがもし出来てたらどうなってたのかなぁ?バンドは続いてたのかな?それとも僕と木田の立場が入れ替わって、僕が宮田を連れてバンド辞めようって言ったのかな?はたまた何にも変わらず、木田も宮田もバンド辞めてたのかなぁ?」

 「保科……」


 姉御は自分の言った事に罪の意識を感じて……いたのかは分からないが、心配そうに僕を見る。

 しかし、姉御の表情とは裏腹に、僕の心の中は何故かすっきりしていた。

 自分なりに答えを見出せた気すらしていた。

 ひょっとしたら、色々な事への諦めを自分に納得させたかっただけなのかもしれない……。


 「なんとなく、そういうの思わない事も無かったんだよ。けど、自分の中だけだと踏ん切りがつかなくて……今更どうこうしようっていうつもりも無いんだ……。僕はどう足掻いても、あの時に動く事は出来なかったんだし……それが全てで、そういう所が僕の駄目な部分だとは分かってるんだ。けど、誰かに言って貰わないと考えが纏まらなくてさ。何というか、ありがとう……。ちょっと、すっきりした……気がする」

 「何それ?全然分からないけど?」


 姉御は不思議そうに僕を見る。


 「僕自身、もっと自分にがっかりしたかったんだ。全部僕が悪くて、困らせて……。凄い自分勝手な意見だけど、そう思えば自分だけを責めてればいい。まぁ、それも結局は逃げなんだけどさ……。でも、やっぱり自分だと甘えちゃって、それを誰かに叱って欲しくて……」

 「……本当に、全然分からない」

 「分かって貰えなくていいよ。これは僕の問題だし」

 「??で、結局バンドはどうするつもりなの?」


 腑に落ちないといった表情のまま姉御は僕を見ていた。


 「元々は自分の撒いた種だ、自分でしっかり枯らすよ。辛いけど……バンドは解散。だけどその前に、二人をきちんと送り出すイベントはやりたい」


 僕は晴れ晴れとした表情で、しっかりとした口調で言った。

 それを聞いた姉御はやはり納得のいっていない表情だったが、何かを理解したのか少しだけ笑みを浮かべた。


 「まぁ、保科がそう言うんだったら……。うん、いいね。賛成。だけど、枯らすんじゃなくて、咲かせて終わりにしよう」

 「そうだね、僕の間違いだ」



 その後、僕と姉御は解散ライブをやろうという話になり、暫く話し合ってから家路に着いた。



  ◇  ◇  ◇



 寮に着き、部屋の中に入ると、いつもの回転式の椅子に座ってギターを弾いている池上が、僕に気付く。


 「おかえり、遅かったな」


 その言葉に対し、一瞬、間を置いて苦笑いを浮かべる。


 「バンド解散することになっちゃった」

 「はっ!?」


 僕の急な発言に、池上は驚いていたので、今日一日の出来事を事細かに説明した。



  ◇  ◇  ◇



 「はぁぁ……なるほどね……。まぁ、ありがちって言えば、ありがちなんだろうな」


 話に納得した感じの池上。


 「そう。こうなった以上は仕方ないよ」

 「そぉかぁ……。宮田の気持ちは俺もある程度知ってたしなぁ」

 「一応聞いておくけど、何それ?」


 池上の発言が気になり僕は聞き返す。


 「えっ?いやっ、京子さ……宮田のお姉さんがさ、春休みの前くらいに妹の元気が無いって心配しててさ……。普通だったら、好きな奴に告白されれば幸せいっぱいなはずじゃん?だけど、そんな事言ってたから……。ちょっと引っかかってて」

 「そんな事があったんだ。今更聞いても意味無いけどね……。まぁ、あの時に聞いたからって何が変わる訳でもなかったと思うけど……。似たような事は言われた訳だし」

 「……そっか」


 池上は僕から目線を逸らす。


 「もう、本当に……二人の邪魔しようという気は無いんだ。自分が惨めになるだけだし」


 僕等は暫く黙り込む。


 僕は空気を変えるつもりも兼ねて――


 「そうだ、解散イベントの時は、池上にも出て貰うからね?」

 「何で?俺が?」

 「二人に聴いてもらう為の曲も演りたいんだよ」

 「勝手に決めんなよ」

 「駄目?」

 「……別に、いいけどさ。何演んの?」

 「それはまだ、計画練ってる途中なんだけど……」


 僕はコムの解散イベント計画を話した。

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