第42話
高校最後の夏休み。
本来ならば来るべき大学受験に備えて勉学に励まなくてはいけないのかもしれない。
だが僕は、そんな事を気にもせず、バンド活動に明け暮れていた。
木田や宮田は予備校に通っていたようだが、地元の三流大学志望の僕は危機感や焦りをさほど感じていなかった。
むしろ、今やるべきことはバンドなのだとすら思ってしまっていた。
そして、この夏休み中も三本のライブをこなし、それなりに満喫できていたと思う。
もっとも、リフターでのライブの様な大規模のものでは無く、至って普通のアマチュアライブであった為、若干のマンネリ感を覚えなくもないのだが……。
そんなこんなで夏休みも残すところ一週間となったある日の出来事。
◇ ◇ ◇
全て順調に進んでいると思っていた。
いや、事実順調にバンド活動は進んでいた筈だ。
僕はそう思い込む事で色々な事から目を背けられたし、忘れられていた。
「まぁ、実際、こんなもんなのかもね……」
バンド練習後に集まるいつものファミレスで、席に座ったまま脱力した僕は、窓の外を見て呟く。
「無理強いは出来ない事だしね……」
そう言って姉御はコーヒーを一口飲む。
また、僕と姉御だけが席に座ってる。
比喩も含め、取り残されたという感覚すらあった……。
この状況に至るまでの経緯を遡って説明する。
◇ ◇ ◇
遡る事一時間程前、バンド練習が終わりファミレスに到着。
僕等は席に着き注文を済ませた。
「あのさ……今日は真面目な話しがあるんだ」
木田が珍しく暗い表情で話し始める。
「何?急に変な顔して」
僕は茶化すような笑みを浮かべながらも、何かよからぬ空気を察し、顔をやや顰めて木田に尋ねた。
今思えば確かに今日の木田は様子がおかしかった気がする。
だからこそ、その切り出しに不安を感じたのだ。
「言い辛いんだけどさ……。俺、バンド辞めようと思う」
「はっ!?」
僕は驚く。
そして、更に僕を驚かせたのは、驚いていたのが僕だけであった事だ。
姉御は真剣な表情ながらも何かを悟っている様子で、宮田は何故か申し訳なさそうだった。
「え?何!?なんで皆そんなに落ち着いてるの?ってか、どうして!?」
僕は錯乱していた。
「いや……やっぱり、大学受験控えてるし……。両立は難しいと感じてたんだ、少し前から。……で、この間の模試の結果見て、このままじゃ本当にまずいなって思って。どのみち、本命の大学に受かればバンドは続けられないし……。この辺で言っておくのが良いのかな?と、思ったんだ」
「本命って何処だよ?近くの大学とかにして、まだバンド続けようよ」
「保科。そういうのは駄目だって……」
姉御は僕を止める。
木田の理由は実に誠実で、僕が自分勝手な事を言っている自覚はある。
だが納得は出来ない。
「何で姉御は落ち着いてられんの!?バンド続けたいって言ってたじゃん!」
「続けたいけど、本人が真剣に考えて決めた事なら仕方ないでしょ!?……志望大学は京都だっけ?」
姉御は僕を一喝した後に、木田に尋ねる。
「あぁ……。うん」
木田は気まずそうに返事をする。
「前から言ってたし、こういう話が出てくるんじゃないかなぁ?とは、思ってた。だから……気にせず、頑張ってよ」
僕は口を挟むタイミングを無くし、言葉を失っていると――
「……それでさ……。木田君と同じ理由なんだけど……私もバンド辞めようかと思って」
ずっと黙っていた宮田が静かに言う。
「っ…………!!」
驚きのあまり僕は声すら出なかった。
これには姉御も少し驚いた様子だったが、すぐに落ち着いた表情に戻っていた。
「ごめん……。でも、下手に後になって言うよりも、今言っちゃった方がいいと思って……。本当にごめんなさい」
宮田は深々と頭を下げる。
僕は怒るとか止めるとかそういう事すらもしたく無くなる程に脱力した。
流石に四人中二人メンバーが抜けてしまうと言い始めたら、事実上の解散だ。
その後もなんとなく白けてしまったまま、僕を除いたメンバーは何か話をしていたが……全く耳に入ってこなかった。
◇ ◇ ◇
木田と宮田は先に帰り、現在に至る。
僕と姉御は、特に会話も無くその場に居たのだが、姉御が「帰ろっか」と言ったので僕はそれに従った。
◇ ◇ ◇
ファミレスを出た僕と姉御は、途中までの帰り道を一緒に歩いていた。
先程までと変わる事無く、暫く会話が無かったのだが、姉御が不意に話し始めた。
「結局あたし達はさ、高校生バンドなんだよ。だからその先の事に関して強要も強制も出来ないし、保障も無い。なら、納得するしかないじゃない?」
僕を見るでもなく、独り言のように呟いていたが、思わず反論してしまった。
「姉御の言ってる事は分かるし、木田や宮田の言う事も正しいと思う。それでもさ……それでも、僕は自分の気持ちとか色々抑えてまでバンドを続けてきたんだよ?そんな簡単に納得しろって言われても……出来ないよ」
「じゃぁ、どうすんの?二人に大学を諦めてバンドをやれって言うの?そんな事出来るの?」
「そんな事はっ!……出来ないけどさ」
「それじゃあ、結局どうしようも無いじゃない」
僕は立ち止まる。
「分かってるよ。それも分かってるけど、そんな達観した見方がいきなり出来る訳無いじゃん!……皆、自分勝手だよ。僕の気持ちなんて……」
そう言った直後、左頬に衝撃を感じた。
姉御に平手で叩かれた。
「駄々こねてたって何にも変わらないでしょっ!?このまま気分の悪い終わり方して良いの?それこそ何も残らないよ?」
「じゃあ、僕はどうすれば良いの?」
叩かれた事で毒気を抜かれた僕は、素直に疑問を投げかけた。
「そんな事をあたしが言わなきゃいけないの!?ミヤの時もそうだけど、保科はもう少し自分がどうしたいのかを考えなよ!それが出来てれば、少し違う結果になったかもしれないし……っあっ!」
姉御はそれまで感情的に話していたのに、急に我に返ったというような表情に変わった。
僕はその変化に気付いたうえに、言っていた内容が気になった。
「それって、どういうこと?」
「それは……」
姉御は俯いて黙り込む。
「もうこの際だから、全部ぶっちゃけちゃってよ。その方が僕もすっきりする」
相変わらず話し辛そうな態度の姉御だったが、小声で話し始めた。
「聞いたら絶対後悔するよ?それでも良いの?」
「うん、今の状態でモヤモヤしているのが一番辛い」
「でも……。あたしの推測も入ってるし、全部が真実とは言えないよ?」
「それでもいいから」
ちょっとした禅問答に苛ついた僕だが、そこは教えてもらう側として冷静に対応した。
「分かった。話すよ、とりあえず場所変えない?少し長くなるかもだし……」
姉御の言葉に従い、座って話が出来そうな場所を探した。
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