第40話


 気が付けば春休みも終わり、新学期が始まった。


 高校の最高学年、三年生……の自覚は僕には無く、来週に予定されたレコーディングの事で頭がいっぱいだった。

 むしろ、そうしていないとやりきれない気持ちなのだが……。


 新しい教室の新しい机に早く馴染む為に、いつものように机に座り両腕の中に頭を埋めている。

 しかしながら、そんな事をしている今でさえもどんな風に曲をアレンジするか考えている為、なかなか眠りにつけない。


 「保科、おはよう」


 声を掛けられたので顔を上げると宮田が居た。


 「おはよう」


 僕が挨拶を返すと、宮田は軽く微笑んで自分の席に向かって行った。


 宮田とは和解出来た為、春休み前のような気まずさは無くなったのだが、やはり以前と全く同じという訳にはいかない。

 そこはかとなく距離を置いてしまうというか、距離を置かれているというか……学校内でもバンド内でも、会話は必要最低限に抑えている感もある。

 個人的に連絡を取り合う事も無くなった。


 僕は何も変わらぬように接するつもりではいたのだが、距離を詰めてもいけないという警戒心も働き、なんとなくぎこちない感じになってしまう。

 宮田も宮田で、なるべく僕と会話する事を避けているようにも感じられる。

 一連の流れを知っている姉御に、その事を話したら「意識しすぎ、最初はしょうがないかもだけど」と、軽くあしらわれた。

 しかしまぁ、確かに僕が意識しすぎなのかなぁ?……吹っ切れたつもりでいたんだけれど、簡単にはいかないものだ……。



  ◇  ◇  ◇



 そうこうしている内に、数日はあっという間に過ぎて、レコーディング当日。


 初めて訪れたレコーディングスタジオという空間に、僕等コムのメンバーは萎縮し緊張しながら辺りをキョロキョロ見回していた。


 担当のエンジニアさんと打ち合わせをしたり、各楽器ごとに音を録ったりという、普段のバンド練習に使うスタジオとは勝手が違う事に困惑しながらも、何とか僕等はレコーディング作業を終えた。



  ◇  ◇  ◇



 音源が完成するまでに暫く時間が掛かるという事なので、僕等は休憩室で休んでいた。

 慣れない作業に僕を含め、他のメンバーも疲れきっている様子だ。


 「何だかすげー疲れた」


 木田はうな垂れている。


 「うん、ミスできないと思うと緊張する」


 僕は天井を見上げながら賛同した。


 「確かに疲れたけど、なんかプロになったみたいな気分で楽しかった」


 姉御は意外と元気そうな様子だ。


 「早くどんな風になったか聴いてみたいな」


 宮田は一番お気楽そうだ。



  ◇  ◇  ◇



 休んでみたものの、やはり出来上がりが気になってコンソールルームという実質的な音源製作の作業場に僕等コムのメンバーは入っていった。


 正直、入って良い場所かも分からなかったのだが、ここは何も知らないが故の特権とも言えよう。

 担当エンジニアの人も悪い顔はせずに、笑顔で対応してくれた。

 そこでエンジニアの人と簡単な話をしながら、音源が完成する。

 出来上がった音源を聞いた瞬間――またしても、思わず笑みがこぼれてしまった。

 それは、メンバー皆同じ気持ちのようで、僕等は曲を聞きながら大はしゃぎした。



  ◇  ◇  ◇



 出来上がった音源を手にして僕は寮に帰った。

 池上の感想も聞きたい。


 今までも何度か、バンド練習の音を録音したり、ライブのビデオとかで自分達の曲を聴く機会はあったのだが、そういう物とは全くの別物だったのだ。

 ちゃんとした作品として完成している、というと本当は言い過ぎなのかもしれないが、今の僕にはそう思えた。



  ◇  ◇  ◇



 寮に着くと鍵が開いていた為、池上が中に居る事が分かった。

 浮かれる僕はノックも無しにドアを開ける。


 「音源聴いてよ!!」

 「いきなりだな」


 唐突だったので池上は驚いている様子だ。


 僕は部屋に入るなり、音源を聴けるように準備して再生する。

 部屋の中に僕等の曲が流れる。

 僕も池上も静かに、そして真剣に曲を聴いている。

 曲が終わる――


 「どうだった?」

 「いや……単純に、レコスタ使うとやっぱり違うんだな、と思ったよ」

 「うん、僕も思った。普通に聴けるし」

 「自分達の曲だろ?」

 「そうなんだけど、そういうことじゃなくて、やっぱり全然違う」


 僕が目を輝かせ興奮しながら話をすると、池上は――


 「あーあ、やっぱり悔しいなぁっ」

 「はっ?」

 「悔しいって言ってんだよ。こういうの作って、CD出せて、羨ましいなって言ってんのっ!」


 半ば吐き捨てるように、呆れるように池上は言う。


 「それは……」


 僕は一変して気まずい表情に変わる。それを見た池上が――


 「別に保科が気にする事じゃ無いって。ただ、俺も早くバンドやりたいなっていう気持ちにさせられるし、そりゃ嫉妬もするさ。ただ、そこで遠慮されるのも俺のプライドが傷つくから止めてくれ。すぐに、追い抜いてやるから気にすんな」

 「……分かったよ。再スタートするまでの間に、埋められないくらいの差を作っておくよ」

 「言うようになったよなぁ。ついこの前まで、ど素人だったのに……まぁいいや、とりあえず完成おめでとう。で、お疲れさん」

 「ありがとう」


 僕は満面の笑みで答えた。

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