第39話
今日はバンド練習の日。
木田と宮田が付き合い始めてから、僕にとっては初のバンド練習の日となる。
不思議と落ち着いている。と、自分では感じているが、不安が無い訳では無く、結構気は重い。
僕はスタジオに着き、店内に入る。
僕以外のメンバーは先に着いていたようで休憩所に集まっていた。
僕は再度、自分自身を落ち着かせる為に深呼吸をする。
「この間はごめ~ん」
僕が精一杯明るく取り繕い声を掛けると、皆がこちらを向く。
「おっ、ホッシー。風邪は大丈夫か?」
木田は普段通りだ。
「保科……来れたんだ」
姉御は少し嬉しそうに微笑んだ。
「…………」
宮田は何も言わず愛想笑いのような笑みを浮かべはしたが、すぐに気まずそうに目線を逸らした。
仕方ない……か。
「そりゃあ来るよ。レコーディングの事考えたら色々急がないといけないしね」
「じゃぁ、久々にちゃんとしたバンド練習をしよう」
「うん」
姉御の声掛けに僕達は頷き、スタジオの中に入る。
ここまでは予定通り。
僕は上手く演じられている……のかな?いや、でも、これで良いんだ。
◇ ◇ ◇
僕等は練習が終わった後、いつものファミレスへ――は、行かなかった。
決して僕個人の理由では無い。
宮田が用事があるから先に帰ると言い、木田が送っていくと言い出した……。
何とも付き合いたての定石で微笑ましい限りだ。
全く関係の無い第三者から見たのなら……。
皮肉の一つでも言ってやりたくなるような場面ではあったのだが、それはいけないと良心が止めに入り、快く見送る”フリ”をした。
僕は姉御と二人で帰り道を歩く。
「頑張ったじゃん。まぁまぁ自然だったんで、事情を知ってるあたしとしては逆に不自然だったけど」
「それじゃあ僕はどうしたらいいのさ?今日のが限界……結構、頑張ったつもり」
「いや、悪くは無かったよ。今日の感じで良いんじゃない?」
「まぁ結局、宮田とは今日も話してないけどね……」
「それは多分、ミヤの方の問題だから……保科にはどうしようも無いよ」
「う~ん、そうなんだけどさぁ……」
僕は考え込む。
「でも正直、保科がこんなに早く立ち直るとは思わなかった」
「その件については、お世話になりました」
姉御に向かって深々と頭を下げた。
「別に良いんだけどさ。でも、結構落ち込んでたし、何でそうできたのかな?っていうのは少し気になる」
頭を下げた僕を、姉御は興味津々といった表情で覗き込む。
僕は頭を上げて――
「そうだなぁ……強いて言うなら、もう一回、リフターの時みたいなライブがしてみたい」
「何それ?」
「何それ?って言われちゃうと、そういう事だとしか言えないけど……。もう一回くらい、ああいう大勢の人の前で演奏したい。その気持ちが強いから、今はバンドを続けたいって思った……気がする?」
「要するに、ミヤの事よりバンドの事を優先したって事?」
「そう言えれば格好良いけど……。僕って結局は振られたみたいなワケじゃん?それならそれで、その事はもう諦めて、自分のしたい事をしようと思っただけ」
「何かちょっと違うような気もするけど……。まぁ、でも、ちょっとの間に大人になったね」
「言う程に割り切れてるかは自分でも疑問な所はあるけどね……」
「それは徐々にやっていくしか無いでしょ?」
「まぁ……ね」
「じゃあ、とりあえずは、サクッとレコーディングスタジオ決めちゃおうよ」
「うん、とりあえずそうしよう」
その後、僕と姉御は利用するレコーディングについて話し合った。
どうせならいつものファミレスに行けば良かったと気付いたのは、だいぶ後の話だった。
◇ ◇ ◇
姉御と別れ、寮に着く直前にスマホが鳴る。
僕はスマホをポケットから出し、メッセージを確認する。
――宮田からだった。
少し緊張しながら内容を確認する。
そこに書かれていたのは『今、電話大丈夫?』というものだった。
正直、何を話すべきか悩んだし、怖気づいたが、断る理由も無いのでこちらから電話を掛ける事にした。
「もしもし」
『もしもし』
「どうしたの?急に」
『……何か最近ずっと話してなかったなぁ?って、思って』
「確かに暫く話してなかったね……」
その先に、何を言ったら良いのか言葉が見付けられなくなっていた。
宮田も何も言わず、暫し沈黙。
『本当にごめん。あの時、保科に変な電話しちゃって……。私もどうかしてたと思う』
いきなり謝られた僕は、電話越しだが少したじろぐ。
「別に……あの時は、僕も塩対応で申し訳無いなぁ、とは思ってた」
『私がいけなかったんだよ。急にあんな事聞かれたら誰でも困るよね?ずっと謝りたかったんだけど、タイミングがなくて……保科は怒ってると思ったから』
「もういいよ。別に怒ってないし……もう済んだ事だし」
『でも……』
「全~然っ、大丈夫っ!!」
僕は敢えて明るく元気を装い声を張った。
精一杯の強がりだ。
とはいえ、普段そんな態度を取らないから逆に怪しまれそうではある。
『本当?』
「うん。それよりも良かったよ。木田も僕の大切な友人で、もちろん宮田も大好きな友達、だ……。その二人が付き合たって言うんだから祝う以外の気持ちは無いよ。バンドも続けられるしね」
僕は思わず涙ぐんでしまいそうな気持ちと声色を堪えて、その台詞を言いきった。
『そう……。保科は喜んでくれるんだ……』
「当ったり前じゃん!それ以外に何があるっていうのさ」
相変わらず胡散臭い強がりを、テンションを上げながら言う。
勢いで誤魔化さないと、声にならなくなりそうだった……。
『……うん。ありがとう』
「お礼はいいよ。それより、二人が結婚とかする事になったら、友人代表挨拶は僕がやるから……任せておいてよ」
『…いくらなんでも……飛躍し過ぎだよ』
宮田は軽く笑い、僕もつられて笑ってみた。
もっとも、僕の表情は他人に見せられるものでは無かったと思う……。
だが、これでいいんだ。
結局僕は、何も出来なかったし、しなかったのだから……。
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