第36話


 家を出て二人で歩きながらもやはり無言。


 そして例の公園の前を通りかかる。


 「この間さ……ここで、木田から話をされたんだ」


 会話の取っ掛かりが無かった為、自分の傷口に塩を塗るようなネタを振ってしまった。

 姉御も困った感じで「へぇ」と、気の無い返事をする。


 「保科はさぁ……二人の事を抜きにしたとして、バンドを続けたいの?」


 姉御は僕に質問してきた。

 僕は少し返答に詰まる。


 「そりゃぁ、まぁ……。やりたいよ。元々僕が言い出した訳だし……」

 「なら、どうして自分がやめる方向しか思いつかないの?極端だけど、二人をクビにするっていう考えがあってもおかしくはないと思う……。かなり横暴だし、あたしは絶対に賛成しないけど」

 「賛成しないっていう意見について話すのはどうかと……。でもさ、今のバンドの要って宮田と姉御だと思うんだよね。そう考えると僕や木田って簡単に替えが利くというかなんというか……。数の面でも二人抜けるより一人の方がいいでしょ?それに、僕には二人に辞めろなんて言えないし……」

 「女子メンバーが要かどうかは別として、まぁ、保科の性格も分かるからこんな話してもしょうがないんだけど。ただ、池上が怒ったのはバンドへの姿勢だと思うから……。自分が辞めればいいっていうのは、バンドへの愛着がそんなもんだったって事でしょ?あたしも少し苛ついたし。それに、簡単に替えが利くって、あたしはそんなに薄情じゃないよ」


 姉御の言う事は正論だ。

 皆を気遣っているように見せかけて、自分勝手に逃げ出そうとしていただけなのだ。

 姉御や池上が怒るのも当然だろう。


 「ごめん。……でも、まだ僕自身、色々気持ちの整理がついてないんだ」


 僕は俯く。


 「こっちこそごめん。責めるつもりは……全く無かった訳じゃないけど……。でも、そうだよね……」

 「申し訳ない」

 「あたし達もちょっと急ぎすぎたかなぁ、って、今の言葉を聞いて思った」

 「ううん。逆に助かったよ。僕一人で考えてたら、そういう事にも気付けなかったと思うし」

 「そう?それなら良かった」

 「うん。何だか僕だけの問題で皆に迷惑掛けてるんだなぁ。って、思ったら、少し視野が拡がった気がする」


 「保科だけ……か」っと、姉御は遠くを見て呟いたように聞こえたが、良く聞き取れずに「え?」と聞き返した。

 すると、やや慌てながら僕の背後に回り、背中を叩く。


 「もう少し考えて、それでもバンド続けたいって思ったら言ってね!協力するから」


 先ほどの言動を誤魔化すかのように姉御は笑顔を浮かべて言う。


 「うん……。でも実際、その答えはもう多少は出てるんだけどね。やっぱりバンドは続けたい。でも、二人とどう接すればいいか分からない。それに悩んでるだけなんだ」

 「そっか。でも、木田がミヤの事好きだっていうのを、保科は少し前から知ってたんだよね?それでも普通にしてられたのは何で?」

 「それは……。まだどうともなってなかったから?それほど、意識して無かったから?なのかな?」


 僕自身、そこが曖昧だ。

 確かにモヤモヤした気分ではあったが、今ほどダメージを受けるとも想像出来なかった。


 「それって結局、あたしと池上が余計な事言って、保科を煽ったせい?だとしたら、本当にごめん」


 姉御は僕に向かって、深々と頭を下げる。


 「いいって……。でも、確かにそうなのかもしれない気がしないでもない……。いや、姉御と池上の話だけじゃなくって、最近、宮田の事で色々あったから、そこに来てあの話を聞かされて……それで好きかも?ってなっちゃった気もするし……」

 「でも、それってやっぱりあたし達のせいじゃない?」

 「そうなのかもしれないけど、それだけじゃない気もしててさ……。良く分からないんだよ。冷静に考えて見ると、自分がここまでヘコんでる事自体が不思議に感じてるし……」

 「はは。何それ?」


 姉御は笑う。それを見て僕は少し恥ずかしくなった。


 「言ってて本当に分からなくなってきた。だけど、ちょっと気分が晴れてきたかも?……姉御、ありがとね」

 「本当によく分からないけど、どういたしまして」



  ◇  ◇  ◇



 僕と姉御がそんな話をしながら歩いていると、駅に到着した。


 「ここで、大丈夫」

 「そう」

 「とりあえず、バンドの事も大事だけど、池上にはちゃんと謝っときなよ」

 「まぁ、そうしたいんだけど……。謝るって言っても、何をどう謝ればいいのかがよく分からないんだよね。謝るっていうのが正しい事なのかも分からないし……」

 「それはそうかもね、結局は保科の意気込みを見せる事でしか、池上は許してくれないだろうし」 

 「僕はどうすればいい?」

 「そんなのあたしに聞かれても困るよ。とりあえず、バンドを続けるのか続けないのか、そこから考えていくしかないんじゃない?あたしはどっちの意見でも、真剣に考えた結果なら何も言わないよ。保科のしたいようにすればいいと思う」

 「僕のしたいように……か」

 「一応、あたしの意見としては、まだ保科とバンドやりたいとは思ってるよ。当然、今のメンバーでって話だけど」


 そう言った後、姉御は駅の中に入っていった。



  ◇  ◇  ◇



 僕は実家に帰りながら考えていた。


 今の僕はバンドを辞めてしまったら何が残るんだろう?

 ここ最近は、バンドが中心で、今までの自分がどんな事をして時間を消費していたのか思い出せない。

 バンド辞めてしまったら、もうリフターの時の様な気分は二度と味わえないんだろうなぁ……。

 高校生ライブとか学園祭ライブとか……それらも全部嫌な思い出に変わってしまうんだろうか?


 それを宮田と木田のせいにしてしまうのが、僕の望む事か?

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