第35話
目が覚めたのは翌日の朝……それも早朝、午前四時半。
二度寝をする事も可能かと思ったのだが、完全に目が冴えてしまった。
本当は寝ていられるのなら、なるべく長時間寝ていたい――というよりも、起きていたくない。
何も考えたくないから……。
というのが僕の願望だったが、どう頑張っても眠れない。
普段なら意識せずとも寝られるのに。
そうなると、じっとしていられず、散歩をしてみることにした。
家族が寝ているので、なるべく音を立てぬように静かに家を出た。
◇ ◇ ◇
外のまだ冷たい空気と薄暗い空は、昨日一日中、家の中で悶々としていた僕の頭を少しだけすっきりさせてくれた。
当然、悩みが消えたという訳ではない。
考えながら歩いていると、一昨日の夜に木田と話をした公園に辿り着く。
立ち寄るべきか悩んだのだが、僕はあの日と同じベンチに腰掛けてみることにした。
呆けて空を見上げて、力無く腕を背もたれの後ろに垂らした姿勢でベンチに座っていた。
そう、宮田も木田も悪い事はしていない。
自分の気持ちと、考え抜いた結果を伝えただけなんだ。
木田も多分、頑張ったんだろうし、宮田も精一杯考えた結果なんだろう。
その結果に対して僕が難癖つけるのはおかしいし、何より格好悪い。
そう頭では理解できても、気持ちは晴れない。
結局、僕は何もしていなかった。
ただ一人で右往左往していただけ……いや、それすらしていただろうか?
何もしていなかった僕が、恩恵を求めようだなんておこがましい考えなのかもしれない。
こうなることは自然な流れだったのだろう。
そう考えると、今の自分自身に嫌悪を感じる。
僕は何を悩んでいるのだろう?
悩む資格すら僕には無いのではないか?
全ては自業自得、因果応報というヤツだ。
結局何の解も出せず、自分の惨めさ、ふがいなさ、格好悪さ、情けなさ等々を痛感しただけで、家を出る時よりも重い足取りで帰路に着いた。
◇ ◇ ◇
家に帰った僕は、またも驚いている母の視線を横目に自室に戻った。
当然、朝食は食べない。
ベッドに横たわり目を瞑ると、今度は無事に眠りに就けた。
◇ ◇ ◇
自室のベッドで寝ていた僕は、ドアをノックする音と、母の声で目を覚ました。
窓の外の明るさから察するに、正午くらいであろう。
「お友達が来てるわよ。起きなさい」
母がドア越しに大声で言う。
寝ぼけていた僕だったが『お友達』という言葉に反応し、一気に目が覚めた。
誰が来たんだ!?と、寝ぼけながらも焦って考えた。
中学の時の友人が実家に居るかも分からない僕に連絡も無しに会いに来ることはまず無い……。
そうなると、僕の実家を知っていて、且つ今の状況を把握出来るのは木田か?もし、そうなると、バンドメンバー全員で来ている可能性もあるのか?……それは流石にキツイ。
しかしながら、わざわざ実家まで来て貰って顔を出さないのは、いくら何でも失礼だろうし不自然だと思い、意を決して玄関に向かった。
恐る恐る、非常に重い足取りで階段を降り、玄関まで来た僕は、予想外の顔ぶれに驚いた。
そこに居たのは池上と姉御の二人だった。
安堵したのも事実だったが……。
とりあえず、僕は二人を自室に案内する。
◇ ◇ ◇
姉御と池上の二人には空いている空間に座って貰い、僕はベッドに腰掛ける。
「どうして二人が来たの?」
「いや……急にスタジオ休んだのって、やっぱりあの二人の事が原因なのかなって……」
姉御は気まずそうに僕から目線を外して答えた。
「あぁ……。まぁ、今更二人に言い訳するのもあれだし……そういう事なんだけど。……ごめん」
僕は言い訳する事無く、姉御に頭を下げた。
「うん。でも、あたし達も保科を煽るような事言って悪かったとも思ってる。ごめん……」
姉御も頭を下げる。
「俺も無責任だったと反省してる……」
池上も気まずそうに謝る。
「それはいいけど、まさか木田に僕の実家聞いたりしてないよね?」
「流石にそこまで抜けてないよ。別の人から聞いたから大丈夫。木田とかミヤも一緒に来るって言い出したら面倒だし……」
「まぁ……そうなんだけどさ……。そこまで二人が気にしなくても大丈夫だよ。勝手に僕が勘違いしただけだし……」
言葉にしてみて改めて傷つき、俯く。
「えっと……なんだ……。そういう事って結構あると思うし……まだ俺ら高校生だぜ?この先いくらでも出会いはあるよ」
池上は気を遣って言ったのかもしれないけれど、今の僕にはその言葉がキツイ。
何がキツイのか自分でも説明しようが無いのだが、敢えて言うならば、出来が悪く、あからさまな慰めの言葉である事が惨めさを際立たせているからかもしれない。
「……確かに、このままってワケにはいかないけど、どんな顔して二人に合えばいいのか……。いや、ちょっと違う。二人に会う時に、僕がどんな顔をしちゃうのか分からないんだ」
「言いたい事は分かるけど、ずっと顔出さなきゃ余計心配すると思うし……。そうすれば、結局二人だって保科に連絡してくると思うよ?キツイかも知れないけど平然とする努力をしないと……。CD製作の話も進めていかなきゃだし」
姉御の言葉を聞いて、僕はふと口にしてしまった。
「……実はさ。僕、バンド辞めようかと思って……」
「「はっ?」」
姉御と池上が同時に驚く。
「一度こういう風になっちゃうとさぁ、なかなかいままでと同じって訳にはいかないでしょ?そうすると、バンド内の空気も悪くなるわけで……。で、その原因を作るとしたらやっぱり僕が可能性高いよね?それなら、僕が抜けて新しいベース入れた方がバンド的にはダメージが少ないかと思って……」
何とか自分を正当化しているような言い回しに、自分でも何か違うと感じはしたものの言ってしまった後なので、言い直しはしなかった。
「何それ――」と、言い掛けた姉御に、池上は被せるように言った――
「んだよそれ?ただ単に気まずくなったから、バンド辞めたいってだけの話だろ?バンドの事考えて~みたいな言い方で、他のメンバーのせいにすんなよ」
池上はとぼけた口調ながらも苛立ちを露わにしていた。
その言葉に対して図星を突かれた僕は、どうしようもない程に情けない単なる逆ギレをした。
「池上には関係ないだろ!?これはうちのバンドの問題なんだよ」
「ああ、確かに俺には全っ然関係ねぇよ!お前達のバンドの事なんて……だけどなぁ、バンドでやってる以上は一人が辞めて全く問題ねぇなんて事はねぇんだよっ!!しかもそれをメンバーの事を思いやって、みたいな感じで責任逃れしようとしてるのが気にくわねぇ」
池上の言っている事は正論だと思う。
本当は言い返せるような言葉は無いのだが、後に引けなくなった僕は――
「僕一人が抜けて片付くならいいじゃん!?それ以外に何かいい方法ある?」
僕は何に怒っているのか、よく分からなくなってきた。
「そんなの岡村もさっき言ってただろうが!……それに、そんな簡単にバンド辞めるとか言い出すんだったら、調子に乗ってプロ目指そうとか言ってんじゃねぇよ」
池上は僕を睨む。
様子を見ていた姉御は慌てて――
「ちょっと待って、二人とも。落ち着いてよ!!」
姉御が仲裁に入るのだが、池上は立ち上がる。
「わりぃ、岡村。俺、先に帰るわ」
池上は、そう言い残し部屋を出て行った。
残された僕と姉御は、なんとなく会話が難しくなり暫く無言。
「何か……あたしも帰るね」と、姉御が言ったので、駅の近くまで送る事にした。
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