第34話
何時間歩いただろうか?
寒さも厳しくなってきたので、ひとまず二十四時間営業のファミレスに入る事にした。
◇ ◇ ◇
ドリンクバーを注文し、コーヒーを淹れて席に戻る。
コーヒーを一口飲む。
すると、いつものファミレスでは無いのだがバンドメンバーと楽しく会話していた記憶がフラッシュバックしてくる。
これはこれでキツイ……。
この場所は失敗だったかもしれない……。
僕は頭を抱え、強く強く目を閉じた。
その風景を見ないように。
何も聞こえないように……。
僕は、いつの間にか眠りに就いていた。
◇ ◇ ◇
目を覚ますと窓の外が明るくなり始めていて、早朝であることを知覚させた。
店員さんの冷ややかな視線を感じながら、飲みかけで冷たくなったコーヒーを飲み干して店を出た。
◇ ◇ ◇
行く所の無い僕は、気が付けば実家の前に来ていた。
まだ家族は起きていないだろう。
あと少しすれば、母は起きるのだろうか?
『というか、今何時なんだ?』そう思って、久しぶりに時間を確認しようとスマホを見た。
すると、姉御からもメッセが入っていた。
確認すると『ミヤから木田との事を聞いた。保科には木田の方から伝えるって聞いてたから、もう知ってるとは思うけど……本当にごめん』と、入っていた。
姉御に謝られても……という話なのだが、姉御も僕に対し罪悪感があるのだろう。
そのメッセを見て、昨日の事は夢では無かったのだと実感した。
何となく動く力を失い、実家の門の前に座り込んだ。
すると、後ろからドアの開く音が聞こえる。
振り返ると母が朝刊を取りに家の外に出てきた。
僕の姿を見つけ、驚いた様子の母。
「守?こんな時間にどうしたの?」
「え……と、春休みなんで、ちょっと帰ってきた」
「何も連絡無しに?こんな時間に?……とりあえず、中に入れば」
母は門を開ける。
「……うん」
怪訝な表情で僕を見る母だったが、促されるまま僕は家の中に入った。
「朝ごはんは食べないの?」と、母は尋ねてきたが、横目に通り過ぎて「とりあえず、眠いから寝る」と言って、自室に向かった。
◇ ◇ ◇
約三ヶ月ぶりに帰ってきた自室は、当然ながら何も変わってはいなかった。
暫く使っていなかったベッドの上に倒れこむ。
少し埃っぽさも感じたが、そんな事を気にしていられる程の余裕は無かった。
ベッドの上で目を瞑ってはみたのだが、先程ファミレスで寝たせいなのか、または精神的な理由なのか、体はものすごくダルいのに眠りに就くことが出来ない。
そうなると、どうしても余計な事を考えてしまう……。
正直、宮田は断ると思っていた――
僕の希望的観測と言うのもあるのだが今までだって何度もそういう場面を迎えていた筈なのに、宮田は誰とも付き合う事は無かった。
だから今回もそうなると思っていた。
木田は僕の知らないところで、宮田とどんなやり取りをしていたのだろう?
木田は木田で色々努力していたんだろうか?
そう考えると、特に何もせず、困っている時には冷たい対応しか出来なかった僕は振られて当然なのか?
いやいや、振られるもなにも僕は何もしていない……。
結局のところ、今更何を考えたとしても、全て手遅れ……。
確か今日はバンド練習の日だ。
行きたくないなぁ……。
二人にどんな顔をして会えばいいんだろう?
こういう場面は、無理して強がって明るく二人を祝うのが正解か……?
――無理だ。
今の僕に、そんな事は出来ない。
じゃぁ、どうしたらいい?
僕が今の状態でメンバーに会ったら、それこそ心配されてしまう。
それもシャクに触る。
何を言ってしまうかも分からない。
やはり、今日は休もう。
それが一番だ。
思い立った僕は姉御に『取り敢えず、良かったんじゃん?』と、精一杯強がったメッセを送り、ついでに今日の練習を休む事を伝えた。
理由は、風邪を引いたという事にしておいた。
色々とバレバレな嘘だと思うが、いまいち頭の働かない僕には限界だった。
その後も解決する事のない考え事を悶々と続け、母の昼食の呼び出しも無視して寝たフリを続た。
その頃、姉御から『わかった』と、簡潔な一言だけが返ってきた。
姉御は元々手の込んだ言葉を返すタイプではないのだが、それにしても簡潔。
腫れ物に触るような心境なのだろうか?
だがそれも、今はどうでもいい事だ……。
学校が春休みに入ってくれていて助かった。
流石に学校を何日も休む訳にはいかないし……。
ただ、学年が変わっても人の入れ替わりがないウチの学校では、当然三年生になっても宮田と同じクラスなワケで、嫌でも毎日会う事になる。
春休みが始まったばかりだというのに、新学年が憂鬱だ。
どうにか早いところ自分の気持ちを整理しないといけないとは思いつつも、そう簡単にはいかないと否定してしまう自分もいて結局は堂々巡り。
そんな考え事を続けていると、窓の外は暗くなっていた。
時間を確認すると午後6時12分。
スタジオ練習に入る予定だった6時を回っている。
もう皆スタジオに入ったんだろうか?
姉御は僕の事をどう説明したのだろうか?
宮田や木田はどう思っているのだろうか?
……今更考えてもどうしようもないのだが。
母がドアをノックし、夕食の呼び出しを掛けてくる。
いい加減、空腹感はあるし、僕も家族の前に顔を見せて夕食を食べる事にした。
◇ ◇ ◇
僕がダイニングに顔を見せると、家族は父、母、妹と全員揃って食卓に着いていた。
正月以来という事で、さほど時間が空いている訳ではないのだが、今の僕の心境だと何だか気まずい。
平静を装わなくてはいけないというのが、気持ちを更に重くした。
僕が食卓の椅子に腰掛けようとすると――
「どうしたんだ?急に。何も言わず帰ってきて」
父は質問してきたが、僕に明確な理由は無い。
行く場所が無かっただけだし……。
「どうしたって事はないんだけどね……春休みに入ったんで、なんとなく……」
僕は、苦笑いを浮かべながら答えて椅子に座る。
「それにしても、あんな朝早くに……」
母は心配そうに僕を見る。
その、心配されるような表情が今の僕には結構辛い。
母は全然関係ないのに何故だか胸が苦しくなる。
「いや、たまたま……朝早く起きちゃって……それで、実家に顔出してみようかな?と思ってさ」
ぎこちない苦笑いを浮かべながら、僕は苦しい言い訳をする。
「ただ単に、朝まで遊んでただけじゃないの?その顔見るとさ」
妹は何とも心無い一言を言う。
少なくとも、楽しく遊んでいられるような心境ではないと言うのに……。
しかし、多分ではあるが今の僕の顔は寝不足で随分と酷い事になっているのだろう。
今日はまったく鏡を見ていないのでよく分からない。
「もう三年生で受験も控えてるんだ、しっかりしろよ」
「いや、そんなんじゃないって」
父の言葉に否定はしたが、信じて貰えていない様子だ。
あまり寝ていない為……なのか、精神的なものなのか、空腹感とは裏腹に食欲は湧かない。
料理に殆ど手を付けず、二、三口で食事を終える。
その様子を目にした母は、やはり心配そうに声を掛けてきたが、「ごちそうさま」と言って、目を合わせぬまま僕は自室に戻った。
◇ ◇ ◇
自室に戻った僕は明かりも点けずに再びベッドに寝転がり、どうにもならない考え事を続けていた。
気が付けば、バンドが全ていけなかったんじゃないか?という考えにまで至っていた。
そもそもバンドを始めさえしなければ、宮田と木田は知り合う事もなかった訳で、僕と宮田の距離感も変わることはなかった筈だ。
そうだ、全部バンドが悪い。
だいたい、僕の性格には合ってなかったんだ。
人前に立って演奏なんて、僕が今まで望んだ事があるだろうか?
楽しかった気もするが、その代償が今の状況なら、やらなかった方が全然マシだ。
やっぱりバンドなんて辞めてしまおう。
僕が辞めてしまった所で僕の代わりを見つけるのは簡単だろうし……。
むしろ、その方が実力的には上がるんじゃないだろうか?
何より、僕は今の状況で平然とバンドを続けていく自信は無い……。
僕はもう十分楽しんだ……そう十分楽しんだ筈だ……。
何とか自分を納得させる為、後ろ向きな考えを、前向きに検討していた。
そうしている内に、いつの間にか眠りに就いていた。
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