第33話


 終業式。

 このイベントをもって、僕の高校二年生は終わる。


 二週間後くらいには最上級生の三年生という、今後の将来を見据える上で重要な学年になるわけだが、実際僕は何も考えていなかった。

 それ以上に考える事が目の前にあり過ぎて、そこに意識が向かないのだ。


 体育館での退屈な式典を終え、いつもより早い時間に学校が終わる。

 結局、木田の告白の後から、宮田とは一切会話も連絡も無く春休みを迎える事となってしまった。



  ◇  ◇  ◇



 学校が終わった後、一度寮に戻ってからバイトに出た。


 バイトの時間も終わりが近づいてきた頃、僕の携帯が鳴る。

 メッセージの確認をすると木田からで『今、時間あるか?』と入っていたので『バイト終わったら連絡する』と返した。

 木田からの連絡という事は、例の話に何か動きがあったんだろうか?と勘繰り、少しばかり緊張した。



  ◇  ◇  ◇



 バイトの時間が終わり、木田に電話を掛ける。


 『もしもし』


 木田が電話に出る。


 「どうしたの?急に」

 『今から会って話出来るか?』

 「今から?まぁ、別に大丈夫だけど」

 『それじゃぁ……』



  ◇  ◇  ◇



 僕と木田は、僕の実家から割と近い、特に何も無い公園で落ち合う事にした。


 どうしてまだ肌寒い3月に、どこかの店の中でなく屋外の公園が待ち合わせ場所なのだろう?

 人の居ない所で話したい事なのだろうかと、話の内容を推測させる。

 そんな事を考えながら歩いていると公園に着く。

 外灯近くのベンチに座る木田を見つけ、駆け寄り声を掛けた。


 「おまたせ」


 木田は気が付き僕の方へ向く。


 「わりぃー、急に呼び出して」

 「別にいいけど、どうしたの?」


 僕は、木田の横に腰掛ける。


 「いや……。ホッシーにはさ……。知っておいて欲しい事があって……」


 真剣な口調で木田は言う。

 どういう方向へも持っていける前置きが、僕の緊張感を高める。


 「……何?」

 「ほら、ミヤちゃんの事好きだって前に言ったじゃん?……で、とうとう告白したんだよ」


 それは知ってる。

 とは、言えない僕は――


 「へ、へぇー……で?」

 「相変わらず、反応薄いなぁ。面白味が無い」

 「いや、凄い驚いてるよ。……で、どうなったの?」


 木田は僕から目を逸らし、空を見上げるようにして大きく息を吸った。

 僕としては、どうなったのか早く結果を聞きたいし、まだ返答待ちならそうだと早く言って欲しい。

 もしかしたら、気持ち的には木田より焦っているのかも知れない。


 大きく吸った息を、下を向いて吐いた木田は、僕の顔を見て――


 「……”いいよ”って返事が来た……」


 木田は恥ずかしそうな笑みを浮かべる。




 言葉が出なかった。

 頭の中が真っ白だ。

 木田は何を言ったのだ?

 いや、僕が木田の言っている事を理解できていないのかもしれない。

 あれ?木田は何の話をしてるんだっけ?

 動揺しまくっている僕は、よく理解していないにも関わらず、何か祝辞を言うような場面なのか?と考え――

 「……おめでとう」と、心ここに在らずの状態で口にした。

 随分と、ぎこちない笑顔を浮かべていた筈だ。


 木田は続けて何かを話しているが、全く頭に入ってこない。

 僕はそれを、何故かへらへらしながら聞いている”フリ”をしていた。


 気温のせいか、次第に頭が冷えてきてようやく理解し始めた……。



 そうか、宮田と木田は付き合う事になったのか……。



 理解した瞬間、その場に崩れて膝を着いてしまいそうなくらい脱力したのだが、どうにかそれだけは食い止めた。

 だが、この場をどう繕えば良いのかも、何を言えば良いのかも分からない。

 それでも、沈黙するのもいけない気もしていた。


 「ど、どうして僕にその報告を……?」


 考えてみれば、友人でありバンドメンバーである僕に報告することは別におかしな事ではなく、ごく当たり前の事なのだが、個人的な聞きたくなかったという理由から聞くまでも無い事を聞いてしまっていた。


 「どうしてって言われると……。共通の大切な友達で、バンドメンバーだし……黙っているってのもおかしいしさ……。あっ、ひょっとして何でこんな所でって事?」

 「あっあぁ、うん……メッセとかでも良かったのかなぁ?と、思ってさ……」


 木田が変に気を回してくれたので、僕はそれに乗っかった。

 僕の意思で発せられる言葉が今は見つけられていない。


 「それはさ……やっぱり、さっき言った通り、俺もミヤちゃんもホッシーの事は、すげぇ良い友達だと思ってるから……。当然、姉御もさ。そういう友達には、メッセとかじゃなくてきちんと自分の言葉で伝えたかったんだよ」


 木田は夜空を見上げて言っていた。


 僕としては、そんなキレイな事言われても『少しも共感できないし、むしろ言われない方が平和だったよ』と言ってしまいたくなった……。

 だが、言ってはいけないという事くらいは理解出来た。

 自分自身がより惨めになるし、幸福に浸っている木田に水を差すのも悪いと思った。


 そう、木田は何も悪くはないのだ……。


 「とりあえず、伝えたかった事はそれだけ……。あっ、この間は練習休んですまん。明日はちゃんと行くよ」


 木田は僕に軽く頭を下げて、ベンチから立ち上がる。

 木田が「じゃっ、帰るな」と言って、僕は小さく「うん」と答えた。

 僕は一人、公園のベンチに座ったまま、動けずにいた。




 身体の動かし方を忘れてしまったのではないかというくらいに全く動けず、暫く公園に居たのだが、ふと、ここに留まっている事が不快に思えてきた。

 ゆっくりと力無く立ち上がり、公園を出て何処に向かうでもなく歩き始めた。

 ただ、足の向く方へ。

 何かを考えたり、何かを感じるのを少しでも紛らわせたかった。

 だが、それには大した意味も効果も無く、すぐに立ち止まったり、また進んでみたりと、自分が何をしているのかよく分からない。

 傍から見たらおかしな行動だったと思う。


 そんな時、携帯電話が鳴る。

 画面を見ると、池上からメッセが届いた。

 『何処行ってんだ?』と入っていたが、それに既読は付けず、僕は時間だけを確認した。

 すでに日付は変わっていた、しかし寮には戻りたくない。

 実家にも帰り辛い。

 とにかく人に会いたくない。

 友人だろうが、肉親だろうが、会話をすると、色々塞き止めていたものが決壊してしまいそうで……。


 だが、涙が出てくるということは無く、ただただ虚しい。

 「死んでしまおうとか?」などと考えるでも無く、ただ何も考えなくていい場所に行きたい。



 誰かに心配されたくも無かったので、池上には「実家に帰る用事が出来た」と返しておいた。

 とにかく誰かに干渉されるのを避けたかった。

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