第32話
「なんでここに居るの?」
姉御は驚きながら池上に尋ねた。
「失礼だな。ただ、外歩いてたら二人が居たからちょっと寄ってみただけなんだけど……。あれ?二人だけって事は、もしかして……お邪魔だったか?」
「違うっ!私達じゃなくてミヤと木田……っあ」
姉御は『しまった』というような表情で、口を塞ぐ。
僕は我関せずとばかりにジュースを一口。
「ふぅ~ん……。そういう事か……何となく見えてきた」
池上は何かを感じ取った様子で、僕の横に腰掛ける。
「え?池上も参加すんの?」
話に入ってきた事にも驚いたが、最近の僕との間に生まれていた、少しばかりの不穏な空気をまるで感じさせない自然な振る舞いにも驚いていた。
僕の思い過ごしだったのか?
「やっぱり俺の言った通りになったワケか……」
戸惑う僕を無視して池上は話を続ける。
「木田君が宮田に告ったとか、そんな話だろ?」
「何で分かるの?」
僕は驚く。
「やっぱりそうなんだな」
自分の言動に軽率さを感じたが、どの道隠しきれる事はなかっただろうと思った。
僕は嘘を吐くのが得意ではない。
「よく分かったね」
「今の雰囲気と岡村の反応を見れば何となく分かるよ」
「あぁ、まぁね……」
ついでなので、ここだけの話という事で池上にも概要を話して意見を聞く事にした。
その事については姉御も納得した様子だ。
結局、僕も話したがりなだけかもしれないと、多少の罪悪感を憶えたのも確かだった。
「……ふーん、話は分かった。でも、それならバンドとしては二人に付き合って貰うのが一番楽だよな」
一通りの話を聞いた池上は答えた。
「だけど、それはそれで後で問題が出てくるかもしれないし……」
僕は反論する。
「それはその時に考えるしかないだろ?今は二人に上手くいって貰えれば、取り敢えずは万事解決なワケじゃん?もちろん、宮田の気持ち次第だけどな。そこはどうなん?」
「どうなん?って言われても、知らないよ」
「何か聞いたんじゃねぇの?最初に連絡貰ったんだろ?」
「それは……」
あの時、宮田はどんな意見を僕に求めていたのかは分からないままだ。
「……あたし、ちょっと思うんだよね。どうして、ミヤはあたしに言わないで保科に言ったのか」
暫く聞き役に回っていた姉御は唐突に言う。
「あたしの憶測が間違ってなければ……。ミヤが好きなのって保科じゃないかなって思うんだけど……?」
「はぁっ!?」
僕は思わず声を張ってしまった。
周囲のお客さんの視線が一瞬こちらに向く。
僕はそれを感じ取り、恥ずかしくなって小声になる。
「どうして急にそんな話になるの?」
「えっ?だって、ここまでの話を聞いて……それで、普段を知ってればそんな気もするよ」
「俺もそう思う」
池上は静かに頷く。
「なんでそうなるんだよ。だって、宮田が好きなのって池上じゃないのか?」
僕は動揺し余計な事を言ってしまった。
「はぁっ?」
今度は池上が驚く。
「姉御から中学の時の話を聞いてからそう思うようになったんだよ。だから今みたいにバンド始めたんじゃないかなぁ?って」
僕は言うつもりも無かった事をこの場で言ってしまった。
姉御は困ったような表情をする。
しかし、池上は笑い始めて――
「いやいや、それは無いって……しっかし、中学の時の話がここで出てくるとは思わなかった」
池上は笑い続ける。
「どういう事?」
姉御が問いかけた。
「え?だって、中学の時の話ってあれだろ?俺と宮田が付き合ってるとかなんとか。あれは単なる勘違い、というか人違い」
「「はぁ?」」
僕と姉御は同じ反応をした。
「今は違う学校だから言っちゃうけど、俺……中学の時から宮田のお姉さんの
「「えぇっ?」」
再び、僕と姉御は同じ反応。
「姉妹だけあって、あの二人似てるんだよ。で、中学の時の宮田って京子さんと似た感じで髪長かったし、それを見て勘違いした奴が宮田と付き合ってるって噂したんだ。で、本当の事を話そうかと思ってたんだけど、京子さんは本当にそういう風に目立つのが嫌いな人で、俺と付き合ってるって事を知られるの嫌だったみたいだから俺と宮田で隠したってワケ」
なんだそりゃ?と僕は思ったのだが、姉御はそれだけではなかったようだ。
「そんな事で……ミヤがどれだけ嫌な思いしてきたと思ってるの?目立ちたくないとかそんな理由だった訳?あんたもあんたでそんな彼女を説得出来なかったの!?」
怒りを露にする姉御。
姉御の様子を見て池上は少したじろぎながら。
「俺も宮田に悪いと思ったさ……けど、宮田自身がそれで良いって言うんだからそうするしかないだろ?」
「ミヤ自身が……?」
姉御は落ち着くというよりも、考え込んだ様子。
その様子を見た僕は、空気を変えようと――
「話が逸れちゃったけど、何の話してたっけ?」
「宮田がお前の事好きなんじゃないかって話だろ?」
池上が冷静に話を戻してくれて、僕は少し後悔した。
そんな話してたんだっけ?……と。
「あたしも前から思ってたんだけど、二人とも両思いなんじゃないの?」
姉御の言葉に、池上も無言で頷く。
僕はあたふたしながら――
「えっ?……だって、宮田は池上の事好きなんだと思ってたし……。それに、結構モテるみたいだし……。僕のことなんて相手にして無いと思ってたけど……」
「自分が想ってる事は否定しないんだな?」
池上のその言葉を聞いて、僕は更に焦る。
「いやいや、そういう事じゃなくてさぁ……」
僕は何とか誤魔化そうとする。
「そうなると、いよいよ難しくなるね。今回の話は……」
姉御は僕を無視して話を進める。
「木田君の一人芝居になっちゃうのかぁ。ちょっと気の毒だな」
そう言って池上も頷く。
「どうして、そういう話になってるの?」
僕も口を挟むのだが、あまり聞き入れては貰えない。
「で、保科はどうするんだ?」
池上が僕に尋ねてくる。
姉御も真剣な表情で僕を見ている。
二人の様子を見て、僕も観念することにした。
多分、この場をどう誤魔化したところで、この話題は出続けるだろうし、そろそろ自身の気持ちをはっきりさせたいとも思ったのだ。
「……あぁ、確かに僕は宮田のことが好き?なのかもしれない……。でも、だからと言って、僕は何をすれば良いんだよっ!!」
僕の言葉に二人は驚き?喜び?二つの感情が混じったような表情をする。
「いや、何か……。良い物を見せて貰った気がするよ」
目を潤ませながら池上は僕の肩を掴む。
「聞いてるこっちが恥ずかしくなってきちゃった」
姉御は掌で頬を押さえ、恥ずかしそうにしている。
だが、二人とは対照的に、僕は冷静だった。
言葉にしてしまえば、なんてことは無い。
色々考えて、自分の中に溜め込んでいた悩みがこんな簡単に晴れるのか?と思う程に。
他人の話ではしゃぐ二人を見て、僕は言った。
「ここまで聞いた以上は、二人にも考えて貰うよ。バンドも無くさず、僕等の関係性も悪くならない方法を……」
その言葉を聞いた二人は、いともあっさり答える。
「いや、無理だろ?完全な円満解決は無いって」
池上は悪びれた風も無く言う。
「あたしもちょっと良い案は出てこないなぁ……。でも、やっぱり保科もミヤに告白した方が良いって。後悔しないようにさ」
姉御は、良い事を言っているかの様に言うが、今それをやったら僕と木田の関係性は崩れるワケで……。
結局のところ、バンドは無くなってしまう気がする。
それは、僕の望む方向ではないし、出来ない事も自覚している。
そんな無責任な二人の返答を聞いていたら次第に腹が立ってきた。
「二人ともさぁ、真剣に考えてないだろ?他人の恋バナ聞いて楽しんでるだけじゃない?そんなんだったら僕はもう帰るよっ!!」
僕は代金を置いて席を立ち、二人に目もくれず店を出た。
寮に戻れば、再び池上と会うことは分かっていたが、そんな事は気にせず寮に向かった。
二人のいい加減な態度に怒りはしたものの、実際は結構浮かれていたのだ。
理由は明白。
今迄なるべく考えないようにしていた、宮田が僕の事を好きなのではないか?という事が、主観ではなく他人の目からてもそう見えるのだと知り、信憑性が出てきたのからだ。
付き合っているのか?と聞かれたことは何度もあったし、僕が宮田のことを好きなんじゃないか?と聞かれた事も何度もあった。
だが、宮田が僕の事を好きなんじゃないか?と聞かれた事は意外にも無かった気がする。
それに、宮田と付き合いの長い人達の証言だから尚の事信用できる。
そんな感じで、実はあまり不快では無く、怒った態度は照れ隠しの意味合いが強かった。
浮かれている姿を見せたくない為の”フリ”だ。
内心では軽くスキップしてしまいそうな程浮かれていた。
◇ ◇ ◇
僕が寮に着き、暫くすると池上も寮に帰ってきた。
謝罪をしていたが、僕は相変わらず怒った”フリ”を続け、不貞腐れている様な態度で寝てしまった。
◇ ◇ ◇
翌日の学校では姉御が僕のクラスまで謝りに来たので、流石に怒っている”フリ”を続ける訳にもいかず、今後の事を真剣に考えるという事で和解した。
しかし、この日も宮田とは何のやりとりも無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます