第37話


 実家に帰ってきたのだが、何となく気分が落ち着かず、久しぶりに自転車で出掛ける事にした。


 目的地は無い。

 ただの気分転換。

 別段、自転車が好きという訳でも無い。

 だが、徒歩よりも少し早く流れる景色が、また少し心境を変えてくれた。



  ◇  ◇  ◇



 そろそろ引き返そうかと思い、休憩がてらコンビニに寄る事にした。


 自転車を置き、店内の雑誌コーナーで少し立ち読みでもしようかと近寄ったところ、先に立ち読みしていた人物に見覚えがある事に気が付いた。

 そこに居たのは、同じ学校の同学年で、更には池上のバンドでベースを弾いている浜野君だった。


 しかしながら、声を掛けるべきか躊躇した。

 理由は分からないが、僕は浜野君にあまり好かれていない気がする。

 そんな事もあってか、僕もあまり好印象を持ってはいない。

 むしろ苦手と言っても良いだろう。


 考えた末に、一応は簡単な挨拶だけでもしておくのが礼儀か?という結論に達した。


 「ど、どーも」


 僕が声を掛けると、雑誌を読んでいた浜野君は怪訝そうな顔でこちらを見る。


 「誰?」


 結構、恥ずかしかった。

 僕が人違いしたかと思い、確認する。


 「えっ?と。池上と一緒にバンドやってる、浜野君ですよね?僕、池上と寮で同室の保科です。あー、前にライブ一緒にやった」

 「あぁ、そう言えば会った事あったかもね。で、何か用?」


 それ以外でも、スタジオとかで結構顔を合わせている上に同じ学校なんだけど……と、思いはしたが、先ずは思い出しても素っ気無い反応を見て、声を掛けた事に深く後悔していた。


 「用って言う程の事は無いんですけど……。見かけたんで」

 「別に気を遣って声掛ける必要なんて無いよ。君等の事あんまり好きじゃないし」


 浜野君は目線を本に戻す。

 嫌われている事をこうもはっきり言われると、逆にすっきりする感もあるのだが、つい気になって聞いてしまった。


 「僕は何か失礼な事しましたっけ?」

 「別に気にしなくていいよ。個人的に君達みたいなチャラチャラしたお遊びバンドが嫌いなだけだから」


 浜野君は目線を合わせず雑誌を読みながら、さらっと言う。

 実に感じ悪い。

 流石に温厚な僕も気分が悪くなりムッとして「すんませんでした」と、小さく頭を下げ立ち去ろうとしたところ――


 「あっ。あと、もうウチのバンド解散してるから。池上から聞いてないの?」


 僕は驚いて振り返る。


 「……えっ?どういう事ですか?」

 「どういう事も何も、そういう事だよ」

 「どうしてですか?」


 雑誌を読んでいる浜野君を、僕は問い詰める。


 「君には関係ないだろ?訊きたければ池上にでも訊いてくれよ。友達なんだろ?」


 うざったそうに答える浜野君を見て、気になる事は多々あったが、それ以上は質問せず僕はコンビニを出た。



  ◇  ◇  ◇



 実家に帰った僕は、自室のベッドに寝転がる。

 池上のバンドが解散していた事実は、他人事ながらショックだったのだ。


 友人のいるバンドとはいえ、普通ならそこまで気にする事ではないのだが、僕の中ではもっとも身近な目標として存在していたバンド。

 そこが解散してしまったというのは悲しいというよりも、むしろ拍子抜けした感じだ。


 言われてみれば最近、池上はライブの話もしていなかったし、スタジオ練習に入る姿も見掛けなかった。

 そして、その事を気に掛けている余裕も、僕には無かった。

 たまたま、僕のバイトの日にスタジオに入っていなかっただけだと思っていた……。


 その事を踏まえた上で、今日の昼間の事を思い返してみると、池上は僕に対して怒っていたんだろうか?

 当然、僕にも怒っていたんだろうが、自分のバンドの事、更にはそこで言えなかった事なども、僕に向かって八つ当たりしていたんじゃなかろうか?などとも考えてしまう。


 そう考えたら、今度は僕の方が怒りを覚えてきた。

 昼間は言いたい放題言われて、その勢いに押されてしまったが、理由が見えてきた以上は文句の一つでも言ってやりたいと思ったのだ。

 これも八つ当たりに近いのかな?


 だが、そう思ってしまった以上は動かざる負えない。

 携帯電話を手に取り、池上に電話を掛けた。


 呼び出し音が鳴っている最中、だいぶ怒っていたし、もしかしたら出ないかな?とも、思ったのだが三十秒程呼び出し音が鳴ったところで池上は電話に出た。


 「もしもし?」


 僕はいつもより低い声で威圧的に言った。意識的に。


 『……今日はすまん。いくらなんでも言い過ぎた』


 予想外に先に謝られた事で、僕は一瞬で毒気を抜かれ、予定していた言葉と違う言葉を口にしていた。


 「いや……僕も自分勝手な事言ってたなと思ってさ。何か……ごめん」


 唐突に出た言葉だったが、これが僕の本心だったのかもしれない。


 『そうだとしても、俺が言う事じゃなかったとは思う。保科のバンドの問題だし、部外者の俺が言うのはおかしいよ』


 池上は普段と違い、弱々しい口調だ。

 反省している感じが伝わってきた。


 「たまたま今日、浜野君に会って……。バンドの事聞いたよ」


 このタイミングで言うのが正解だったのかは分からない。

 反省している池上に追い討ちを掛けるような事をしている訳だし……。

 またもや考えるよりも先に口が動いてしまった。


 敢えて言うなら、僕の怒りが込み上げてきていた理由は、昼間の池上の対応も原因の一つではあったのだが、解散の事を一言も話してくれなかった水臭さにもあったからだ。

 その感情が、形を変え、こういう形で出てきたのだろう。


 『バンドの事って、解散の事か?』

 「うん」

 『そうか……あいつが話したってのも意外だな』

 「なんで言ってくれなかったの?」


 池上は少し間を置く。


 『……単純に言い辛かったんだよ、勢いづいてるお前等の邪魔したくなかったし』

 「本当にそれだけ?」


 僕の質問に池上は再び少し沈黙。


 『……恥ずかしかったんだよ』


 小声で聞き辛かった為、聞き返した。


 「は?」

 『恥ずかしかったんだよ!!で、悔しかった。プロ目指すとかいってたのに解散なんて……』


 僕は初めて弱気な池上を見た気がする。

 正確には見てはいないのだが電話越しにも感じられる弱々しさが、僕の脳裏に彼の今の姿を想像させた。


 「そういうことか……要するに格好付けでしょ?僕のこと言えないじゃん」


 僕は再び追い討ちを掛けるような事を言った。

 しかし、彼を落ち込ませるつもりではなく、むしろ励まそうと思っての言動だ。


 『なんだよそれ?』

 「僕だってバンド辞めたいとか思ってなかったんだ。けど、今までみたいに平然としていられる自信が無くて……。格好悪いなぁと思って、それでバンド辞めようと思ったんだ。けどさ……それが一番、格好悪い気もしてきて……。多少、無理してでも今まで通りバンド続けてる方が格好良いと思ったから、バンド辞めるの止めたんだよ」


 かなりの部分が姉御の言葉によって導かれたのだが、これが今の僕の意志だ。


 『えっ?バンド続ける事にしたのか?』

 「うん。やっぱりバンドは続けたい」

 『そっ……か』

 「池上はどうすんの?バンドはもうやらないの?」

 『いや……もう一回メンバー探してゼロからやり直すつもりでいる』

 「浜野君とかは声掛けないの?」

 『えっ?なんで?あいつはあいつで音楽性の違いで抜けたワケだし……』

 「そういえば、何で解散になったの?」

 『そこを聞いてないのかよ』

 「仕方ないだろ?浜野君は教えてくれなかったし」

 『そうか……あいつらしいな。実際、たいした理由じゃないんだけどさ。ドラムのなおさんが今年は就職活動で、そっちに専念したいって言って、バンドを抜けるっていう話から始まったんだけど、浜野も自分のやりたい音楽は違うっていう理由で抜けるって言い出して……そしたらヴォーカルのしんさんも、そろそろバンド辞めようと思ってたって言う話になってな。なんとなく、そのまま解散しようかって話になっちゃったんだよ』

 「そんなボヤっとした話だったんだ……。もっと劇的な何かがあったかと思ったのに」

 『実際あっけなかったよ……思ってたよりも』

 「そんなもんなのかなぁ……?」

 『今回の事で保科がバンド辞めて解散っていう方が、話としてはまだネタになる』

 「やめてくれよ、そういう風に僕を誘導するの。それに、やっぱり僕は格好悪いじゃん」

 『まぁ、そうなるな』


 僕等は笑う。


 『でも、俺はまだプロになる事諦めてないから』


 池上は強い口調で言った。


 「そう。僕もプロとかはまだよく分からないけどバンドはまだ続けるよ……ていうか、続けたい」

 『よし……。で、寮には戻ってくんのか?』

 「ああ、何かすっきりしたし明日にでも戻るよ」

 『そうか。分かった』


 「それじゃ」と言って、僕は電話を切る。


 姉御や池上と話して不思議なくらいに気分が楽になった。


 もっと深く傷ついていると僕自身は思っていたのだが、一日二日くらいしか経っていないのにこれだけ気分が変わってしまうというのは……。

 僕の気持ちってそんなモノだったのだろうか?と、それはそれで考えるところはあるのだが、とりあえず今日はそれで良しとしておいた。

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