第30話
宮田と別れ、僕は寮に帰ってきた。
鍵が開いていた為池上が中に居る事は分かった。
中に入ると池上がヘッドフォンを付けてギターを弾いている。
彼がヘッドフォンを付けてギターを弾いている時は大概、作曲中だ。
僕は池上の集中力を削がないように、静かに荷物を置いたつもりだったが、池上は気が付いたようだ。
「おっ、帰って来たか」
僕に気付いた池上は、ヘッドフォンを外す。
「うん、ただいま。邪魔してゴメン」
「別にいいよ、急ぎじゃないし……」
「そう……。あっ、そうだ。僕等今度CD出すことになりそう」
それを聞いた池上はかなり驚く。
「はっ!!マジで!?自主制作の手売りのヤツとか?」
「そうじゃなくて、サミットも参加するオムニバスCDに曲提供。ちょっと凄過ぎて現実味が無いよ」
「っ!!……へぇ……。すげぇじゃん」
池上は苦笑いを浮かべていた気もしたが、あまり気に留めずいた。
「なんかこう次々に上手く事が進んでいくと、つい自分もプロ目指してみようかなぁ?なんて考えちゃったりしたくなるね」
「……気持ちは分からないでもないけどさ」
池上は持っていたギターをスタンドに置き、真剣な表情で僕を見る。
「この先ずっと良い流れで行くとは限らないし、そんな簡単な世界じゃ無いと思うぜ?」
「いや、簡単だとは思ってないけどさ……。だけど妄想くらいしてみたって良いじゃん?全く不可能って事もない気がするし」
僕がそう言うと、池上は難しい表情を浮かべる。
「いや……。まぁ、いいや……今日はもう寝るわ」
「あっ、うん」
随分というか、かなり早いなと思ったのだが、池上は僕と目を合わせずに自分のベッドに横になる。
僕もこれ以上話すと穏やかでない空気になるような気がしたので、それ以上の話はしなかった。
◇ ◇ ◇
学校が終わり、特に何の用事も無い僕は寮に帰ってベースの練習をしていた。
池上はバイトの為、暫く帰って来ない。
ここ数日、気まずい雰囲気もある為、一人の方が気が楽だと感じてしまう。
そんな時、スマホが鳴る。
スマホを手に取り、液晶画面を見ると宮田の名前が表示されていた。
僕は電話に出る。
「もしもし」
『もしもし?今、大丈夫?』
少し慌て、緊張したような口調に、何かあったのだと察する。
僕も少し身構える。
「どうしたの?」
『あのさ……。今日さ……木田君に…………こっ告白されたの……どうしたらいい?』
僕は言葉に詰まった。
あらかじめ知っていたとはいえ、やはり驚きは隠せない。
「……どうしたらいいかって。それを僕に訊かれても……」
『あぁ……うん、そうだよね。……じゃぁ、バンドメンバーとして……バンドとしてはどうなの?』
その質問でも、僕はどう答えるべきか悩んだ。
「木田はいい奴だけど……バンドとしては、そういう事があると色々問題が出てくるとも思うけど……。断れば溝になるし、付き合ったとしてもねぇ……。ただ、あまり先延ばしにしてもそれも直接バンドに影響してくるわけで……」
僕は精一杯、第三者として立場で意見を捻りだした。
だが、具体的な解答は出せていない……。
『そうだよね。……でも、だから、どうしたらいいのかなって。保科の意見を聞きたい』
質問は僕個人に戻ってきた。
僕は必死で考えた――。
友人として木田を応援すべきか?……しかし、そうしたくは無い自分もいて、その自分に罪悪感を抱いていた。
「結局……、バンドの事とか気にしないで宮田の気持ちを素直に伝えるのが一番いいと思うよ。木田に対しても失礼だと思うし……」
僕は生まれてくる様々な感情を押し殺し、何とか一般常識的な台詞を口にした。
『確かにそうなんだけど……。でも、それが保科の意見?』
見透かされたたように返ってきた質問に、苛立ちを憶えた。
色々な感情の板挟みに合い、解が見出せない。
八つ当たりに近い感情だ。
「いや、だからさ。僕の意見とかじゃなくて、自分で考えて答えを出せって言ってるの!!それでもし僕が付き合わない方がバンドの為だとか言ったらだよ?僕はどんな顔をして木田に会えばいいの?そんな悪役を僕に回さないでよ。僕には関係ない話なんだからっ!!」
珍しく声を荒げてしまった。
そう言った直後、言い過ぎたと後悔したのも事実。
だが、全ては後の祭りだ。
『関係ない……よね……』
宮田は電話越しにも感じられる程、力の抜けた小声で言った。
僕はその声を聞いて、胸が痛みながらも何も言うことが出来ず、暫くの沈黙。
『なんかごめんね……。それじゃ』
宮田は一方的に電話を切った。
僕はスマホをベッドに放り投げ、そのまま床に仰向けに寝転がり天井を眺めた。
僕は間違っていたのか……?
◇ ◇ ◇
翌日の学校では、僕と宮田は顔を合わせても一言も会話する事は出来なかった。
当然の事ではあるが、胸の痛みが消える事も無かった。
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